第13話
▫︎◇▫︎
「うぅー、ふわぁーあ、」
「おはよう、シャーリー。」
「…………!?」
目的地に到着したのか停止した馬車で揺れ動かされて目が覚めた私は、目の前にいてはいない人がいることにびっくりして、反射的に氷の攻撃魔法を展開しました。
「うわぁ!?しゃ、シャーリー!落ち着いて、僕だよ。“ぼく”、ニックだよ。“ニコラス”。」
「………だからこそ攻撃魔法を展開させているのですが?」
「え?」
「………。」
私は、はぁーと大きな溜め息をつき、魔法を解きました。
あんなに焦らなくともニックならば簡単に制圧できたでしょうに。
「どうしてここにいるのですか、ニック。」
「どうしてだろうね?」
「答えになっておりませんわ。」
じとりとした私の視線にも一切臆さないニックは、ニコニコと王子様スマイルを振りまいています。
「何ようですか?」
「とって食べたりしないから、そんなに警戒しないでほしいな。」
ニックはくしゃりと表情を歪めて泣きそうな表情になりました。
「うぅっ、」
いくら罪悪感に潰されそうになったとしても、ここで彼を甘やかしてはいけません。
ダメです、ダメダメだめだめだめ………。
「ねぇ、シャーリー、今週末は何か用事があるかな?」
「ないですわ。」
警戒心いっぱいの返事にニックは困ったように微笑みました。
うぅー、罪悪感があああぁぁぁぁ!!
「じゃあ、僕もその日空いてるから一緒にお出かけしよう?」
「どうしてでしょうか。」
ツンとそっけなく返すと、ニックがにやりと悪い笑みを浮かべました。
「異国の経済学の古書が今週末入荷されるんだって。」
「行きます。」
………思わず即答してしまいました。だって、だって異国の古書ですよ!?見たくないわけないではないですか!!
「ふふふ、流石本好き令嬢だね。」
「お褒めに預かり光栄ですわ、ニック。」
してやられてしまったことに悔しく思いながらも、にこりと完璧な笑みの仮面を身につけました。
「敬語、退けてくれないかな?防音魔法もちゃんと張ってるから。」
「……………。」
微笑みを微動だにせず、無言でいると今度はニックが王子様スマイルの仮面を身につけました。
「異国の古書。」
「………分かったわ、ニック。」
………異国の古書を盾に取られてしまえば、私の惨敗です。
「じゃあねー、シャーリー。今週末、忘れないでねー。」
「えぇ、分かったわ。ちゃんとお忍びの格好で待っているわ。」
ガチャリと扉を開けて出ていったニックに私はうきうきした気分で答えました。たとえ負けてしまったとしても異国の古書が見られるのならば、もうそれで私としては満足なのです。
あぁ、本を探す旅の出てみたいわ。
まぁ、心配性で過保護なお父様やお母様、お兄様が許してくださらないでしょうけれど。…………ニックに頼んだら連れ出してくれますでしょうか。いいえ、ないですわね。彼は私に対して甘いといっても、私が危険なことに首を突っ込むのを家族以上に心配して嫌がりますからね。旅に出ることなんて私の一生では体験できないことでしょう。
「お嬢様、再度お屋敷に向けて出発します。お屋敷に到着致しましたら知らせいたしますので、お休みください。」
「えぇ、ありがとうございます。べジャミン爺、屋敷までよろしくお願いいたします。」
この言葉を発したすぐ後に、私の意識はまた深い深く眠りの泉にぶくぶくと沈んでいきました。
本当に、心地の良い眠りです。
▫︎◇▫︎
「おはよう、ローゼンベルク侯爵令嬢。」
「おはよう御座います、先輩。」
昨日のパーティーにより若干寝不足な私は、出勤2日目にも関わらずうつらうつらしながら出勤をしました。
「何つー辛気臭い表情してるんだ。」
「悪いですわね。寝不足なもので。」
「パーティー、そんなに楽しかったのか?」
先輩の不思議そうな問いかけに、私は昨日の楽しい夜を思い出し、満面の笑みを返しました。
「えぇ、昨日のパーティーは狸と狐の化かし合いではございませんでしたので。」
「へぇー、そんな都合の良いパーティーもあるんだな。」
「ありますとも。というか、私が参加するパーティーはその類のものだけですわね。」
苦笑しながら言うと、先輩も頭をくしゃくしゃと掻きながら苦笑しました。
「それに、昨日のパーティーはいわばお疲れ様会ですわよ?そんな化かし合いなんて場違いなことは誰もいたしませんわよ。まぁ、結婚相手探しをしている方はいらっしゃいましたが。」
「あぁー、嫁ぎ遅れ組かー。」
先輩はものすごーく遠い目をしました。
「そういえば、先輩も十分結婚遅れ組ですわよね。」
首を傾げながらちょっと遊んでみると、先輩は目に見えてあたふたとし始めました。
これは何か埃が出てきそうですわねぇ。
「うっさい!!というか、俺はうぜぇー女が嫌いなんだよ。」
「?」
「ほら、俺はアレがあるだろ?だから、それ狙いの女がうじゃうじゃと近寄って組んだよ。」
先輩の言っているアレというのはパラディンの称号のことでしょう。
「まぁまぁ、人生勝ち組とさえ呼ばれている称号持ちもとても大変なのですわね。」
「心がこもってねーぞ。」
「込めておりませんので。」
ここで私が心を込める必要なんてあるでしょうか?ないですわよね?何故私が先輩なんかに心から同情しないといけないのでしょうか。
「俺はひでー後輩を持ったものだな。」
「ご愁傷様ですわ。」
とほほーっと言っている先輩に、私は全く心のこもっていない同情文句を叩きつけてから、今日の仕事内容を詳しく聞いていくこととしました。ちょっとダークな時には仕事に励むのが1番ですよ、先輩。
▫︎◇▫︎
「覚えました。」
私は感情のこもっていないやりとりをブッチして始めた今日の分の仕事の終了を先輩に知らせました。
「はあ!?」
「だーかーらー、図書館の本の分野別の配置を全て覚えました。」
「まだ30分も経ってないんだが………。」
先輩が何故か頭を抱えて座り込みました。たったの一般公開分の書架の配置を全て覚えただけなのですが、何か問題でもあったのでしょうか。
「何か問題でもございますか?」
「大有りだわああああぁぁぁぁぁ!!」
「図書館ではご静粛にお願いいたします。」
昨日同様に思いっきり叫んで視線を集めた先輩に、私は文句を言います。
魔法、また展開させないとですね。
「防音結界を展開致しましたのでご自由にお話しください。」
「そりゃどーも!!要らないところで気がきくキチガイな化け物殿様!!」
「とりあえずまともに話せるくらいには落ち着いてください、先輩。」
支離滅裂な叫び声を上げた先輩に、私はうざったらしい気分を隠しもせずに、文句を言いました。これくらい言っただけでは私にはバチは当たらないと思います。
「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
「大きな溜め息ですわね。幸せがお空の遠くに飛んでいきますわよ?」
にっこり笑って私がアルお兄様によくかける言葉を先輩にかけました。
「なんだそれ?」
「遠い異国の迷信です。あながち間違いではないんじゃないんですかね。」
「…………そうだな。」
そう言いながらも、先輩はまたもや大きな溜め息を吐きました。先輩は図書館司書でありながら、反省という言葉をご存じないのでしょうか。というか、先輩にとって迷信は迷信なのでしょうか。
「迷信を侮っては行けませんよ。存外現実的だったりするのですから。」
「何故そこで凄む…。」
もう疲れた、と呟きながら頭を抱える先輩に、私は扇子を片手に首を傾げました。
私、またもや常識はずれをやらかしてしまったのでしょうか。
まぁでももう自分自身では驚きませんね。だって、パターンですもの。何かやる、常識はずれ、何かやる、常識はずれ、もう本当に嫌になってしまいますわよねー。誰かがどうにかして下さらないかしら?やる前に常識の範疇を教えてくださるとか。
まぁでももう遅いですわね。
「それで?このお仕事は普通どのくらいの期間で覚えるものなのですか?」
「………半年くらいだな。」
「そうですか。」
微笑みの仮面を被った私は、何食わぬ顔で聞き流しました。
半年………たったの図書館の1部を覚えるのに皆様はそのくらいの月日を必要とするのですね。
「禁書庫についてはいつ教えていただけるのですか?」
「………資格試験がある。受けたかったら即刻受けられるようにしてやるが、受けるか?」
流石禁書庫、資格試験なんてものが存在しているのですね。
え?ちょっと待って、即刻受ける?じょ、冗談ですよね。
「え、資格試験のお勉強は?」
「お前ならば必要ないだろう。」
なんの躊躇いもなく先輩は即刻私に資格試験を受けさせようとしてきます。
「それは流石に、む、無理かと思いますわ。」
「無理なわけねぇだろ。」
「せめて1回分の過去問を解かせてください。それが合格ラインならば、すぐに受けます。」
私は困ったように引き攣った笑みを浮かべながら言うと、先輩は不思議そうに首を傾げました。
「えぇー、なんでそこまで慎重なんだよー。」
だーかーらー、なんでそこまで脳天気なのですか!!
「はあぁー、過去問とってくるから、好きな本でも読んどけ。」
「ありがとうございます。」
私は素直に先輩にお礼を言ってテキトーに本を一冊本棚から引き抜きました。
『恋愛成就の秘訣』
……………何故よりにもよって手に取った本が私から最も遠い内容の本なのでしょうか。
ま、まぁでも、本にはなんの罪もございませんし、気軽に読んでみることといたしましょう。
パラパラ、パラパラパラ、
次々と本の活字に目を通していくと、内容が全て頭に入っていきます。
そして、私の女の子としてダメなことをバンバンドンドンドカドカと叩きつけられます。うぅ、痛い、聞いてるわけではないけれど、耳が痛いです。
「うぅー、………辛い。」
ガン!!
読書中に私情や邪念が入るのは悪いことです。
机に頭を叩きつけて頭中をリセットさせた私は、黙々と読書に没頭し始めました。
「…………………。」
「お~い、お~い、」
「………………………………………………。」
「ローゼンベルク侯爵令嬢、や~い、シャーロット・ローゼンベルク!!」
「? なんですか?うるさいですよ。」
読書を邪魔された私は、先輩に半眼を向けました。
「あぁん?過去問取ってこいっつったのはどこの誰だよ!!」
「あ、………。」
やっと先輩に資格試験の過去問を取りに行ってもらっていたことを思い出した私は、居心地が悪くなり、しゅんと丸くなりました。
「ごめんなさい。」
「素直でよろしい!!」
わしゃわしゃと犬を撫で回すように頭を撫でられて、私はふわわっという意味不明な声を上げました。お目々がぐるぐるしてしまっています。
「せ、先輩、早速解いてみてもよろしいですか?」
「あぁ、解いてみろ。」
「ありがとうございます。」
私は、言うや否や筆記用具を胸ポケットから取り出して、さらさらと回答を埋め始めました。
思っていたよりも圧倒的に簡単です。昨日読んだマニュアルの抜き出しですね。もっとちゃんと作ればいいのに、と思いながら万年筆を走らせていると、先輩から視線が寄越されていることに気がつきました。
「いかがなさいましたか?」
「いいや、気にせずに解け。」
「? 分かりました。」
私は首を傾げながらも、問題を解くことに集中することにしました。
うぅーん、もしも答えが合っているのならばこの試験はとっても簡単ですわね。
「解けましたわ。」
「あぁ、俺が丸つけをするな。」
「え?」
私はもし間違ったらという不安から、先輩に丸つけされるということに抵抗がありました。
ここはなんとしてでも私が丸つけできるようにしなければ………!!
「せ、先輩、あのー、私、自分で丸つけしたいのですが………。」
私が微笑みながらいうと、先輩はにやりと意地悪な笑みを見せました。
……………嫌な予感です……………。
「これは過去問でもなんでもない。普通の資格試験だ。」
「………………………。なんということをしでかしてくださったのですか。」
「お前が思っている通り、あれはマニュアルの抜き出し問題だ。なら、アレが暗唱できるお前なら、100点なんて楽勝だろ?」
なおのこと深い笑みを浮かべた先輩に、私はなんの躊躇いもなく、殺気を向けました。
「うわぁ!怖い!!」
「棒読みほど癪に触ることがないっていうことを先輩はご存知ですか?」
私はにっこりと周りの人間から恐ろしいやゾッとすると呼ばれる笑みを浮かべました。
存分に怖がって恐れれば良いですわぁ!!
「まぁ、そういうことだから、俺が丸つけする。異論は認めん。」
威圧と共に返された言葉によって、私の背中に嫌な汗がたらたらと流れました。
怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い………………………。
本能的な恐怖と慄き、戦慄によって私は動けなくなってしまいました。圧倒的な力差、否、才能の差に、私は憧れと共に恐れを抱いてしまいました。
剣を握るものとして、剣士として、情け無いです。私は魔法使いでもありますのに。
「………………………はい。」
私に渡された答案用紙に全て丸をつけた先輩は、顔をピクピクとさせました。
「全問正解で合格だ。おめでとう。」
「ふぅー、………ありがとうございます。では、明日から禁書庫にまつわる内容についてもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。」
恐怖を押さえつけて微笑みを浮かべ、私は深々と頭を下げました。
「あぁ、………? というか、俺がこの資格試験に受かってるって教えたか?」
先輩は心底不思議そうにこてんと頭を傾げました。
「おっしゃっていませんが、先輩が私の答案用紙を丸付けしたことやマニュアルをすでに覚えていること、そして禁書庫にまつわる知識を持っていることから考えれば、先輩がこの資格試験を合格していることが簡単に分かります。」
「そ、そうか………。」
また笑みを引き攣らせた先輩に、私は苦笑しました。
「それでは、今日はもう読書にしても構いませんか?」
「あぁ、構わない。禁書庫にまつわることについては俺が全部処理しておく。」
「ありがとうございます。」
ふりふりと解答用紙を振り動かした先輩は、ふと私が先輩が帰ってくるまで読んでいた『恋愛成就の秘訣』という本に目を向けました。
「へぇー、お前、絶賛恋中なのか?」
先輩が心底楽しそうに私を茶化してきました。
「いいえ、テキトーに手を取っただけです。そして、見事に心をぐちゃぐちゃにされております。」
「えぇー?そうかなー?お兄さんに話してみろよ!!」
「とても気持ち悪いです。」
ピシャリと言った私に、先輩はガーン!!という文字が見えそうなほどズーンと落ち込みました。
「………私、分野を問わずに、活字のものは1から10まで全部読むんです。」
「うぇー、そりゃもう化け物じゃなくて、変人だぞ?」
呆れたような声音に、私は視線を横にずらしました。だって、仕方ないじゃないですか。何でもかんでも読みたくなるんですもの。
「変人で結構ですわ。………私も自分ではちゃんとわかっていますもの。」
「分かっていてもやめられない、か………。まぁ、それは俺にも体験があるけどさ。あんまり根を詰めすぎると、身体がもたないぞ。」
「………それはもしかしなくとも実体験ですか?」
私は嫌な予感に、じっと先輩の顔を見つめました。はぐらかして逃げないように、ちょっとだけ魔力で圧もかけてみます。ふふふ、逃がしませんわよ?
「……俺がここにいる時点でわかってるだろ。身体壊したんだよ。ガッツリと。」
「ですよわよね。………まぁそんなことじゃなかったら、この国の英雄たる貴方様がこんなところでふらふらとしておりませんわよね。」
「………、まぁ、そんなこっだよ。」
先輩は悲しそうに顔をくしゃりと顔を歪めました。
私は、あまり触れてはいけないことに触れてしまったようです。
「………先輩は、もう剣を握ることができないのですか?」
「いいや、握れないことはないな。ただ、長時間握るのがまだ難しい。だから、長時間剣を握る必要がある戦場には出れないんだ。」
「そう、ですか。辛いことをお聞きしてすみません。」
私は素直に今度は心を込めた声で深く頭を下げました。剣士としては、長時間剣を握れないのはなによりも辛いことです。ですから、剣士でもある私は、先輩の現状に自分のことのようにぎゅうっと眉を寄せました。
「う~ん、気にするなっていっても気になるよな?」
「………………………すみません。」
「じゃあ、今度リハビリに付き合え。俺としては手練れと剣を合わせられるし、何よりお前にとっては多少の訓練にもなるだろう?」
「そんなことでよろしければ、いつでもお付き合いいたしますよ。私、これでもアルお兄様に比べればまだまだですが、それなりに強いんですから!!」
にっこりと笑って力拳を作って見せれば、先輩は破顔しました。ほうっと見惚れるくらいに、とっても綺麗でガサツな心からの笑顔です。
「そこ、何をしているんだ。」
先輩と話している私の後ろから、普段の穏やかさを一切感じさせないゾッとするくらいに冷え冷えとした声が聞こえました。
先輩は慌てて胸に手を当ててかしこまり、私もそれに倣ってカーテシーをしました。
「ニコラス王太子殿下におかれましては、ご健勝のようで何よりにございます。図書館へは何ようでございましょうか?教えていただきましたら、こちらにてご用意いたします。」
社交嫌いにしては完璧と言っても過言ではない淀みのない挨拶に、私は内心舌を巻きました。
「あぁ。じゃあ、ここに書いてある本を取ってきてくれ。ローゼンベルク侯爵令嬢は、少し話に付き合え。」
「ははっ、承知いたしました。」
「………承知いたしました。」
殺気の僅かに籠る声に、私は一瞬迷いを覚えながらも命令には従う他ないと早々に諦めてニックこと、ニコラス王太子殿下の命に従うこととしました。
「個室で待っている。行くぞ、令嬢。」
「はい。」
足の長いニコラス王太子殿下に置いていかれないように、私はととっという足取りで後を追いました。
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