第16話
10分くらいした後、私はノックの音でびくりと体を揺らしてニックから離れました。
16歳の成人女性としてあるまじき行動に頬が真っ赤に染まり、冷や汗が流れます。
「ローゼンベルク様はいらっしゃいますか?」
「はい。何ようですか?」
ノックの後に防音魔法を解いた私は、できるだけ平静を装って呼んで下さったおそらく女性の扉の外にいる先輩に、扉の中から返事をしました。
「バーミリオン伯爵令嬢がお呼びです。」
「分かりました。すぐに向かいますわ。お知らせいただきありがとうございます。」
先輩は私のお礼を聞いた後、さっさと行ってしまいました。なぜ見てもないのに分かるかって?簡単な話です。気配を読みましたの。
「ニック、それじゃあ私はそろそろ行くわね。先輩にご迷惑かけちゃダメよ?」
「分かってる。」
「先輩も、ちゃんと真面目に働いてくださいね。じゃあ私はもう定時なので上がりますわね。」
私は2人に釘を刺してからルンルンとした気分で、バーミリオン伯爵令嬢たるアンのいる方に早歩きで歩みを進めていきました。
「アン、仕事が長引いてしまってすみません。」
「お気になさらないでください。王太子殿下がいらしているのでしょう?」
「えぇ、そうなのですよ。」
私とアンは世間話をしながら図書館の奥にある席に腰を下ろしました。私の腕にはこれでもかというほどの恋愛小説やロマンス小説と言われる類の本が乗っていました。
「それが、………おすすめという小説ですか?」
「えぇ、お好みに合いそうなのを持って帰ってもらおうと思いまして。アンは王宮勤めでしょう?図書館には比較的来やすいかなと。」
「そうですね。明日から私はメイドとして働くことになっていますし、宿舎はこの図書館の隣ですからね。」
私はあまりの羨ましい事実に、目を輝かせました。宿舎がこの隣というのは知っていましたが、よくよく考えてみましたら、宿舎ならば読書時間を削らずに過ごすことが可能ではありませんか!!
「シャーロット様、宿舎に泊まることができるのは、メイドなどの肉体労働者と城下に家を持っていない、もしくは登城までに2時間以上かかる人間のみですよ。」
私はアンの言葉に、肩を落としました。代々近衛騎士団長を務める家系たる、ローゼンベルク侯爵家は、城下に立派な屋敷を持っていますし、すぐに召集に応えられるように王城までは馬車でおよそ20分の距離です。その上図書館司書は肉体労働には入りませんから、宿舎通いは絶望的です。
「シャーロット様、ご家族が悲しむでしょうから、このまま自宅通いの方がいいのではないのですか?」
「ーーーそうですわね。」
私はアンの言葉に目ぱちぱちとさせた後、こくんと頷きました。
アルお兄様は、私が心配だという理由だけで、キツイ近衛騎士団の訓練後、自宅たるローゼンベルク侯爵家の屋敷まで宿直の日以外は毎日帰ってきています。
「アルお兄様も帰ってきてくださっているのに、私が本を読みたいって我儘を言って帰らないというのはよろしくありませんわね。」
「そうですね。そちらの方がいいでしょう。」
我が家の家族仲が格別にいいのは社交界では知らない人はいないと言われるほどに有名なお話しです。
そして、娘たる私を家族全員が溺愛しているのもまた有名なお話しです。
「そうそう、今日はおすすめの本を紹介でしたわよね。」
ひとまず話を戻そうと、私はパチンと手を合わせました。
「はい!流石にその量は読めないと思いますので、2冊くらいに絞っていただけませんか?」
「………ひとまず、ワンジャンルずつ読んでみてもらおうと思っていますの。だから、これとこれはいかがでしょうか?」
私は王道の騎士とお姫様と平民と王族のロマンス小説をアンに手渡してみました。この2冊は表紙絵が綺麗かつ、途中途中にカラーの挿絵があり、文字数が少ないので、読書があまり得意でなかったり、ロマンス小説に初挑戦の方におすすめの一品なのです。
「わぁ!!とっても綺麗ですね!!」
「えぇ、中にも挿絵が入っていて読みやすいのでおすすめです。」
パラパラとめくり始めたアンの目はキラキラと輝いていました。幼い頃の新しい本をもらった時の私のようです。
「ふふふっ、」
「シャーロット様?」
「いいえ、ちょっと昔を思い出しただけですわ。お気になさらないで。」
私はどうしても抑えられずに、くすくす笑いました。
「じゃあ、読み終わったら、返しにきますね!!」
「えぇ、待っていますわ。」
私は手をひらひらと振って大事そうに2冊の本を抱いているアンを見送り、そして、アルお兄様のいる騎士団の方に足を向けました。ちなみに、私の腕には5冊の本が握られています。今夜読み切る予定です。
沢山の人に会釈をしてやっとのことで騎士団に着くと、今は剣術の試合をしているところでした。うぅ、混ざりたいですわ!!なんだかんだ言っても私は剣術が好きなのです。
「シャーリー、まだかかりそうなんだが、………。」
「アルお兄様の予備のお洋服は借りられますか?」
「だよな………。待ってろ、持ってきてやるから。」
アルお兄様は颯爽と去っていきました。
さて、私は髪をしっかりと束ねておくことにいたしましょうか。前髪を編み込んでハーフアップにしている髪型を解き、私は編み込みを残したままポニーテールに髪型を変更しました。髪紐で髪を結ぶのって面倒くさいのですよね………。バレッタを持ってきておくべきでした。
私は周りの視線を無視して身体をゆらゆらと揺らしました。
「持ってきたぞっ、」
「ありがとうございます!女子更衣室を借りますね!!」
「あぁ、そうしろ。」
全力疾走で戻ってきたアルお兄様にお礼を言った私は、女性騎士に更衣室の場所を聞いて嬉々とした気持ちで更衣室に着替えに行きました。
服はやっぱりダボダボでベルトをキッチリ止めないといけませんでしたが、まぁ動けなくはないだろうといった感じでした。
「アルお兄様、私はどこになら混ざっても構いませんか?」
ちょうど訓練の休みに入っていたアルお兄様に、着替え終えて訓練場に戻った私は首を傾げて尋ねました。
「………俺のところに混ざるか?ちょうど奇数班だし。」
「はい!分かりましたわ!!」
「じゃあ次の戦いに入っていいぞ。」
私はじっと戦いを見つめているアルお兄様の隣に座って、ギリギリの攻防を繰り広げるアルお兄様の班のメンバーの方を眺めました。力差が似たようなメンバーで組んでいる班だけあって、ちょっとしたことでも攻防が入れ替わるのが面白く、私は久しぶりの楽しそうな戦いに爛々と目を輝かせてしまいました。
「あら、アルお兄様がお相手ですの?」
私がほっぺたをぷくぅーっと膨らませて模擬剣である、特別な魔法のかかった剣を構えて文句を言うと、アルお兄様は苦笑いをして肩をすくめました。
「悪かったな、俺が相手で。」
「いいえ、久しぶりですから文句は言いませんわ。」
「久しぶりではなかったら、もしかしなくとも俺は怒られていたのか………?」
アルお兄様はひぃっ!!と悲鳴をあげそうな勢いでドン引きしました。新しい相手と剣を交えてみたいというのは剣士にとって常識でしょうに。
「戦闘狂なお前にはつくづく驚かされるよ。」
「それは光栄ですわ。お強いアルお兄様っ!!」
私は言い終わる前に、先手必勝と言わんばかりにアルお兄様に斬りかかりましたが、最も簡単にいなされてしまいました。
「おぉ、速い速い。」
「っ、」
馬鹿にするように余裕な笑みをうかべたアルお兄様に苛立ちを隠せない私は、追撃をしようと剣を握り込みましたが、アルお兄様が反撃に出てきて、防戦一方になってしまいました。
うぅ、やっぱりアルお兄様は強いです。
でも!!
勝ちたい!!
意気込んだ直後、アルお兄様が一気に追撃のペースを早めました。かわして、いなして、防いで、必死になって食らいつこうとしますが、どうしてもついていけません。
「!!」
「おっ、これに反応するかっ!!強くなったなシャーリー。」
いきなりの突きに身体を逸らしてバク転した私に、アルお兄様は楽しそうに笑いました。
ですが、距離をとってしまえばこちらのもの、私からの攻撃も可能になります。
さぁ!第2ラウンドの開始です!!
スピード重視で一気に突っ込んでいくと、アルお兄様は一瞬目を見開きました。それが嬉しくてついつい笑ってしまうと、アルお兄様はむぅっと眉を寄せました。
あらあら、苦いお顔。
そう思ったのも束の間、アルお兄様は一気に攻撃に出てきました。
カキーン!!
甲高い音とともに私の握っていた模擬剣は空高く舞い上がり、首元にアルお兄様の剣先が私の首筋にやってきました。
「っ、参り、ました………。」
「強くなったな、シャーリー。さっきはちょっとヒヤヒヤしたぞ。」
当代最強とまでに言われるアルお兄様に褒められ、私は思わず負けたのにも関わらず微笑みを浮かべました。
その後私はたくさんの爆音な拍手に包まれ、思いっきり苦笑する羽目になりました。
「君本当に強いね!副団長とまともに剣を合わせられるやつなんてそうそういないぞっ!!」
「そうそう、君騎士団に入らない?俺の舞台においでよ。」
「抜け駆けすんなって!!ずりーだろー!!」
わいわいがやがやという形容詞が似合うような騒ぎに、私は見事に困惑しました。
「アルお兄様、もしかしなくとも私、何か致命的にやらかしました?」
「あぁ、やらかしたぞ。」
私は今日2度目のやらかしに、頭を抱えて蹲り衝動に駆られましたが、淑女の矜持に欠けてにこやかに微笑みました。そして、帰ったら、いえ、馬車に乗ったらすぐに防音魔法を駆使してアルお兄様に散々嫌味を言ってやろうと決断しました。
「おい、今寒気がしたぞ?」
「あら、なんのことでしょうね?」
わいわいぎゃーぎゃー騒いでいる騎士団の団員を横目に、私は女子更衣室へと気配を消してスタスタと歩いていきました。あぁいう場合は、無視するに限ります。
アルお兄様、あとはお任せしますね。
「おい!!お前なんで先に馬車に行ってるんだっ!!」
私がのほほんと馬車で本を読んでいると、バン!!と大きな音を立てて馬車に乗り込んできたアルお兄様が思いっきり怒鳴ってきました。
あらあら、喉が痛くなってしまいますわよ?
「アルお兄様、私は常識知らずです。そんな私があのあとあそこに止まったらどうなるか分かりますか?」
「………壊滅的なまでに騎士団の団員の心が傷つくな。」
「でしょう?」
私はにっこりと微笑みを浮かべて後片付けを全部丸投げした相手たるアルお兄様に、口外にどうなったのですか?と尋ねました。
意図を汲み取ってくれたアルお兄様は深呼吸をしながら座席について、馬車を走らせるように命じたあと、どこから話せばよいか迷ったのか、頭をガシガシと掻きました。髪の毛がぐしゃぐしゃです。
「うまくはまとめられたと、思う。」
「そうですか。なら、よかったですわ。」
説明が苦手なアルお兄様の簡潔すぎるほどに簡潔な説明に不安を抱きながらも、私はこくりと頷きました。安心ではないけれど、まぁ安心です。
「なんと説明したのですか?」
「アレは俺の妹で、図書館の司書を楽しくしているから騎士団には入らないだろうと言った。」
「そうですか。」
私はちょっとだけホッとして頷きました。スカウトは来てしまうでしょうが、多分これでひとまずは大丈夫でしょう。
まぁ何かあっても、あとはお父様とアルお兄様に全部丸ごとお任せしましょう。
いわゆる丸投げです。
「………今日は何を借りてきたんだ?」
「経済学の本です。今週末異国の古い経済学の本をニックが入手してくれるって言っていたので、自国の物を読み返しておこうと思いまして。」
分厚めの本5冊をするするとうっとりした調子で撫でると、アルお兄様が引き攣った表情を作りました。
「あ、相変わらず、異常なまでに勉強熱心だな。」
心無しか声音まで引き攣ってしまっているような………?
「本は本当に面白いですわよ。アルお兄様も、お1ついかがですか?」
「遠慮しとくよ。どうせなら俺は、冒険譚がいい。」
「分かりましたわ。明日借りてきておきます。」
私は満面の笑みを浮かべて、アルお兄様に何を読ませようかとわくわくしました。
「おぼっちゃま、お嬢様、到着いたしました。」
馬車の中でアルお兄様と話していると、聞きなれない御者から声がかかりました。やっぱりべジャミン爺ではないと、気が狂いますね。早く元気になってもらはなくては………!!
「どうした?シャーリー。」
「いえ、べジャミン爺が早く元気になってくれたらいいな、と思っただけですわ。」
「そうだな。」
アルお兄様が優しげに顔を緩めて私の頭をぱふぱふと撫でました。アルお兄様の撫で方は、まるで犬にでもなってしまったような気分です。
「今日は乗せていただきありがとうございました。明日も場合によってはお願いいたします。」
私はぺこりとアルお兄様に頭を下げました。
「あぁ、いつでも頼って構わない。困った時はすぐに言え。」
アルお兄様は気恥ずかしそうにそう言って、そそくさと屋敷の中に入って行きました。私と御者はププッと笑ったあと、お互いにお辞儀をして別れました。
今日の御者をした彼は、ちょっと飛ばし気味でヒヤヒヤすることもありましたが、スリルがあって楽しかったですわね。でも、やっぱりべジャミン爺が1番です。
夕食の時間、私は待ちに待った禁書を読んでいいかということをとを尋ねました。
「お父様、禁書を読んでも構いませんか?」
「突然どうしたのだ?」
お父様は口をナプキンで拭きながら、不思議そうに首を傾げました。
「今日ニックに図書館で出会って、禁書が読みたいのなら許可を取ってくれると言われたのですが、禁書を読んでしまえば国を出られなくなるかもしれないから、一応読んでいいか聞いてこいって。」
「そういうことか。……………坊主もよく考えたな。」
顎をさすって何事かを呟いたお父様に、私は首を傾げました。何か言ったのですが、うまく聞き取れなかったのです。
「? いかがなさいましたか?お父様。」
「いや、なんでもない。」
嬉しそうなお父様は本当に不思議です。
「禁書、お前に好きなようにして構わない。お前は外国に嫁ぐ気はないのだろう?」
「えぇ、お父様がお許ししてくださるのなら、結婚する気もありませんわ。」
私は私に甘いお父様に、ねだるような甘い微笑みを浮かべて、ねぇ?いいでしょう?お父様、と尋ねました。
「お前の好きなようにしたらいい。」
「ありがとうございます!お父様!!」
私はぱあぁっ!!と笑顔を広げてお父様に、お礼を述べました。お父様は、そんな私に優しい笑みを浮かべて、満足そうに頷きました。
「もう、あなたはそうやってすぐにシャーリーのことを甘やかす。甘やかしてはダメでしょう?」
「この子がその過程で好きな人と結ばれるのだったら、それで十分だ。それに、とある坊主が絶賛シャーリーに振り向いてもらおうと奮闘中だ。」
お父様はよく分からないことを言ってお母様にニヤリと笑いかけました。お母様は、まぁ!と言った後、ご機嫌そうに、淑女教育のレベルを上げなくちゃ!!と意気込んでいらっしゃいました。『淑女教育の敗北』と言われるほどの本好きの私に、お母様は何をさせたいのでしょうか?質問したいのは山々ですが、藪蛇な気がしますので、今は放っておきましょう。どうせ時が来れば分かる話です。
「それでは、私はお先に失礼させていただきますわ。」
「残っておけ。今日は良いワインを開けようと思っているからな。」
私はお父様の甘美なお誘いに、ぐぅっという呻き声を漏らしました。
「………今月いっぱい私は禁酒中です。」
「そうなのか?」
「はい………。」
私は飲まないと決めたのです。決めたことは、………最後までやり抜くのです。飲みたくても我慢です。我慢、我慢、我慢、我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢………………。でも、やっぱり、1杯くらいなら………、いいえ、いけません。我慢するのですわ。
「それでは失礼いたしますわっ!!」
半端ヤケクソになりながら、私はお父様の持つ美味しそうなワインから目を離して全力疾走で食堂から逃げ出しました。
「うぅー、飲みたい………。」
そして、そんな邪念を払うために、私は自室に戻った後、訓練着に着替えて剣術と体術、魔術の訓練に精を出すことにいたしました。邪念いっぱいの時は、無心で身体を動かし続けるのが1番ですわ。
「シャーリー、」
「ふひゃっ!?」
足音と気配を消して後ろから追いかけて来たアルお兄様に、私はびっくりして悲鳴を上げました。
「訓練だろう?俺も付き合って良いか?」
「………。」
「シャーリー、」
捨てられた子犬のようにじっと見つめられ、私は見事にダウンしました。
「………魔法戦闘の訓練にお付き合いくださるのでしたら。」
「あぁ、それで良いよ。」
わざと私に勝算のある、私の得意分野を言ったのにも関わらず、アルお兄様は嫌な顔1つせずにご機嫌に頷きました。
2人でそれぞれ動きやすい服装に着替えるために自室へと歩みを進めていると、ふとアルお兄様が思い出したように話しかけて来ました。
「………ニックは最近大丈夫か?」
「………………今日酷めの発作を起こしました。」
使用人の視線などがある手前、アルお兄様は表立って質問して来ませんでしたが、言いたいことが簡単に分かった私は静かに答えました。
ニックの持病を知っているのは一部の大臣と国王夫妻、そしてアルお兄様と私、今日バラした先輩だけです。
「………しばらくはニックから離れるな。」
「言われなくともそうするつもりです。明日は図書館に来なかったら、執務室に顔を出す予定ですわ。」
最近ニックがやけに近いのであまり近づきたくはありませんが、こればっかりは私の自業自得なので仕方がありませんね。
カロリーナに着替えを着替えを手伝ってもらった私は、訓練場に足を運びました。
「お早いお着きのようで、アルお兄様。」
「ーーーやるか?」
「えぇ、お相手願います。」
片手長剣を握ったアルお兄様に向けて、私はレイピアを握りしめました。これも訓練用の剣なので、しっかりと怪我をしないように魔法が付与されています。
「…………ねぇ兄様、私、何かニックの気に触ることをしてしまったのでしょうか。最近、彼の様子がおかしいのです。剣を合わせてくださいませんし、スキンシップが多い気がしますし、周りに誤解を与えるような行動ばかりをしています。それに、………今日は忙しいのにも関わらず、図書館にきました。私が彼に対して怒っているのを知っていてのうのうと来た挙句、簡単に私の怒りを吹き飛ばす。いえ、彼への怒りなんかとうの昔に飛んでいっていましたね。それに、私は彼のことを傷つける言葉を言ったのに、それなのに彼はニコニコと笑っていました。あと、ガーデンパーティーの帰りに私の馬車に乗って来ました。そして、お出かけしようって言ってきました。私には分かりません。理解不能なのです。」
剣をぷらぷらとさせた私は、泣きそうな心地で、アルお兄様に尋ねました。
「どうしてだろうねぇ?」
いつも通りの感情の読めない顰めっ面のような無表情なアルお兄様に、私は感情をぶつけるように、血を吐くように叫びました。
「どんどん彼が遠くていくのよっ!!分からなくなっていくのよっ!!ねぇ!教えてよっ!!ニックはどうしてしまったのっ!!どうしていつもいつも私を守ろうとするのっ!!どうして私や彼の評価を傷つけようとするのっ!!ねぇ!どうしてっ!!どうしてっ、彼はっ、………。」
ぽたぽたと目から雫が落ちていきます。もう疲れたのです。ここ1ヶ月で色々なことが起こりすぎてもう、疲れたのです。心が追いつかないのです。もう、心がボロボロなのです。
それに、平気なふりをしていても、8年前のあの事件を思い出した日は心が弱くなってしまいます。無性に彼が恋しくなります。彼がそばにいないと苦しくなります。辛くなります。本が読めなくなります。大好きで、何事にも変えられないはずの本が読めなくなってしまうのです。
「っ、にっくぅー、」
「疲れてしまったんだな、シャーリー。そういう時は、もう無理するな。」
泣きじゃくる私を抱いたアルお兄様は、頭をゆっくりと撫でてくださいました。
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