第6話
▫︎◇▫︎
ごろごろという音を立てて私の乗る馬車が王都のローゼンベルク侯爵邸に入りました。
あぁ、やっと我が家ですわ。
今日は色々あってなんだかんだと疲れました。
勇気を出すというのは、存外精神をゴリゴリに削りますし、注目されるというのも私の性格には合っていないようですわ。ローゼンベルクの人間として情け無いですわね………。
「シャーロットお嬢様、ご到着いたしました。」
「えぇ、ご苦労様。」
扉の開く音と共にかけられたしわがれた声に、私は微笑みを返しました。私が生まれる前から御者を担当してくれている古参の彼は、ここ数年は私の専属と化してくれていて、6年間の登下校を必ず運転してくださいました。
「6年間私の学校生活を支えてくれてありがとうございました、べジャミン爺。」
「いえいえ、この爺、お礼を言われるようなことは何一つとしてしておりませんよ。」
「ふふふふふ、あなたはしていないと思っていても、私からしたら沢山の事をしてもらいましたわ。」
「そうですか……。お嬢様がそうおっしゃるのでしたらそうなのかもしれませんね。それにしても、あんなに小さかったお嬢様が成人とは、感慨深いものですなぁー。」
べジャミン爺は私のドレス姿をじって見ながらくしゃくしゃの顔をさらにくしゃくしゃにして、嬉しそうに笑いました。
「おかえり、シャーリー。」
ここにいるはずのない声にびっくりして、私は声の主の方に礼儀も何もなく、思いっきり振り返ってしまいました。
「ニック!?」
「おかえりのお返事はただいまでしょう?シャーリー。」
夜闇に紛れてもキラキラと輝く太陽のような短い金髪に、王家の長子を象徴する藍色の瞳を持つ彼は、にっこり笑って爽やかに言いました。
「た、ただいまニック。」
「おかえり、シャーリー。」
「えっと………。」
私の挨拶にご機嫌に笑った彼に困った私は、どこから突っ込めばいいのか、どこから質問すればいいのか分からず、視線をうろうろとお散歩させました。
「おかえり、シャーリー。ニコラスがここにきたのはお前の誕生日祝いのためだ。婚約破棄おめでとう。」
ニックの後ろからひょっこり出てきた兄、アラスター・ローゼンベルクが切長のアメジストの瞳を細めて言いました。
「あ、ありがとうございます、アルお兄様。」
「よ~し、シャーリー、お酒を飲みに行こうか!!」
ぺこりと頭を下げた私を見たニックが問答無用で私の手を引っ張りながら言いました。
一緒に飲むのは決定事項なのですわね。
ガサゴソと草花をかき分けて奥まった場所に迷いなく入っていった私とニックは、私達以外が使わなくなった東屋に入りました。
ニックことニコラス・グランツライヒはこの国の王太子殿下にして、私の幼馴染です。
「わぁー、ここに来るのも久しぶりだねー。」
「……そうですわね。ニックも私もずっと忙しかったですものね。」
いばらや雑草に囲まれた東屋はアルお兄様にも秘密の私とニックの秘密基地で、沢山の思い出の詰まった大切な場所です。ここに来る際もアルお兄様から隠れるために、途中で私もニックも姿消しの魔法を使用しました。
「そろそろアルお兄様に教えて差し上げてもよろしいのでは?」
「え~、嫌だよ。ここは僕とシャーリーの秘密基地だもん。」
「ふぅー、ニックがそういうのなら、そういたしますわ。」
私は困ったような笑みを浮かべて肩の力を抜きました。
向かいあって座った私とニックの間にそよそよと風が吹き抜け、ここが自由な場所である事を示してくれます。
「落ち着くね。」
「そうですわね。」
微笑みを交わした私達は、ニックの持ってきたバスケットからワインやらおつまみやらを取り出して、飲み会の準備をしました。
「ここでお酒を飲むのは初めてですわね。」
「そうだね。………ねぇ、ここでだけでいいから敬語のけてよ。」
ニックがにこっと笑いながら言いました。
「分かった。これでいい?ニック。」
「うん!!」
眩しそうに目を細めながら、心の底からの嬉しさを現すような微笑みを浮かべたニックは、楽しそうに手順よくおつまみを並べ終え、ワイングラスを出しました。
トクトクと注がれ始めたワインは見るからに値の張る高級品でした。
「こんなの出していいの?」
私の質問に対して、にっこりとした笑顔を浮かべたニックは私にグラスを手渡しました。
「君の卒業お祝い兼お誕生日お祝いだからね。」
「婚約破棄お祝いもあるわね。」
なんとなく訂正を入れました。今日は婚約破棄についてもお祝いしたい気分ですからね。
「ははは、アイザックは嫌われてるねー。」
一瞬きょとんとしたニックは次の瞬間ワイングラスを片手に爆笑し始めました。
あぁ、やっぱり彼はこういう笑顔が1番ね。
「私はそいつのことをお馬鹿サイテークソ野郎と呼ぶことにしたわ。」
「うわぁー、辛辣。」
「事実でしょう?」
「ははは、そうかもね。」
笑みの種類を瞬時に変えたニックがワイングラスを少し持ち上げました。
「じゃあ、『シャーリーの沢山の門出に』「乾杯!!」」
「う~ん!!美味しい!!」
カツンとグラスを合わせた後口をつけたワインはシルクのように軽やかで、フルーティーでとっても美味しかったです。
「美味しいねー。」
「うん!!」
一応今日が16歳の誕生日でこの国での成人を迎えた私ですが、社交界に出るものとして早いうちからお酒を身体に慣らしているので、お酒は飲み慣れています。
ひとつ年上の彼はもっと沢山のお酒を飲んでいるのでしょう。このとっても美味しいワインを飲んでもあまり大きな反応をしません。
「シャーリーはいつも美味しそうにワインを飲むよね。」
「そうかしら?」
「そうだよ。ビールを飲むときよりも圧倒的に美味しそうな顔をする。」
「確かにビールよりはワインが好きね。」
私の初めてのお酒慣らしの際に同席したニックが、その時のことを思い出すかのように斜め上を向きながら、ワインを傾けて話します。
「君は酒豪だったよね。初めての時にびっくりする量を飲んだのを覚えてるよ。」
「そういうニックもすごい量飲んでたじゃない!」
「あはは、僕はいいんだよ。」
「何よそれ。」
ぷくぅーっと頬を膨らませると、ニックはにこにこと上機嫌になりました。
完璧に遊ばれています。
不服です。
「そのドレス、着てくれたんだね。」
2人でワインを楽しんで会話していると、ニックが躊躇いがちに言いました。
「うん!似合ってる?」
立ち上がってくるりと1回転しました。裾が綺麗に広がるように工夫して回転すれば、ドレスの裾が青薔薇の花びらのようにひらひらと舞います。
「あぁ、似合ってるよ。そのドレスを着た君を僕がエスコートしたかったな。」
「そんなことをしたら私が他のご令嬢達に睨まれちゃうわ。」
ニックの茶化しに茶化しで返せば、何故か悲しそうな表情を一瞬だけ、ほんの一瞬だけされてしまいました。
「……。ドレス、贈ってくれてありがとう、ニック。」
「どういたしまして、というか、僕が勝手に贈っただけだけど?」
「それでも嬉しかったから。」
ちょっとだけ照れながらお礼を言うと、ニックも頬を少しだけ赤く染めました。
「その髪飾りも靴もドレスも全部僕の贈り物だね。」
「うん!私の勝負服よ!!」
ふふーんと胸を張ると、複雑そうな表情をされてしまいました。
なんだか居た堪れない気持ちになった私は、ニックのグラスにトクトクとワインを注ぎました。
▫︎◇▫︎
3時間後
「にっくぅー、わたしねぇー、さいしょはねぇー、がんばっちゃのー………!!」
「うんうん、がんばってたよねー……。ひっく、あいざっくのくそやろー!!こんどあったらぶんなぐってやるー!!」
ワインボトル3本、22時から飲み始めること3時間で今は1時。私とニックは楽しく沢山飲んで食べてして酔っ払いまくっていました。
「あいつねー、わたしのこと、じみだって、ぶちゃいくだって、いっちゃんじゃよー!!ひどくなーい!!」
「ひどいねぇー、しゃーりーはとっても、ひっく、かわいいのにー。」
「かわいくわないよー、………つりめだし……。」
「つりめがかわいいのに……ひっく。」
「にっくのばかー!!………うぅー、にぇみゅい……。」
「ねむいねー。」
そして、私とニックは突っ伏してそのまま眠ってしまった。
▫︎◇▫︎
「う、うぅ~ん、………ふにゃーあ。」
朝の冷たい風で目が覚めた私はぐーっと身体を伸ばしました。
パサリ
伸び上がった拍子に、身体からジャケットが滑り落ちました。
…………ジャケット?
何が何だか分からなくなり、慌てて周りを見渡すとそこはいつもの寝室ではなく私とニックの秘密基地で、腰が重たいと思ったら、私の腰にはニックがぎゅうっと抱きついています。
何が起きたのでしょうか………?
「ニック、ねぇ起きてニック。」
2人でワインを楽しんだのは覚えているのですが、どうにも後半の記憶が曖昧です。
もしかして私、とんでもないことを口走っているのではないでしょうか?
気が気でない私は腰に力強く抱きついているニックをゆさゆさと揺らしながら、呼びかけます。
「ふあ?んんー、後5分………。」
むにゃむにゃと呟いたニックに私は呆れを覚えました。
昔から朝に弱い彼は、この成人を迎えているにも関わらず、相変わらず過ぎるほどに相変わらずなようです。
「ニック。」
もう1度強めに呼びかけると、今度はのそのそと起き上がり、そして、
「ん?わぁー!!シャーリーだぁー!!」
寝ぼけ眼でがばりと私に抱きつき、抱えきれなかった私を押し倒しました。
「にににに、ニック!?」
「シャーリー、あったかくて気持ちー、本当に本当にあったかーい……。」
ぎゅうっと抱きついたニックは、寝起き体温でぽかぽかな私をカイロのように満喫してから、ポーッとした夢見心地な表情で起き上がりました。夢見心地なその表情は、柔らかいいつもと同じ表情にも関わらず、瞳には私の知らない色が浮かんでいて、それが私の思考の回転を邪魔します。
「ふふふ、シャーリー顔が真っ赤か。………かわいい。」
あまりに私に似合わなすぎる評価と抱きつかれたこと対するびっくりが未だに抜けずに動けなくなってしまった私は、かわいいを皮切りに始まった、額や頬に次々に落とされるキスを受け続ける羽目になってしまい…………、
気絶しました。
「シャーリー?………え!嘘!夢じゃなかったの!?シャーリー!!シャーリー!!」
意識が遠のく間際にニックのびっくりした叫び声が聞こえた気がしました。
夢でもアレはしちゃいけないと思うわ、ニック。
ふわふわと沈んでいく意識に、私はなんの迷いもなく身を委ねました。
あぁ、本当に色々ありすぎて疲れてしまいましたわ………。
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