第21話

▫︎◇▫︎



「………ーーーさま、お嬢様、朝ですよー!!お仕事行かないんですかー?」


「んっ、………ーー、ふぁうー、」


「おはよう御座います。」


「おはようございます、カロリーナ。」


 夢のせいか、私の顔は涙に濡れていました。今日はどうやってニックに顔を合わせたらいいのでしょうか?


「お嬢様、悪い夢でも見たのですかー?」


「いいえ、………ただ、情けなくて仕方がない夢ですよ。」


 はあぁっと溜め息をつくと、カロリーナが気遣わしげに洗面用の道具を持ってきました。


「今日はあのバレッタを使いたいですわ。」


 あのバレッタというのは、数年前にニックからもらった私の誕生日プレゼントです。小粒のサファイアとダイヤモンドとアメジスト、そして金糸と銀糸で刺繍の施された青いリボンのついたちょっとだけ他所行きなバレッタは、私の好みを熟知している彼が贈ってくれたこともあり、大のお気に入りです。


「お持ちしておりますよー!!髪型はいかがなさいますかー?」


「………前髪を少し整えてくれますか?右半分だけ切ろうと思います。」


「!?」


 私の言葉に、カロリーナは口をあんぐりと開けて固まりました。お馬鹿サイテークソ野郎のために伸ばしていたのではないという証拠に残していたうざったらしい前髪ですが、これを機にざっくりと切ってしまおうと思ったのです。


「昔の髪型に戻そうと思うのですわ。」


「!! 分かりましたー!!このカロンにお任せください!!」


 カロリーナはいそいそとハサミを持ってきて、私の前髪の右半分をざっくりと切りました。

 そして、切ってもらったところで、私はもう少し思い切ってみたくなりました。

 なので、ふんわりと微笑みを浮かべてカロリーナが固まったところで、彼女の手からハサミを奪い、自分の髪にハサミを入れました。


 ザクッ!!


「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 お尻のところでリボンで束ねていた髪を、リボンの少し上のところでざっくりと切り落とすと、ちょっとだけ頭が軽くなりました。

 そして、しくしくと泣いているカロリーナに膝丈まである後ろ髪を、お尻のところまでに揃えてもらいました。

 彼女には悪いですが、やってみたかったので仕方がありません。


「ふふっ、これなら髪が乾くのが少し早くなりそうだわ。」


「………………お嬢様の美しいお髪があああぁぁぁぁ!!」


 左半分の前髪を三つ編みにして耳の横でバレッタで止めると、そこには夢の中の在りし日の私と同じ髪型の少女が出来上がりました。そう、告白してもらった日の髪型です。リボンが豪勢になってしまっていますが、ほとんど変わりません。


「平民の間では、男と別れると髪を切ったりすることがあるのでしょう?」


「うぅー、あります!!ありますけれど!」


「私、今日からニックに向き合おうと思ってますの。だから、これはその踏ん切りです。肩上までばっさりいこうかと思ったのですが、それは流石にヤバそうですので………。」


 高位貴族の長い髪の令嬢がばっさりと肩上に髪を切っては、修道院に行くと勘違いされかねませんからね。お母様に叱られます。


「………、お嬢様が向き合おうって思ったのなら、応援しますー。ですが!もうこういうことはやめてください!!」


「失恋しなかったらね。」


 私が首を傾げると、カロリーナは渋々頷きました。


 コンコンコン!!


「シャーリー、朝食に行こう!!」


「えぇ!」


 ニックのいつもと変わらない声に、私は微笑みを浮かべて答えました。私は髪を切った時に、週末のお出かけの日までは平常通りに今まで通りに過ごすことに決めたので、それまでは幼馴染という距離を楽しむことにしました。彼ならば、今日の髪の変化である程度返答を気がついてくれるでしょう。


 ガチャリ!!


「!?」


「おはよう、ニック。」


「………………。」


「ニック?」


 顔を赤くしてぱくぱくしているニックに、私は首を傾げました。またお熱でしょうか。彼、そこまで身体が弱くはないはずなのですが………。


「か、髪、どうしたの?」


「ん?さっき切った。どう?似合う?」


「………………………。」


 くるんとターンすると、彼はぽーっと私のことを見つめてきました。私から見たら気に入ってくれているように見えるのですが、やっぱり言葉が欲しいですね。


「ニーック!」


「………………、………あ、う、に、似合ってるよ。………思い出したの?」


「さあ?ちょっと昔の夢を見ただけよ。」


 察しが良すぎるニックに、私は笑いかけました。


 その後の朝食で、昨日王城に止まっていたお父様とお母様とお兄様は目をまん丸にし、王妃様と国王陛下はニックの嬉しそうな表情に、安堵の溜め息をつきました。


「シャーリー、その髪は?」


「………、ちょっとした踏ん切りですわ。心を入れ替えるのに、髪を切るのは1番でしょう?」


 お母様の怒気を孕んだ声にちょっと怯えながらも、私は何食わぬ顔で食事をしました。今日のデザートはショートケーキです。ニックのケーキだけに何かプレートが乗っています。


「!!」


「? なんて書いてあったの?ニック。」


「!?!?!?」


 私に質問されたニックは慌ててケーキを隠すようにし、プレートを一口でぱっくりと食べました。ありゃりゃ、これでは分かりませんね。


「ニック、」


「ま、また今度、また今度ね!!」


「分かったわ。今度教えてね。」


 顔が赤いのを見て、私は追撃するのをやめました。こうなっているニックはヤケクソになることがあると昨日身をもって学習しましたからね。私に何が飛び火するか分かったものじゃありません。


「今日も禁書庫でいいのかな?」


 私の手を取ったニックが、禁書庫の方に歩みを進めながら尋ねてきました。


「うん!今日はニックの読みたい棚にいきましょう。」


「じゃあ、ロマンス小説の棚にでも行こうか。君は手強いからね。」


 パチンとウインクをした彼に、私は顔を赤くしました。せっかく淑女の仮面といい子ぶってる猫ちゃんを山盛りごった被っているのにも関わらず、顔がぼふんと赤くなったのが分かります。頬が熱いです。


「むぅっ、えっと、その、答えは、………決まってるの。………………でも、お返事はお出かけの日まで待って。それまでは幼馴染でいたいの。」


 必死になって言葉を紡ぐと、自然と上目遣いになった私を、ニックは赤い顔で見つめていました。朝からこんな調子では調子が狂います。


「俺もついて行きますね。妙齢の男女を2人きりにはできませんからね。」


 ニックとテレテレしていると、後ろからウザい先輩が堂々とイカツイ笑顔を浮かべて話しかけてきました。


 こんなのと一緒じゃなくてニックと2人きりがよかったのに………。


「ねぇ、仲がいい幼馴染の間に割り込むのって、僕、どうかと思うよ?」


「そうですね、邪魔者には悲鳴を上げながら退散してもらいましょうか。」


 私とニックは満面の笑みを浮かべて先輩を振り返りました。どっか行け!!という念をいっぱいいっぱいに詰め込まれた視線に、先輩はピクピクと頬を歪めました。


「国王陛下と近衛騎士団長からの正式な依頼からですのでご勘弁ください。」


「チッ、」


 ニックが天使スマイルで思いっきり舌打ちを打ちました。なんだかんだ言って先輩が可哀想ですね。


「食事係には便利なんじゃないですか?」


「………シャーリーがそう言うなら、」


「じゃ、先輩、よろしくお願いします。」


 私はにこっと笑って『ひでー!』と騒いでいる先輩に、これ以上の譲歩は無理と口パクしました。さぁ、ニックと私の雑用係として付いてきてください。


「俺、こう見えてもこの国最強の聖騎士パラディンなんだけど………。」


「「ご愁傷様で。」」


 手の繋ぎ方をするりと恋人繋ぎに変えた私達は、声を揃えて先輩に向けて肩をすくめました。


 禁書庫についた後も、私達は恋人繋ぎのままで歩を進めました。記憶が朧げなのにも関わらず、この歩き方はとても懐かしいです。


「じゃあロマンス小説コーナーに行こうか。」


「禁書庫にあるロマンス小説は碌なものではない気がするわ。」


「あはは、バレちゃった。じゃあ魔法学のコーナー行こうか。」


 肩をすくめたあとに、ニックは方向転換して魔法学の本があるであろうコーナーに移動し始めました。ニックは本当に記憶力がいいですよね。先輩は私にびっくりしていましたが、ニックも同じくらい、いいえ、それ以上の記憶力があります。


「そうね。」


「シャーリーはなんの属性について学ぶの?」


「………炎。」


 ニックは嬉しそうに破顔しました。


「僕の属性調べてくれるんだ。」


「私もお忘れかもしれないけれど、炎の属性持ちよ。」


「そうだっけ?」


「えぇ、全属性持ちよ。」


 ぱあぁっと全属性の魔力を顕現させた私に、ニックは苦笑しました。魔力の球をぷわぷわうかせると、ニックが感嘆の溜め息をこぼしました。


「やっぱりシャーリーはすごいや。」


「そんなことはないわ。ニックも同じくらいに扱えるじゃない。」


 私はこてんと首を傾げました。彼の魔法戦闘におけるセンスはものすごいのです。まぁ、魔法だけではなく、剣術や魔剣術などもものすごく上手なのですが。


「全属性の適正はないよ。」


「そればっかりは運ね。」


 卑屈になっている理由に、私は肩をすくめました。魔力の属性は本人には選べませんし、こればっかは仕方がないことかと思います。


「シャーリーは何で魔法を使うの?」


「………魔法が私の一部だから、かしら?ニックは?」


「僕は守るため。君を筆頭とする大切なものを守るため。」


 それぞれ1冊ずつ本を抱えた私達は、ソファーに腰を下ろしました。昨日と同じように私は彼のお膝の上に座ります。気恥ずかしいですが、彼が嬉しそうだと嫌だとは言えません。


「シャーリー、髪、触っていい?」


「ん、いいよ。」


 宝物に触れるかのようにそっと私の髪に触れたニックは、髪にちゅっと何度も何度も至る所にキスを落としました。


「!?」


「長い髪も好きだったけれど、この長さは確かに懐かしいね。」


 さわさわと触られるのはくすぐったくて、キスはされたところが熱を持ちます。


「ニック、もぅ、………無理、」


「………残念。また触らせてね。」


 私はかろうじてこくんと頷きました。恋人、というか婚約者にもなっていないのに、このスキンシップなのはいかがなものなのでしょうか。………婚約者になったらヤバそうですよね。普通に命の危機を感じます。


「じゃあ読もうか。」


「………うん。」


 ニックが集中をして本を読み始めたので、私も彼に沿って本を開きました。大好きな本も、彼のお膝の上ではあまり内容が入ってきません。ですが、この姿勢は恥ずかしいけれどなんとなくぽかぽかして、好きです。ずっとこうしていたくなります。まぁ、絶対に本人には言いませんが。


「どうしたの?シャーリー?」


 じっと見つめていたことがバレたのか、ニックはこちらの方を向きました。


「!! う、うぅん、なんでもない。」


「そんなに熱い視線を向けられたら照れちゃうなぁ。」


「ニックの意地悪。」


 小さな声で、好みの顔を眺めて何が悪いの?と付け加えると、ニックの顔から湯気が出ました。


 ざまぁ見ろでしゅ!!


 うぅー、噛んだ………。


 それから私は、集中して本を開いて目を通しました。彼のお膝にいることは………、………忘れられませんでしたが、内容はしっかりと頭に叩き込めました。


「お2人さん、ご飯は昨日と同様でいいんですかねぇ?」


 4冊目を読み終えたところで、先輩から声がかかりました。もうお昼ご飯の時間なのですね。時間が経つのは早いものです。


「多分違うものが用意されていると思いますから、昨日と同様で取ってきてください。」


「分かった。………ローゼンベルク、お前髪が変わった?」


「………今更気が付いたのですか?」


 私は殆呆れてじとっとした視線を先輩に向けました。ある意味尊敬に値する観察眼です。まぁニックのような恐怖な方向の観察眼よりはいいかもしれませんね。彼、私が爪を切ったり、前髪を整えたりするだけでも何故か速攻で気がつくのですよね。アレは本当に恐怖です。


「大丈夫だよ。僕はシャーリーにしか興味ないから。」


「………それ、ここで堂々と宣言します?普通。」


「ニックは特別ですから、矯正は無理ですよ。」


 私は肩をすくめて微笑みを浮かべました。諦めるならば、早ければ早い方がいいですからね。私の警告を聞いてなお矯正に尽力するのであれば、それは無駄な労力であろうとも放ったらかしです。


「ローゼンベルク、お前、性格が悪いって言われない、………か?」


「ニック、発作しまって、発作。」


 ぶわりと湧きあがったニックの恐ろしい発作に、私は慌ててストップをかけました。このままいけば、図書館が吹っ飛びます。というか、殺気まで漏れてませんでしたか!?


「先輩、さっさとご飯持ってきてください!!」


 半端追い出す形だったのにも関わらず、先輩は満面の笑みでお礼を叫びながら出て行きました。流石の彼でもこの状態のニックは怖いのですね。


「シャーリー、………ごめん。」


「気にしなくてもいいわ。私の方が迷惑かけたし。」


「………アレは本当に怖かった。」


「ごめんね。」


 私はニックの頭を優しく撫でながら、安心させるように呟きました。そうすると彼は、満足したように私に擦り寄ってきました。ぐりぐりと頭を押し付けるのは甘えん坊な大型犬のようです。


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