第20話
そして夜、問題が起こりました。なんと私は、ニックと続き部屋を用意されてしまっていたのです。妙齢の女性相手にいかがなものかと言いたいところですが、お互いの発作に備えての構成なので文句は言えません。
「カロリーナ、お母様はまだお城にいるかしら?」
「えぇ、今日は王妃殿下とパジャマパーティーをするとおっしゃっていましたからいると思いますよー!!」
時計を見てもまだ7時、9時まで仕事をすると言っていたニックはしばらく執務室の方に出払っています。
「お母様たちの元に向かいますわ。」
「承知いたしましたー!!」
元気で相変わらずなカロリーナに癒されながら、私は王妃様の自室の方へと歩いて行きました。
コンコンコン!!
夕食後にお邪魔するのは少しばかり気が引けますが、私は意を決して王妃様の自室のドアをノックしました。
「誰ですか?」
「シャーロットです。少し構いませんか?」
「あら!入ってらっしゃい!!」
王妃様のお元気すぎるまでにお元気ではしゃいだ声に、私は苦笑しました。相変わらず華やかな方です。
「失礼いたします。」
王妃様の自室に入ると、お母様と王妃様が床に敷いたふかふかのカーペットの上に座っていました。楽しい女子会になってますわね。
「どうしたの?シャーロットちゃん!!」
「えっと、その、………お話を聞きたくてきました。女子会をしてるって伺ったので………。」
「あら、シャーリーが珍しいわね。お母様に話してみなさい。」
嬉しそうなお母様に、私はむぅっと眉を顰めました。これは手のひらで弄ばれてしまいそうですね。
「………聞きたいのはお2人の結婚事情についてですわ。教えていただきませんか?」
「いいわよ!!」
「あら?話したことなかったかしら?」
王妃様はとっても乗り気で、お母様は首を傾げていました。………地雷に自ら突っ込みたくはありませんが、今は2人しか頼りになる人がいそうにないのですから、仕方がありません。
「はいはい!!わたくしからお話しするわ!!わたくしは5歳の顔合わせでお互い一目惚れ!!わたくしは婚約者候補の筆頭だったからお互いに望んでいたこともあって簡単に決まったわ!!今でもラブラブ夫婦なの!!」
私は王妃様の参考にならなそうな話に、にこやかに相槌を打つました。ですが、ここで1つ不思議に思うことがあります。それはニックに何故婚約者がいないのかということです。この国で位が高ければ高いほど婚約の決定が早い傾向にあります。ですが、ニックには婚約者がいません。顔合わせという名のお茶会も開かれませんでした。彼が昼間に言っていたことが本当ならば、私はその時点で婚約者になっていたはずです。
「私の時も同じ。初めての顔合わせでお互いにそこそこ気に入って、両親が問題ないと判断して婚約。以上よ。」
お母様も同様であったことに私はずぅんと俯きました。
「………お話しいただきありがとうございました。参考になりました。」
「嘘もほどほどになさい。分かりやすすぎるわよ。」
「うっ、」
お母様の冷たい声に、私は視線を横に向けました。
「今日、何かあったの?」
「………どうしたらいいのか分からなくなりました。」
お母様の質問に愚痴るようにこぼした言葉に、王妃様はまぁまぁと嬉しそうに声を上げ、お母様は大きく溜め息をつきました。
「あなたをあの馬鹿坊主の婚約者にしたのは間違いだったわね。」
「? ………例えそうであっても婚約しないというのは無理なことだったはずです。お祖父様同士の決め事だったのですから。」
「そうね、私たちが決めたことになっていたけれど、実際の所はお義父様達の取り決めだったものね。」
お母様は「はあーっ、」と溜め息をつきました。前婚約者との婚約は元々お互いの祖父同士、つまり王弟殿下の妻たる公爵夫人の父親とお父様の父親が決めていたことだったのです。
「ニックには小さい頃からあなたを婚約者にしたいってずっと言われていたの。旦那様もそうしようとしたのだけれど、あなたの元婚約者の祖父がそれを許さなかったのよ。ニックはそれで婚約者を作らなかったの。あなたたちがとっても仲がいいのは有名な話だったからね。」
王妃様は悲しそうに俯きました。
私、ニックに告白されたとは一言も言っていないのですが。
「当時ね、大臣達はみんなシャーロットちゃんを諦めさせて婚約者を作らせようとしていたんだけれど、今まで我儘を一切言わなかったあの子が大臣達の前で初めての我儘を言って、そのあと大臣達の前で泣き叫んだこともあって、その事件で全員一致で一旦保留。ニックの気持ちが成人まで変わらなくて、あのお馬鹿さんとシャーロットちゃんがうまくいかなかったら婚約させようって話になっていたの。それにはお馬鹿さんのお祖父様も許可してくれたからね。それに、大臣達もあの子のことを可哀想に思ったのでしょうね。常に一緒で手を繋いで歩いていたもの。あ、過去形じゃなかったわ。今もそうだものね!!」
王妃様の言葉に、私は絶句しました。そんな大事になっていたとは知らなかったのですから当然の反応です。確かに小さい頃はニックと私はずっと一緒で離れている時間の方が珍しかったです。それは、お馬鹿サイテークソ野郎と婚約してからも変わっていなかったはずです。
『私の隣には、必ず彼がいた。』という事実に、私は今更ながら気がつきました。
「………お母様、王妃様、恋とはなんなのでしょうか。」
だから私は問いかけます。恋とはなにか、今日本でそのワードが出てくる度に引っ掛かっていた言葉。読書をしているのに文字が追えない状況になってしまった私は、泣きそうな声で尋ねます。
「私、………答えられなかったのですわ。分からなかった。恋とは何か、好きとはなにか、愛とはなにか、分からなかったのですっ!!」
「シャーロットちゃん、あなたはニックのこと、どう思っているの?」
「………………。」
王妃様の言葉に、私は首を傾げました。それが分からないから私はここを尋ねてきているのです。
「う~ん、じゃあ質問を変えるわ。シャーロットちゃんにとってニックは何?」
「………幼馴染です。絶対に失いたくない大切な人です。」
真っ直ぐに王妃様を見据えると、彼女は柔らかく私に微笑みかけました。
「そう、なら、あの子のことを考える時、そんな気分になる?」
「え………、………胸がきゅぅってなります。必死な彼が可愛くて、甘やかしてくれる彼の笑顔は………だい、すき、で、………す………………。」
私は自分の気持ちに驚愕するとともに、顔を真っ赤に染めました。
「あら、ちゃんと分かってるじゃない。」
「………………。」
私は彼のことが『好き』、なのでしょうか。
「それは、あ、あくまで、………そ、そう、ゆ、友愛ですわ!!」
「あら、まだ足掻くの?」
足掻かずにはいられないのです。だってずっとそんなふうには思っていなかったのです。見ていなかったのです。いきなり気がついてもどうしたらいいのか分からないのです。
「これはニック次第ね。」
「………………。」
「あぁーあ、情けない!シャーリー、しゃんとなさい!!きっちりとカタをつけるのよ!!」
私は横を向きました。彼のことが好きというのはなんとなく気はつきました。でも、まだ気持ちの整理がつかないのです。それに、分かると、分かってしまうと今までの行動が全部恥ずかしくなってしまうのです。
「ニック、ずっとアプローチしてたでしょう?」
「………………最近は顕著だったと思います。」
昨日の発作の原因である悩みが解けて、私は俯きました。こんなに単純なことだったのか………、と思うと同時に、今まで気が付かなかった自分が恥ずかしくなりました。
その後、私は散々王妃様とお母様に冷やかされて予測通り地雷を踏み抜いたように茶化され続けました。拷問のようですが、それでも気づかせてくれたのですから文句は言えません。
コンコンコン!!
「ニコラスです。シャーリーを返してもらってもいいですか?」
ビクッと身体を揺らした私に、2人はニマニマと笑いました。
「ほら、行きなさい。シャーリー。」
「じゃあねシャーロットちゃん。」
扉の方にとぼとぼと歩いて、ゆっくりと扉を開きました。
「さぁ、帰ろうか。シャーリー。」
「う、うん。
ふぎゃっ!!」
横を普通に歩こうとした私の手を握ったニックに、私は軽く悲鳴を上げました。
「? どうしたの?シャーリー。」
「にゃ、にゃにゃにゃ、にゃんじぇもにゃい!!」
真っ赤な顔で噛み噛みに返した私に、ニックはくすりと笑いました。
「ちょっとは意識してくれてるのかな?」
「!?」
耳元で囁かれ、背筋にゾクリとした不思議なものが走りました。
な、なに!?
心の中は大混乱、脳内は阿鼻叫喚の嵐です。
「シャーリー、かーわいー。」
「ふぎゃにゃ!?」
私は耳にふっと息を吐き出されて、びくりと身体を揺らしました。
それにしても、もっと可愛らしい悲鳴が出せないものですかねー。
「明日も禁書庫に行く?」
「え、えぇ。」
手を繋いで歩くのはいつものことなのに、とても緊張してしまい身体がカチコチになって、顔が、というか全身がほでってしまっています。
気を使ってくれている彼は私のそんな状況に触れずに、明日のやりたいことを優しく聞いてくれます。彼のこの笑顔が、私は好きなのです。
す、好き!?
ひぅ!!
「じゃ、おやすみ。」
「あ、う、にゃ、あ、お、お、おやすみ、なさい。」
ひとりで頭の中で大暴走していると、気がつくと寝室に到着していました。彼は私の額にちゅっとキスをしてひらりと手を振って私に用意された部屋の隣の部屋に入っていきました。
呆然と彼の後ろ姿を見つめていた私は、慌てて用意した部屋に入って、後ろ手に部屋の扉を閉めて、ヘナヘナと扉にもたれかかって座り込みました。
「あ、あんなの、卑怯よ………!!」
半泣きで叫んだ私の言葉に、カロリーナは苦笑しました。
「じゃあ、私はこれにて失礼させてもらいますねー。私は隣の部屋にいますから、困ったことがあったら呼んでくださーい。あ、夜這いの対処はしませんよー?」
「!?!?!?!?」
破廉恥なことを言ってから、ガチャン!という音を立てて扉を閉めて去ったカロリーナに、私は声にならない悲鳴をあげました。
慌てていたはずなのに、これから後の私の行動は以外としっかりしていて理知できでした。そう、ニックと私の部屋の繋がっている扉のドアの部の部分を凍らせたのです。
ニックの最も得意な属性は炎ですから、問題が起こって開けないといけなくなっても全くもって問題ないですよね。
「………おやすみ、ニック。」
寝台に入ってもぞっと居心地のいい場所を探した私は、小さく呟いてから眠りに落ちていきました。
▫︎◇▫︎
『シャーリー!ぼく、おっきくなったら君と結婚したいな!!』
『けっこん?』
どうしてこういう時に限って不思議な夢を見るのでしょうか?
夢の中の私は、私とニックはとても幼く、いつもと同じように、いいえ、いつもと違って恋人繋ぎで手を繋いでいます。
『うん!ぼくたちの父上や母上みたいに、ずぅーっと一緒にいる人たちのことだよ!』
『わたし、ニックとずっと一緒にいたい!ニック、わたしとずっと一緒にいてくれる?』
『うん!』
夢の中の在りし日の私達は微笑み合いました。まだ政治に振り回されていない、純粋な私達は手と手を取り合って笑っていました。
あぁ、私はなんて残酷なことをしていたのでしょう。
この容姿はおそらくあのお馬鹿サイテークソ野郎と婚約を結ぶ直前の出来事です。私はずっとこの出来事を忘れていました。いいえ、無理矢理忘れていたのでしょう。辛かったから、苦しかったから、悲しかったから、彼の隣にいられないことに絶望したから。
『いやです!母さま!!わたしはニックの側に!!』
『ごめんね、シャーリー。ごめんなさい。』
急速に場面が移って私が泣き叫んでいます。婚約が決定したときのことでしょう。これも忘れていました。
『あぁ、なんてことだ。自分で暗示をかけて記憶を消してしまうなんて………!!
すまない、シャーリー。こんなに苦しんでいたことに気づいてやれなくてすまない!!』
また場面が移り、今度は古代魔法の魔法陣を床に描いてその上に私が倒れている場面でした。お父様が私の手を握って泣いています。そして、床に描かれている魔法陣は『最も愛している人を愛していることを忘れさせる』魔法です。
………だから、私は彼との大切で幸せな記憶を忘れていましたのね。
『シャーリー………、ぼく、諦めないから。』
また場面が変わりました。記憶を消した反動で寝台に横たわっている私の手を握ったニックが、強い意志を宿した目で私に言っています。
私には、彼が眩しすぎます。
真っ直ぐで正直で諦めない彼は、本当に眩しいです。
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