第7話
▫︎◇▫︎
「んん………。!?」
ゆらゆらと揺れる感覚に意識が浮上し、私は間近にある物凄く麗しい顔にとてもびっくりする羽目となりました。
「あ、起きたんだね、シャーリー。」
「にににに、ニックぅ!?」
裏返った悲鳴に嫌な顔ひとつせず、ニックは優しく微笑みました。
本当に綺麗な笑顔ですわね。
私もこんなふうにできるように見習わなければ!!
「体調は大丈夫かい?」
「体、調………?」
ニックにお姫様抱っこで揺られている私はゆっくりと思考を回転させ、今までに起きたことを振り返り、自分でも自覚できるほどに頬を真っ赤にしました。
「ににににに、に、ニコラス様、ああ、あれは、例え夢でもいけないことかと存じますわ!!」
「うん、一旦落ち着こうか、シャーリー。」
なんの悪びれもなく、優雅に微笑んでみせたニックに尊敬と共に小さな怒りを覚えた私はわざとらしく淑女の仮面を被りました。
「私、何故抱き上げられていますの?」
「ねぇ、僕が悪かったから許してくれないかな?シャーリー。」
困ったようにくしゃりと顔を歪めたニックに私は頬を膨らませました。
「分かったわ。というかあんなこと他のご令嬢にしちゃダメよ?」
一瞬虚を突かれたようなびっくりした表情をかたどったニックに満足していると、そのあとにみるみると歓喜に染まったニックの顔に今度は私がぽかーんという表情をする羽目になってしまいました。
心配されてびっくりすると思いましたのに、なんですかその表情は!!
僅かに残る自尊心から叫ぶことは防げましたが、顔にはデカデカとこの疑問符を書いてしまっているでしょう。
「シャーリーはさぁ、僕が他の令嬢にあんなことをするのが嫌なの?」
期待いっぱいの表情で聞かれた質問に疑問を覚えつつも、私は至極真当なことを返しました。
「何言ってるの?ご令嬢にあんなことして困るのはニックでしょう?さっきみたいなことをしてしまったが故に結婚を迫られたらどうするの?」
「あぁ、そうだよね、そうですよね。シャーリーはそういう娘だよね………。」
とほほ………、という文字が見えそうなまでにガッカリしたニックに対して小首を傾げた私は、ニックの真意を探るためにニックのその綺麗に整った顔をじぃっと観察しました。
「な、なに?シャーリー。」
口元をもごもごとさせたニックは何故か恥ずかしそうに問いかけてきました。
「ん?ニックの真意が分かんないから。」
「本当にもう勘弁してくれ………。」
微笑みを浮かべて真っ直ぐと質問に答えると、ニックがプイッと横を向いて耳まで真っ赤にした顔で、何かをボソボソと呟きました。
「ん?」
「なんでも無いよ。」
「そっか、ところで昨日私なんかした?」
ずっと聞きたくて仕方がなかった質問がやっとできることに早る気持ちを抑えられずに聞くと、仕返しと言わんばかりにニックがにっこりと笑いました。
嫌な予感に「やっぱりやめて。」と言おうとすると、ニックが私の唇をふにゃりと押さえてそれはそれは麗しい笑みを浮かべました。
「一から十まで色々とやってくれたよ?」
「ひぇ!!」
口をワナワナとさせると、ニックはカラカラと楽しげな笑い声を天高く上げました。
「ねぇ、ニック。」
「ん?」
笑いが収まったばかりの彼に話しかけようと口を開けたり閉めたり挙動不審なことをしていると、彼がもう耐えられないとばかりに、ぷっとまた吹き出しました。
「私、酔った勢いでなんかとんでもないことやらかしちゃってたりとかしないよね?」
覚悟を決めた私は、笑っているニックに恐る恐る尋ねました。
やらかしてしまっていたならば、誠心誠意謝らなければならなりません。いや、いくら幼馴染とはいえども彼は王太子です、謝るだけでは済まないかもしれません。
「………もしかしなくとも昨日の記憶飛んでるの?」
困ったような表情を作りながら問いかけてきた彼の瞳には悲しみが浮かんでいました。
昨日の私、本当に何をしでかしたのでしょうか?
「…途中から見事に飛んでいっているわ。」
ここで嘘をつくのは可能と言えば可能ですが、すぐに足がついてしまうので得策ではないでしょう。
「ふぅーん。」
「ね、ねぇ、私………。」
興味がないように聞こえるような頷きをした彼に、私は勇気を振り絞って声をかけました。
「さあ?どうだろうね。」
彼は読心術を使えるのでしょうか………。
「………。ね、ねぇ、」
「教えてあげない。」
「そ、そんなぁ……。」
私の悲痛な声にニックはただただ微笑みを返すだけでした。
「あんなかわいいシャーリーを知ってるのは僕だけでいいんだよ。」
「ん?どうしたの?ニック。何か言った?」
「なーんでもない。」
不可思議な呟きのようなものに首を傾げれば、またもやはぐらかされてしまいました。
「もうお酒は飲まない方がいいわね………。」
あまりの事態に頭痛を覚えた私は、ぽつりと呟きました。
「えー?可愛かったのにー!!」
「だからよ!!」
事態の深刻さを全く分かっていないニックに、私は思わず大きな声を上げました。
「はぁー、もう疲れたしこの話はやめにしましょう………。」
私の声に一瞬目を見開いたニックに自分の失態を悟った私は、1度精神を落ち着かせるためにゆっくりと大きく深呼吸をしました。
「始めたのはシャーリーでしょう?」
「ニックー?」
怒りを完璧に抑えることはできなかったようです。
ニックが私の満面の笑みに恐れ慄きました。
………私の笑顔ってそんなに怖いのでしょうか。
いいえ、疑問に思う必要もございませんわね。私って吊り目ですし、冷たい色彩ですから怖いのですよね。えぇえぇ分かっていますとも。ずっとずっと前からちゃーんと分かっていますとも。
「シャーリー多分それは違うと思うよ?」
私の心をいとも簡単に読み取ったニックが言いました。
こんなことに心を砕く必要などありませんのに。
「ニックと話しているとたまに怖くなるわ。」
「それはお互い様だね。君のアメジストの瞳には人の心を惹きつけるような不思議な力があるようだから、ね。」
ニックの頓珍漢な言葉に、私は目をパチパチとさせました。
「ねぇ、それってどういう………。」
「シャーリー!!ニコラス!!」
ニックの言ったことの意味を問おうとしたところで、遠くからアルお兄様のお声が聞こえました。
そして、今の自分の悲惨な態勢とニックがうちに泊まったという事態に気がつき、身体中から冷や汗が噴き出てきました。
「ね、ねぇニック。昨日我が家に泊まることは国王陛下にご報告なされているのかしら?」
「ん?父上“には”しているよ?」
「そう、良かった………。ん?には?」
妙に強調された部分に引っ掛かりを覚えた私は、ギギギという音がつきそうなほどに不自然な動きで、ニックの顔をお姫様抱っこの態勢のままで見つめました。
「うん、には。」
「つ、つまり侍女や護衛の兵には伝えていないと。」
嫌な予感が的中しないように必死に祈った言葉は、次の瞬間粉々に砕かれてしまいました。
「うん!いないねぇ。」
「ひょえっ!!お、おおお、アルお兄様ー!!」
私の悲鳴に異変を感じたアルお兄様は猛スピードでこちらに駆けつけてきてくださいました。
「どうした?シャーリー!!」
冷静沈着な氷の貴公子と呼ばれているアルお兄様が、私のために息も切らせず遠いところから全力疾走してきてください、大きな声で問いかけてきました。
「ににに、ニックが、昨日泊まるの報告してないって!!」
私の口をワナワナとさせた言葉に、アルお兄様は目を見開いたあとニックを殺気まみれで睨みつけました。
「はあ!?ニコラスてめぇー何してやがんだ!!」
掴みかかろうと手を伸ばしたところで、ニックの腕に私がいることに気がついたアルお兄様は悔しそうに歯噛みしました。
「うわー、この今のアルの状況を社交界の『氷の貴公子を見守る会』の所属のご令嬢達に見せてやりたいよ………。」
そして、見事にニックはアルお兄様の精神を逆撫でする言葉を言いました。
「あ、それ、男性もはいっているらしいわよ?」
そして、私はなんとなくのノリで、ちょっと前にお友達から教えてもらったびっくり情報をアルお兄様の提示してみました。
「いらない情報をどうも、我が愚かな妹!!」
ガーン!!
お兄様に、あの、シスコンなアルお兄様に、愚かと言われてしまいました。
う、うぅー、ショックです。
「あわわ、そ、それどころではなかったわ、アルお兄様。は、早くお兄様以外の護衛の皆様にお知らせしなければ!!」
アセアセという音がつきそうなほどにニックの腕の中で慌てふためく私は、アルお兄様に訴えかけました。ニックを急いで王宮に送らなければ!!
「そうだな。だが、もう遅いだろう。今は9時だ。」
懐中時計をぱかりと開きながら、私の方に傾けたアルお兄様は大きな溜め息を吐きます。
9時ジャストの時計を見て、私の血の気がさらに引いていくのが分かります。
「………うそ、でしょう………。」
「嘘を言って何になるんだ?」
苛立ったようなアルお兄様の声に私は諦めという感情を抱きました。
もう、ここで不安になったり絶望したりしても過ぎ去ったことは無駄なのです。
「何もならないわね。」
私の静かな声に、アルお兄様が傷ましそうな表情を作ります。
「ニコラス、貴様には国王陛下にお願いしてしばらくの間執務室に篭りきりになるようにするからな。」
「うわぁー、さすがアル。僕がやってほしくないこと1位を見事にやってくれようとしてるね。」
「お褒めにあずかり光栄ですね。」
ニックは誤解を招くようなこんなことをして、何がしたかったのでしょうか?
「ニック………。貴方は何がしたかったの?」
声に哀しみや悲しみ、絶望の滲み出た声に、ニックがぎゅうっと苦しそうに眉を寄せました。
「……さぁ?なんだろうね?」
「ニック!!」
はぐらかされたことに苛立ちを覚え、咎めるような叫び声が漏れ出ました。
「ごめんね、シャーリー。」
「っ、」
泣きそうなニックの声に、私は息を詰めました。
「ごめんなさい、ニック。下ろしてちょうだい。」
「分かったよ。」
先程まではどんなに言っても下ろしてくれなかったのにも関わらず、今はすんなりと下ろしてくれました。
「少し、頭を冷やしてくるわ。」
冷ややかな目をしてしまっているであろう私は、ニックとアルお兄様に短い言葉を残して駆け出しました。
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