第15話
「………先輩、これから話すことは、いえ、ここであったことは最初から最後まで他言無用でお願いいたします。」
「あぁ、分かった。というか、そのことを言ったら俺の首がいとも簡単にバシャーって飛ぶよね?」
「そうですわね。」
私は微笑みを浮かべて大きく頷きました。先輩は息を呑んで震えていますが、だって事実ですもの。ニックの持つ発作についても、私とニックの身に起きた8年前の事件のことも、箝口令が敷かれているほどの大事です。
「あれは8年前の雪の降る日のことでした。」
「シャーリー、…………」
ニックが私を止めるために服の裾をぎゅっと握ってツンと引っ張ってきます。
私はそんな彼に向かって首を小さく振りました。
「………先輩はニックのもう1つの発作を目の当たりにしている。彼にはあの事件を知る権利があるわ。」
「いや、普通に怖いし知りたくないんですけど…………。」
先輩の言葉をはっきりさっぱりと無視した私は、8年前の辛い事件に思いを馳せて僅かに震える身体を抱いてぽつりぽつりと話し始めました。
ーーーあれは8年前の大粒の雪が降るとても寒い日でした。
幼馴染たる私とニックは、アルお兄様と共にそのお年初の雪に王宮の庭でそれはそれははしゃいでいました。私は氷魔法がその頃から最も得意でしたので、たくさんの雪の結晶を発現させたりと、それはそれは危ない遊び場と化してしまっていましたが、見慣れている衛兵たちは私たちが見える範囲内に好き勝手意に遊ばせてくださいました。
そして、その衛兵と私たち距離が仇となり、お王宮に忍び込んでいた賊に私とニックはいとも簡単に連れ去られてしまいました。幸いアルお兄様は3人の中でも最年長であり、年齢に全くそぐわないほどに最も体術に優れていたため賊に捕まらずに済み、増援を呼んで下さいました。ですが、私とニックを人質に取られた状態で彼らは思うように動くことができず、結局私とニックは国外に連れ去られてしまいました。
私たちが連れ去られた先は、隣国の王弟殿下の住まいの離宮でした。当時隣国とは緊迫状態にあり、私とニックを連れ去ることで開戦に持ち込みたかったようです。
「だ、だが戦争は起こっていないはずだ!?」
先輩が焦ったように声を上げました。流石は本好きせすね。よく学んでいらっしゃいますし、理解しています。まぁ、王宮勤めならば当然のことですが。
「えぇ、彼の国の国王は戦争を望んでいませんでしたから。望んでいたのは王弟派の派閥だけですわ。」
「戦で国が豊かになるなんて、飛んだ馬鹿だよね。ましてや、その所為でシャーリーが傷つくことになるなんてっ!!」
ニックが声を荒げてまたもや発作を起こしそうになりました。
「落ち着いてニック。これは昔話よ。」
「うっ、すまない。」
私はニックをこのままこの場において置いていいか思案し始めました。おそらくニックはこのまま話を聞き続ければ、とてもひどい発作を起こすことになってしまいます。そんなことは私も彼も全くもって望んでいません。
「シャーリー、お願いだから、そばにいさせてくれ」
私の思考に気がついた彼は静かな声音で懇願してきました。顔色はあまり良くありませんし、必死なのが伝わってきます。私は彼に向けて首を振ろうと彼の瞳を見つめました。
「シャーリー、お願いだ。」
「分かったわ。」
そして、私は首を振ることができませんでした。
私は息をしっかり吸い込んでから、震える体を叱咤して悍ましい続きを話し始めました。
ーーー離宮についてすぐ、私とニックは身包みを剥がされ、とある悍ましい魔道具が首につけられました。
その魔法具というのは、魔法を使えなくするものでした。私とニックは当時剣や体術ではなく、魔法をメインにする戦闘スタイルをとっていました。ですから、…………私たちは無力でした。何もできませんでした。
髪を引っ張られて切り落とされても、鞭で打たれても、刃物で切り付けられても、泣きながら身を寄せ合うほかなかったのです。痛くても辛くても、抵抗することも、助けを呼ぶこともできなかったのです。私たちの初日に着せられた服は、貧民街の子供が着ているものよりも圧倒的に粗末なもので、肌を守ってくれませんでした。寒い真冬に地下牢に閉じ込められていたこともあり、私たちは凍傷と、鞭に打たれた跡と、刃物で切られた後とで1週間後の救出される頃には瀕死の状態でした。
その後、私たちは当然心に深い傷を追いました。
救出された後はしばらく私とニックがずっと離れられないくらいに深い傷を負ったのです。
ニックの身体に異変が起きたことが分かったのは事件からおよそ7ヶ月後のことで、私とニックが離れて暮らすことができるようになった1ヶ月後のことでした。
その日は、王妃様主催のガーデンパーティーで、上位貴族の限られた家の子どもたちだけが参加していました。ですが、上位貴族の家の子供のみが集めあっれていると言っても、子供は子供です。家族やニック以外の前では髪を染めるようにしていた当時の私は、周りの子供達から髪の毛の色が両親と違うことを嘲笑われ、お茶をかけられました。熱湯にびっくりした私は悲鳴をあげました。
すると、ニックが殺気立ち、魔力を暴走させました。当時から神童と名高かったニックの異変に、王宮の皆は対応が遅れました。
そして、私にお茶をかけたご令嬢はニックの強い魔力に当てられて帰らぬ人となりました。
その後も、ことあるごとに私に関することになるとニックの感情の制御が不可能になる場面が多々発生しました。そこまできてやっと周りの人間は気がついたのです。
彼の、ニックの防衛反応が“私の安全に関わることのみ”異常になっていると。
ならば、私とニックを全く関わらせなければいいと、大人たちは私とニックの関わりの一切を経ちました。ですが、ニックの発作は2週間後に起こったのです。私の安否が確認できないことに恐怖を抱いたニックは、かつてとは比べ物にならないほどの魔力の暴走を起こしました。
そして、今の距離に落ち着きました。幼馴染として接し、ニックの精神制御と魔力制御の訓練に熱を入れるという形です。
私にはそこまでひどい後遺症は残りませんでした。ただ、暗い場所が少し苦手になり、鞭の音や刃物の音に敏感になったくらいです。その時の出来事自体は乗り越えていませんので、今のように思い出すと恐怖に震えます。
ですが、ニックのように他人に迷惑を欠けてしまう類のものではありませんので、放っています。乗り越えるよりも、忘れる方が幸せでしょうから。
それに、思い出す機会も今では随分と減っていますし、今はニックも私も剣術や体術に力を入れています。身体に傷跡も残っていませんから、ニックの防衛反応以外には何の問題もありません。
これが8年前の事件です。
私が震える体を抱きしめてほうっとため息をこぼすと、ニックが後ろから抱きついてきました。
「お疲れ様、シャーリー。」
「ん、」
暖かい身体にするりと擦り寄れば、彼はくすぐったそうに身を捩りましたが、拒絶はしないでくれました。それをいいことに、なおのこと擦り寄れば、彼は私のことをぎゅうっと抱きしめてくれます。人の肌や温度というものは私に安堵を与えてくれます。
「えっと、イチャイチャしたいのなら他所でやってくださいって言いたいところですが、まぁそれは置いて置いて、事情はわかりました。では、俺の役目はローゼンベルクに危害が加えられないように気を使っておくっていうことですかね。」
「あぁ、そうしてくれると助かる。シャーリーは見ての通り危機感が低いんだ。それに、何事も他人を頼らずに自分でなんとかしようとして突っ走る。」
ニックは何だか失礼なことを言った後に、私に見せつけるように大きな溜め息をこぼしました。その所為で、先輩に言おうとした文句が吹き飛んでしまい、ちょっと不服に思いながらも、私は未だ止まらない震えを抑えるために、ニックになおも擦り寄りました。
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