第25話

 王城に戻ると私は手を振るニックに見送られて侍女たちに連行されてしまいました。


「うんとお綺麗にしますからね!!」


 興奮している侍女たち約5名は私の疑問に答えることなく私を美しく磨き上げていきます。お風呂に入れられて、マッサージをされて、ドレスを着せられて、お化粧をされて、そして最後に髪を編み込まれました。

 彼女たちに着せられたのはプリンセスラインの鮮やかな青と紫のグラデーションのドレスで、端々にはこれでもかというほどにダイヤモンドと青と白のストライプのリボンが縫い付けられています。中央についている大きな青い宝石は多分サファイアですわね。靴やアクセサリーの類も全てリボンをあしらったサファイアとダイヤモンドに統一されていて、誰が用意したのかは一目瞭然です。左半分の前髪だけを複雑に編み込んで大きなリボンと宝石のバレッタで止められた髪型は夜会には相応しくないですが、これが私の1番大切な髪型ですので、今日の装いには最も相応しいでしょう。


「綺麗にしてくれてありがとうございます、クリスティーナ、カロリーナ」

「「いってらっしゃいませ、シャーロットお嬢さま」」


 夜会ようのドレスに着替えさせられて夜の王城で案内される場所といえばただ1つ。私は、必然的にこれからどこに向かうのかを理解していました。


「シャーロット・ローゼンベルク侯爵令嬢!!」


 高らかな声と共に、私は数ヶ月前に婚約破棄を受けた王城内に存在している会場へと足を踏み入れました。


 ひそひそと飛び交う女性からの噂話は傷物令嬢となった私への哀れみで、けれど、男性から上がる声は当然だと言わんばかりの嘲笑でした。まあ、婚約破棄の場で相手を断罪した挙句の果てに魔法で叩きのめし、剣術の腕が立つのですから、嫌がられても当然ですわよね。


「あらあらまあまあ!婚約破棄された小娘の分際でよくもまあエスコートもなく会場入りできたものでしてね!!」


 ニックと同い年で赤毛縦ロールのご令嬢が、真っ赤な露出の多いドレスをゆさゆさと揺らしてやってきて、私にビシッと扇子を向けてきました。

 彼女のこういうところ、嫌いではございませんよ。名門公爵家のひとり娘でニックとの婚約が1番近いと言われていて鼻が高くなっているのも可愛らしいと思いますし、純粋に容姿もけばけばしい化粧とドレスを脱げば可愛らしくなると思っています。けれど、でも、やっぱりこの場でやられっぱなしというのも気に入りませんので、私はニックから贈られたドレスを見せつけるようにして彼女の方を向いてにこっと微笑みました。


「まあ、お久しぶりですわね。婚約破棄の件については、向こうの過失ですので、私から婚約破棄させていただきましたの。おじ様からもご許可はいただいておりましてよ?」


 社交界では情報戦が命ですから、ちょっとした揚げ足取りは日常茶飯事です。こんな簡単な戦いにも参加できないような可愛らしい純粋なお方には、ニックの隣は譲れません。


「少し、勘違いが過ぎるのではなくて?」


 私は口元に扇子を広げ、にこっと笑いました。



「なっ、」


 真っ赤なドレスにぴったりな色に顔を染め上げた彼女は、けれど次の瞬間に会場入りしたニックの方にきらきらしたの表情を向けました。変わり身の速さに、いっそのこと拍手を送ってお金を投げつけてしまいたくなります。


「ま、まあ、今日のところはこのくらいで許しておいて差し上げますわ!!」


 ………許すのは私の方かと思うのですが………………。

 そんなことを口にする時間もなくニックの方にドレスとハイヒールでかけていった公爵令嬢は、露出の多いドレスから覗く大きな胸をニックへと見せつけていました。一瞬私が自分の腰の上にある部分に視線を向けてしまったのは、ちょっとした出来心なので忘れることといたしましょう。


「ニコラスさまぁ!!」

「………離れてくれ、公爵令嬢。私にはこれから大事な用があるんだ」


 にこりと甘い微笑みを浮かべた彼は手元に宝石箱を握っていて、公爵令嬢はぱあっと顔を明るくしました。


「ま、まあ、嬉しいですわ!!ですが、そういうことは手順を踏んでいただかないと………。あ、でも、とっても、そう。とーってもわたくし嬉しいのですわよ!!すっ飛ばしてしまわれた手順についても、わたくしがお父さまに掛け合って、」


 高らかに大きな声を上げながら話している令嬢に一瞬だけ絶対零度の瞳を向けたニックは、彼女が夢見心地で空中に話しているのをいいことに、彼女の横をすり抜けて、私の目の前へとやってきました。


 私の目の前で立ち止まった彼は、私の目の前で何の躊躇いもなく膝を付きます。手を差し出してくる姿はまるで本の中の王子様のようです。

 きらきらとした柔らかな金髪に、その間から覗く深い深い海のような藍色の吸い込まれるような瞳。


「シャーロット・ローゼンベルク侯爵令嬢、初めて会った時から一目惚れでした。どうか私と結婚してください。」


 今私は、私が愛してやまないこの国の王太子であるニコラス・グランツライヒ殿下にダンスホールの真ん中で結婚を申し込まれています。


 さぁてお返事はどういたしましょうか。


 私はただ静かにゆっくりと平和に図書館で本を読みたかっただけなのですが…………。

 まぁ、何があってもそんな人生はもう送れないのですが。


 私はくすっと笑ってずっとずっと前から決まっていたお返事をするために彼に手を差し出します。彼にいただいた手袋によって彼に触れられないのがもどかしくて、でも、彼にもらったからか手袋1枚すらも愛おしくて、私は視界がぼやぼやと歪むのを感じながら人生最高の笑みを浮かべました。


「はい」


 彼は手に持っていた宝石箱から大粒のダイヤモンドの指輪を取り出して、私の薬指にはめ込みました。黄金のリングの部分にはアメジストとサファイアがはまっていて、それだけで彼が私に向けてくれる感情の大きさを感じ取ることができます。


「ニック、ずっとずっとあなたのことを慕っていたわ」


 こそっと耳打ちをして、私は彼を立たせます。


 ーーーぱち、………ぱちぱち、ぱちぱちぱちぱち!!


 ぎゅっと私を抱きしめた彼と私に、会場中から大きな拍手音が響き始めます。私は、人生最高の幸せを感じながら、本好きと名高い私の本よりも大事なものを抱き返しました。


▫︎◇▫︎


 舞踏会の会場でひとしきりお祝いを受けた私たちは、王城の中庭の奥深くにある“秘密基地”へと足を伸ばしてきていました。

 青々とした木々や美しい野花が自由に咲き誇っているこの場所は、私の婚約が決まるまでのニックと私の逢瀬の場所であり、ニックの命令によって誰も触らないようにされていたそうです。久方ぶりにそこへと向かう私の足取りは軽く、しきりにニックと左の薬指にはまっている指輪に視線を行き来させていました。幸せからか、時折鼻歌が漏れてしまっているのはご愛嬌です。


「それにしても、公爵はあなたのせいで大変だったわね」

「………………」


 私が揶揄うように声をかけると、ニックはぎゅっと顔を顰めました。そんなに勘違い公爵令嬢のことが苦手なのでしょうか。

 ちなみに、勘違い公爵令嬢はニックに婚約了承の主旨を無視された挙句、隣で違う女性に告白されてしまったことによるショックによって号泣し始めて、彼女のお父様である公爵閣下に引きずられて帰宅して行きました。これを機に、彼女には新たなご縁に恵まれることを願っています。というか、良縁に恵まれて2度とニックを狙いにこないように願います。


「あら、ついたわね。結構離れていたという印象があったのだけれど、子供の足と大人の足ではやっぱり距離が違うわね」

「そうだね」


 ぎゅっと私の手を握って笑い合った私たちの視線の先には、小さな東屋があり、石製の机の上には魔法によって作り出された大きな結晶が置かれています。そして、そこには拙い字で言葉が綴られています。

 ニックと彼に過保護なまでに慎重なエスコートをされている私は、その結晶の前に立って、それぞれの指を滑らせました。


「「病める時も健やかなる時も、死が2人を別つまで」」


 幼き頃に刻んだ文字は1度約束を違え、けれど最終的には約束を守る形に落ち着きました。美しい三日月が浮かぶ夜空の下、私とニックはくちびるを合わせました。


 未来永劫の幸せを願ってーーー。

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