第24話

 がたんっ、


「お、ついたみたいだね。」


「まず初めにどこに行くの?」


「君の大好きなところ。」


 ニックにエスコートをされて馬車の外に行くと、目の前に佇んでいたのは私の大好きなところ、本屋さんでした。

 そういえば、今日の1番の目的はニックが用意したという珍しい古書でしたわね。


「ねえ、ニック。よくこんな穴場みたいな本屋さんを見つけたわね。ここ、裏路地をいくつも行った先にある本屋さんじゃないの。私も最近見つけたばかりのお店なのに。」


「あははっ、お店ごとビックリさせようと思ったのに。さすがは本好き令嬢、このお店も知ってたか。」


 肩をすくめながら笑うニックの周囲に薔薇が舞っている気がするのですが、なぜでしょうか。というか、今更ながらにニックはイケメンすぎませんか?こんな裏路地でちょっと着崩れめに庶民に近づけたお洋服を着ているのにも関わらず、シャンデリアの下でスーツを着ているようにしか見えませんよ?

 それに比べて私は………、華やかなお洋服を着ているはずですのに、ニックに比べてどうしても見劣りしてしまいます。あぁ、やっぱり、私は絶世の美人になりたいです。


 私を導こうとお店の扉の前に立ったニックの後に続いて、私とニックは入店しました。中に入った瞬間に古い紙と独特のインクの匂いに包まれて、身体いっぱいに幸せが広がります。


「はぁー、やっぱりここは天国ね」

「………勉強嫌いが聞いて泣きそうなセリフだね」

「そう?本が嫌いな人なんて、この世にそんなにいないと思うけれど?」


 さわさわと美しい丁装の皮表紙の本を撫でると、ニックは心底嬉しそうに私を見つめる瞳を緩めます。


「そういえば、私は昔ニックを叱ったことがあったわね」

「え、えぇー、そ、そそそ、そんなことなかったはず、………だよ」

「ふふふっ、そう言うことにしておいてあげるわ」


 だって、あれは私とニックの秘密の思い出ですもの。

 ニックお行儀悪くも図書館で床に本をばらばらと広げて並べて、ドミノを作って遊んでいたのを発見した私が烈火の如く叱っただなんて、今思えばとんでもないことですわ。だから、これは大人も知らない私たちの、私たちだけの秘密なのです。


「で?あなたが見せてくれるっていう本は?」

「ふっ、本のことになると、やっぱりシャーリーはせっかちだね」

「うぐっ、」


 だって!だって異国の古書ですよ!?そんなのみたいに決まっているではないですか!!


「店主、予約していたニックだ。本を出してもらえるかい?」


 うずうずが止まらない私を生やさしい瞳で見つめたニックは店主さんに注文します。やはり、あのレベルの予約本となるとお取り置きにしているのですね。


「あいよ。これだろう?にしても兄ちゃん趣味がいいし、マニアックだねぇー。こんなのよっぽどのマニアじゃないと良さなんかわからんぞ?」

「はははっ、僕は付き添いに近いよ。真のマニアは僕の大事な人なんだ」

「おっ、そりゃ見ものって、………姉ちゃんかよ」

「私で悪かったですね」


 顔見知りの店主さんにあからさまにガッカリとされた表情を向けられて、私はちょっとだけむすっとしてしまいます。ニックみたいなイケメンの隣に並び立てるぐらいの絶世の美少女ならガッカリされなかったのでしょうか。それとも、妖艶な傾国の美女ならガッカリされなかったのでしょうか。

 まあ、どちらにしても人を容姿で判断するなんて最低ですわね。


「いや、新しい客かとうずうずしただけだ。いいカモだと思ったんだけどな」

「………客を見てカモかカモじゃないかを判断するのはよろしくないと思いますわ。」

「知ってる」


 気立のいい店主さんからニックの注文本を手渡されながら、私はふわっと微笑みます。


「この本、大事にしますね」

「あぁ。そうしてくれ」


 ニックは本を愛おしく撫でる私を優しい瞳で見つめていました。


 それからお店の中を満足いくまで散策して、5冊の本を吟味した私たちは本屋から出ました。外のお日様はいつの間にか頂点に登っていて、心なしかお腹が空き始めてしまいました。


 ーーーぐううぅぅぅー、


 元気な音が隣から鳴って、私はくすっと笑ってお腹の音のご主人様の方を向きます。


「お腹が空いたわ。ランチに行きましょう」

「あ、あぁ」


 耳まで真っ赤に染め上げた彼はギクシャクとしながらも、決めていたであろう出店を順に巡り始めます。甘いものやしょっぱいもの、熱々のご飯や冷たいおやつを食べ歩きしながら、私は何度もたくさんの女性に好意の眼差しを向けられている美しいニックを盗み見ます。彼は食べ歩きという行為すらも様になるほど優雅に食事をしていて、ちょっとだけ憎たらしく思えてしまいます。私なんて、冒険者というお外での自由時間で何度か食べ歩きをしているのにも関わらず、未だにこぼしてしまいそうになりますのに。


 ーーーぺちゃっ、


「きゃっ、」


 案の定、私が食べ歩いていたアイスクリームがスカートにかかってしまいました。ニックが送ってくれたお洋服を汚してしまって、私の目にはうるうると涙が溜まってきます。

 私は本当に、ダメな子です。


「あちゃー、やっちゃったね。ちょっと待ってね」


 そう言った彼は至極当たり前のように私の前に跪いて、私のスカートに魔法をかけてくださいます。そうするとみるみるうちにだんだんと汚れが消えていき、綺麗さっぱりスカートが元通りになりました。


「うん、できた」

「おぉ!やるな男前の兄ちゃん!!彼女ちゃんにブローチだどうだい?」

「おっ、抜け駆けはずるいぞ!?兄ちゃん!こっちのカステラはどうだ?彼女さん甘いもの好きなんだろう?」

「抜け駆けしているのはあんたらだろう?お兄さん、お嬢ちゃんにお花はどうだい?別嬪なお嬢ちゃんにピッタリだとあたしゃ思うだけど」


 ぐすっと涙を拭っているとわらわら人が集まってきて、商店街の人たちは商魂逞しく売り込んできます。困惑している私はひらりひらりと全てを購入していくニックを遠い出来事のように見つめながら、いつのまにか腕の中が全て物で埋め尽くされてしまった彼に呆然としてしまいました。


 た、助けなくては………!!


「あ、あの」

「「「なんだい、お嬢ちゃん」」」

「あ、う、………か、彼のお手々はわ、私のものなので、に、荷物でう、埋めないでください」


 横からニックが顔を真っ赤にして見つめてきて、それでもってお店の人たちはにやにやと笑いながら『いやー若いって良いね!』とおっしゃってきて、私はとても居心地が悪くなってしまいました。本当に、恥ずかしいです。


 商店街を明るい雰囲気のまま無事脱した私たちは、馬車の中でぐったりとしていました。あれからは結局色々な人に色々な物を押し付けられてしまい、結局2人して腕の中が荷物だらけという地獄に陥ってしまったのです。お店の人は善意でやってくださっているだけに断るに断れず、結局はお忍びデートを中断せざるを得ない状況になってしまいました。


「つ、疲れたね………」

「そうね」


 のびのびと靴を脱いだ私たちはお行儀悪くも足を伸ばして、足の指をぐーぱーします。なんというか、社交界で悪意を受け続けるよりも底なしの暖かさを受けた方が疲れてしまった気がします。


「………でも、幸せだったね」

「そう、ね」


 確かに幸せでした。色々な人に祝福されて、なんの損得もなく関わってもらえて、くすぐったくて、心地よくて………、………でも、私の居場所ではない。そう感じました。


「ねえ、ニック。私ね、………あなたと一緒に、あなたの隣であの光景を守りたいって思ったの」

「………………」

「私たちは小さい頃から色々なことを2人で乗り越えてきた。痛いのも怖いのも幸せなのも。だから、」


 ぴとっと私の唇に彼の指が当てられます。


「そこからはだーめ。………今夜教えて」


 そっと囁くように呼びかけられて、私は赤い顔で淡く微笑みました。


「あなたって案外意地悪ね。人の一世一代の告白を遮るなんて」


 ニックは困ったように微笑んで馬車に王城に戻るように命じました。私たちの楽しく幸せなデートはあっという間に終わってしまって、ちょっとだけ残念だったのは意地悪なニックには秘密です。

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