第10話
「そこまで全否定されると流石に傷つきますね。私、これでも剣士の端くれですから。」
ここでむすっとした表情を続けるのも癪に触ると思った私は、周りに1番美しいと言われる微笑みをゆったりと余裕があるように見えるように浮かべました。
「よく端くれなんて言うよ。お前の動きは一流の剣士のそれだと言うのに。」
嘲笑のような表情で紡がれたのにも関わらず、褒められていることに気がついた私は、よく分からないなと思いながらも、微笑みを深くしました。
「貴方様に褒めていただけるなんてとっても光栄ですわ。若干10歳にして聖騎士、通称パラディンの称号を与えられた最強の騎士、ディルク・マーベラス様。」
私は、先輩に向けて首を傾げて上目遣いになるように計算しながら、顔色を伺うように言いました。
「………はぁー、完敗だよ。ローゼンベルク侯爵令嬢。」
先輩こと、ディルク・マーベラス様は、かの有名な容姿たるくすんだ赤毛をガシガシと掻き、エメラルドのようなきらきらと輝く緑色の瞳をすぅっと細め、私のことを見つめました。
「………この姿でバレたのは初めてだ。」
先輩は司書の制服の裾をひらひらとはためかせながら不本意そうに言いました。
私からしたら逆に、何故こんな簡単な変装で今までバレなかったのか不思議なくらいです。
「お父様から常に先入観を捨てて物事を見るように幼い頃から言い聞かされておりますので。」
ひとまず1番説得力のありそうな言い訳を並べてみました。まぁこれが原因ではないと思いますが、一応間違ったことを言っている訳ではないので構いませんよね。実際にこれは幼い頃からお父様から教えていただいていることですし。
「流石は団長だ。娘相手にも容赦がない。」
苦笑した彼は疲れたような呆れたような声音を出しました。
おそらく彼は近衛騎士団長であるお父様に散々扱かれているのでしょうね。実際にお父様の訓練を受けたことのある私は、彼に憐憫の情を抱きました。
「………そもそもお父様に容赦があったら私が化け物と呼ばれることなんてございませんでしたよ。」
ひとまず肩をすくめて笑っておくのが1番無難でしょう。
「そりゃそうだ。」
先輩は私に合わせて肩をすくめて笑いました。
「先輩は、ここではなんと名乗っていらっしゃるのでしょうか?」
これから先輩の名前を呼ばないといけなくなるであろう場面に備えて、私は先輩の偽名を尋ねました。おそらくディルクに似た響きのお名前でしょうが、一体どんなお名前なのでしょうか。
「ディラン・マーベラス、ディルク・マーベラスの病弱な双子の弟という設定だ。」
成る程、と思いました。先輩の両親である先代マーベラス伯爵夫妻は馬車の事故によって、彼が8歳の時に亡くなって彼が爵位を受け継いでいますから、彼が彼の家の過去をいじるのは簡単なことでしょう。
「承知いたしました。では、お名前が必要な際はディラン様と呼ばせていただきます。」
心底安心したように頷いた先輩に、私は困ったような微笑みを返しました。まぁ、弱みを握ったのは事実でしょうから、こういう反応をされるのは当たり前のことですが、なんだか悲しいですわね。
「あぁ。というか、お前、異常なまでに律儀だな。」
「そう、でしょうか?“元”婚約者が色々とうるさい我儘ぼっちゃまだったせいかも知れませんね。」
話題が飽きたのかいきなり転換した彼に、私は首を傾げて仄暗い笑みと共に返答しました。
「ん?元?」
先輩は引っ掛かりを覚えたのか、ギョッと目を見開いて固まりました。
これはおそらく知らなかったのですわね。
「えぇ、1週間前に婚約破棄いたしましたので。」
「へぇー、知らなかったや。」
にっこりと笑うと、先輩は興味深そうに視線を寄越してきました。
…………本当に知らなかったんですね。
「………有名な話ですよ?」
苦笑しながら首を傾げました。
ここ1週間だけで本当にびっくりするくらいに、私が無実の罪で濡れ衣を着せられた挙句婚約破棄を突きつけられた、というのは有名な話になりました。本当に誰が広めたんでしょうね。私を擁護する嘘や出鱈目も一緒に広められているというのが私にとっては気に入りません。本当に私がか弱い御令嬢だなんてムカつきます。
「俺は聖騎士として動く以外には、貴族社会には関わらないようにしているからな。」
「そうですか。」
先輩らしい返答に、私は苦笑しました。
というか、先輩はパラディンであることをあまり気に入っていないようですね。パラディンという言葉を出すときにいつも棘が混じります。
「だって面倒だろ?」
ぽりぽりと頭を掻いて、そのあと腕を組んだ先輩は心底嫌だというのが簡単に分かるような表情を作り、うぇーと言いました。
「………ここまで正直に言ってしまう人を私は始めてみましたわ。」
「ははは、社交界なんぞ狸と狐の化かし合だろ?」
カラカラ笑った先輩に、私はいっそ清々しさを覚えました。
「それも正直に言っちゃうんですね。」
「あぁ、言うさ言うさ。だって事実じゃねぇか。」
先輩の言い方は、今までずっと“淑女の鑑たるローゼンベルク侯爵家の娘として”、“貴族の娘として”、そんな生き方しかしてこなかった私にとって、とてつもなく眩しくて、憧れる代物でしたが、それと同時に共感してしまう内容でした。本当に、先輩は人の心を曝け出させるのがお上手な方なようです。ここ10数年被ってきたお猫様をいとも簡単にひっぺがして下さっただけでなく、私の心の奥底にある本音を次々に引っ張ってくださいます。本当にニック同様クソ迷惑なお方です。
………ニック、ここに、この隣にある王宮にいるんですよね。
「………事実ですね。まぁかく言う私も、社交界で着飾るよりも、沢山の本に囲まれている方が幸せですし、なんなら戦場を駆けている方が好みです。」
ここまで引っ張ってくださったのならば、もう曝け出しちゃえ!!というような簡単かつ端的な思考の流れで、私は思いっきり本心をぶちまけてしまいました。本当に淑女の仮面はどこにいったのでしょうね。
「………社交界と戦場で戦場を選ぶ女を始めてみたよ。」
「そりゃどーも。」
私の本音に苦笑した先輩に、私はにんまりとした笑みを浮かべました。女だから、そんなの縛られているなんて、私らしくありませんし、馬鹿らしいんですもの。
「はぁー、お前とは仲良くやっていけそうだ。」
「そうですね。読書の邪魔にならない範囲で愚痴を聞いてもらえそうですね。」
握手を求めるように右手を差し出してきた先輩に、私も右手を差し出しました。手袋に包まれた手には、剣士として相応な硬くて武骨な剣だこがあり、見た目に似合わず、あぁ、やっぱりこの先輩はパラディンの名を与えられた最強の騎士なのだなと思いました。
「………俺は人形か?」
引き攣った笑みと共に、返された返答に私はぎゅうっと眉を寄せました。何故そういう思考に行くのか私には理解不能です。というか、ここ最近そういう謎な思考な人が、先輩しかり、ニックしかり、アルお兄様しかり、多すぎる気がします。
「あら、何をおっしゃっているんですか?貴方はれっきとした人間ではありませんか。」
「………俺はお前がなんとなく怖いよ。」
ちょっと血の気の引いた顔で言われると、なんだかもっと追い詰めたくなってしまうのは私の性格か、それとも人間の行動心理なのか、私にはさっぱり分かりませんけれど、まぁどうでもいいか、と思いました。これは今詰めるべき問題ではありませんしね。
「うふふふふふ、皆様何故そのようにおっしゃるのですかね?」
「うぁー、お前絶対男を尻に敷くタイプだな。」
バコン!!
先輩の頭はしばくととってもいい音が鳴り響きました。う~ん、鍛えてますし、絶対に避けられたはずですのに、何故避けてくださらなかったのでしょうか?お陰で私の手までも負傷してしまったではありませんか。
「ローゼンベルク嬢は淑女の鑑であるって聞いたことがあったんだけれど、本当はただの暴力女?」
生真面目な表情で私を堂々と貶して見せた先輩に対し、私は頭に青筋を立てました。
普通こう言うことって裏では言っても、表では絶対に言わないことないですか?
まぁ、裏でもこう言うことを言ったら物理と精神両方で蹴散らしますが。
「先輩って反省や懲りるという言葉をご存知ありませんのね。」
「す、すまないっ!すまないからの拳を一旦下げてくれ!!」
とりあえず脅してみようかと、満面の笑みでぎゅうっと握って魔力を込めた拳を振り上げると、先輩が泣き叫ぶような壮絶な悲鳴もような声を漏らして、謝罪を叫びました。
「………それでも騎士ですか?」
「……………なんでよりにもよってそこで団長とおんなじことを言うんだい?」
先輩は涙目で、虐められた小動物のような格好をして質問をしてきました。
「……お父様が私と同じことを?」
この構図では、私が彼を虐めているように見えてしまいますが、それはこの際どうでもいいです。
私がお父様と同じ、それが重要ですわ!!
「あ、あぁ。………もしかして俺、墓穴掘った?」
「えぇ、そうですわね。あの、脳筋なお父様とは同じにしないでいただきたいですわね。」
途中で失態に気がついてしまった先輩は、血の気が引いた顔で恐る恐る尋ねてきましたが、お父様と同じと言うことに衝撃を受けてそれどころではない私は、ただただ訂正していただけるように笑みを深めるだけでした。
「俺からしたら十分お前も脳筋だぞ。」
「あら、先輩?何かおっしゃいましたか?ごめんなさい、私、今ちょーっとお耳が遠かったようでー。」
墓穴を掘っていることに気がついてなお墓穴を深く深く掘り続けている先輩に、いっそのこと尊敬の念を抱き始めた私は、表情はそのままに、こてんと首を傾げました。
「ななな、なんでもございませーん!!すすすすす、す、すみませんでしたあああぁぁぁぁぁ!!」
あらあら、そんなに怯えなくて縮こまらなくてもよろしいですのに。これでは本当に私が彼を虐めているようではありませんか。私はちょーっと先輩に間違いを訂正していただこうとしているだけですのに。
「分かればよろしいのですよ。分、か、れ、ば。」
今度は普段の微笑みを浮かべて、先輩を人差し指でツンツンとしながら言いました。この時もビクビクと怯えていましたが、私は何にもしておりません。実際に手が出てしまったのは、1度しばいた時だけですわ。
「あ、そうです。今日はもうこれでお仕事終了ですか?」
すっかり大事なことを忘れてしまっていた私は、パチンと両手を合わせて質問をしました。
「ん?あぁ。そう、なるな。司書の初日の仕事ってのは、そのマニュアルを読んで粗方覚えるってのだからな。」
「そうですか。なら、今日はもう帰宅しても構いませんか?」
なら、お仕事終了ですね!!という意味を込めて嬉しげで楽しげな声を出すと、先輩は心底不思議そうに首を傾げました。
「? どうしてだ?」
ごもっともな質問ですが、帰ってからすることを聞くとか、今日何か先約が入っていたのかとか、もうちょっと捻って聞いてほしかったですかね。こんな抽象的な質問では、貴族社会ではやっていけないと思いますわよ?
まぁ、社交界を嫌っている彼には不必要な技能かもしれませんが。
「今日、卒業パーティーのやり直しがあるんです。私以外は明日からお仕事開始みたいで………。」
「あぁ、そういえばお前、仕事に早く慣れるために出来るだけ早く就職したいってので、選択日の中でも初日選んでたもんな。」
先輩は私が書いた、いつから働きたいかという質問の応答と何故その日付を選んだかの理由の紙を読んだのでしょう。まぁ実質のところは早く仕事に慣れたいではなく、早く本に囲まれたいと言うのが本音なのですけれどね。
「……普通は家でゴロゴロする時間を作るためにも最終日を選ぶんだぜ?」
「………家にいても剣を振り回すか、魔法をぶっ放すか、本を読んでるかですもの。それなら早めに就職して仕事に慣れた方が現実的ですわ。」
私は呆れた表情の先輩に、ぷくぷぅーっと頬を膨らませて反対意見を言いました。
剣を無駄に振り回したり、魔力切れにチャンレンジをしたり、暗唱できるまでに暗記している本をもう1度読んだりするよりも、新しい本を読んで新しい知識を蓄えたいと思うのは、自然なことだと、私は思います。
「うわー。お前、絶対友達いないだろう。」
「あら残念。友達はちゃーんといますわよ。」
私の私生活にそんなご感想をくださった先輩に、私は持ってきていた貴族令嬢の必需品たるゴージャスな扇子、………ではない質素だけれど、品の良い扇子を広げて口元を隠し、悪役令嬢さながらの高笑いを浮かべました。
私、釣り目ですし、性格がきつい方ですし、悪役令嬢そっくりで似合うと思うのですわよねー。
………ぐす、言っていて何故か自分が悲しくなってきました。
「意外だな。」
悪役令嬢の演技に何も触れてくれなかった先輩は、目を見開いてぽつりと失礼なことを呟きました。
「何か言いましたかー?」
「な、なんでもございません。なんでも!!」
「そうですかー。」
にっこりと満面の笑みを浮かべた私は、いちいち危険な綱渡りをせず、相手がその言葉を聞いてどう思うかをよく考え、問題がないと判断してから発言をすればいいのに、と心の底から思いました。
ま、彼のビクビクとした反応を見るのはそこそこ面白いから、助言はして差し上げませんけど。
「それでは先輩、もう帰ってもよろしいでしょうか。」
「あ?あぁ、構わない。卒業パーティーだったか?楽しんでこい!!」
「ありがとうございます。」
にかっと豪快な笑みを浮かべた融通の効く先輩に深く頭を下げてから、私はくるりと踵を返して家に帰るために我が家の馬車が停めてある方向に向かいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます