第5話
「そなたは、む、無表情も怖いぞ?」
「そうですか……。」
残念そうな声を作っていった私は、国王陛下が助けを求めるようにすっと魔力を迸らせたことに気がつき、その方向に視線を向けました。
あら?王弟殿下ではありませんか?
しかも、お馬鹿サイテークソ野郎に殺気を向けて怒り狂った王弟殿下は、陛下の魔法によってぐるぐる巻にされていらっしゃいます。
私はこてんと首を傾げ、何故こんな事態に陥っているのかを考え、あぁ!と納得しました。
「馬鹿息子の所為ですわね!!」
手をポンッと叩いて理解したことを表現した私は、思わず理解したことを声に出してしまいました。
「ぶっ、はははは、あははははははは!!」
「陛下?」
「ははは、はは………。」
にっこりと笑った私を幽鬼でも見たかのような表情で見た国王陛下は、笑いながら固まるという器用なことをやって見せてくれました。
だーかーらー、私はそのくらいで怒り狂うような性悪女ではございませんわーーー!!
「貴様は、どれだけ私を侮辱すれば気が済むんだーーー!!」
お馬鹿サイテークソ野郎は魔力を身に纏って私に殴り込みにきましたが、当然ながら私によって下半身を氷漬けにされてしまいました。私がやっておきながらなんですが、ご愁傷様ですわね。
「こんの、ドラ息子おおおおぉぉぉぉぉ!!!!」
「ぐはっ!!」
王弟殿下が国王陛下の魔法を破り、お馬鹿サイテークソ野郎に殴りかかりました。
結構いい音がしましたから、肋くらいは折れてくれているのではないでしょうか。
「あらあらまあまあ!!楽しいことになりそうですわね!!」
「お主、やっぱり性格が、…………。」
思わず上げた声に反応した国王陛下を人睨みした私は、これから起こるであろう、私がするよりも楽しそうな断罪式に目を向けることといたしました。
「シャーロット嬢、この度はこの馬鹿息子が大変失礼した!!」
律儀な王弟殿下は、断罪式を楽しみにしていた私を無視し、引っ掴んだ息子の頭共々直角に頭を下げました。
「頭をお上げくださいな。そもそも王弟殿下が謝ることではございませんわ。悪いのはぜーんぶソイツですもの。ですが、この度の婚約は縁がなかったということで破棄させて頂きます。」
「すまない。」
ぎゅっと目を瞑って再び深々と頭を下げた王弟殿下は、次の瞬間息子であるお馬鹿サイテークソ野郎を睨みつけました。
「さて馬鹿息子、何故シャーロット嬢との婚約を破棄したのか聞こうか。」
威圧的な王弟殿下は、王者の風格のような物を滲ませ、お馬鹿サイテークソ野郎に声をかけました。
「え、え?私は先程、こ、婚約破棄を撤回しましたよ?」
「撤回をお断りいたしますわ。」
私は嫌味たっぷりな声音でにっこりと笑って言いました。
これくらい嫌味を言わないとやってられませんし、何より怒りが爆発して魔力がまたもや暴走してしまいます。
「馬鹿む、そもそももう息子とも呼びたくないな。」
「なら、お馬鹿サイテークソ野郎をお薦めいたしますわ。」
「………シャーロット嬢は怒らせてはいけない人種第1位だな。」
「ふふふふふ、何かおっしゃいましたか?」
苦笑いと共に返された言葉に、満面の笑みを浮かべれば、王弟殿下は表情を引き攣った笑みに変更なさいました。やっぱりこの怒っているように見える吊り目がいけないのでしょうか?
「お馬鹿サイテークソ野郎、もう1度聞く。お前は何故シャーロット嬢との婚約を破棄したのだ!!」
父親からの感情の籠った大きな声は、ボロクソに傷つけられたお馬鹿サイテークソ野郎をぐっさりと傷つけるには十分だったのか、お馬鹿サイテークソ野郎はガクンと項垂れました。
自業自得ですわね!!
「い、今は違いますが、私の容姿に釣り合わなかったからです。」
「お前の容姿に釣り合わなかっただ?逆だろう!!クラリスには劣るが、月の女神のごとく美しいシャーロット嬢に、お前が釣り合わないんだ!!」
クラリスというのは王弟殿下の奥様のお名前です。チョコレートのような艶やかな髪に、桜色のピンクダイヤのような瞳を持つ可愛らしい女性で、余程のことがないと社交界に出してもらえないほどに王弟殿下に溺愛されています。
「それに、お前が釣り合わないのは容姿だけではない!!彼女は眉目秀麗、文武両道、才色兼備、ありとあらゆることが完璧な天才なんだぞ!?」
壮絶な悲鳴を帯びた叫び声に私は首を傾げました。
眉目秀麗?文武両道?才色兼備?
はてはて、それはどなたのことでしょうか?
私の知らない単語ばかりがずらずらと並んでいますよ?
私が知っている単語といえば、不義の子、陰キャ、地味、本の虫、頭でっかち、無能、でしゃばりなどなどそんなのばかりですからね。ですが、それくらいが自由に動き回るのにはちょうどいいのですよね~。
「な!!彼女が天才?笑わせないでください!!私のように魔法師団に入ることもできない無能ではないですか!!」
魔法師団に入団できない?
先程純粋な魔力勝負で負けておきながらそんなことを言うなんて、冗談や馬鹿も休み休み言って欲しいものですね。
「彼女は自分の意思で王立図書館の司書への就職を決定したんだ!!」
「はい?」
「うふふ、あははははは…………!!」
王弟殿下の言葉に、素っ頓狂な声を上げたお馬鹿サイテークソ野郎の表情は私が笑いを抑えきれず爆笑したり、絵画にして残したりしておきたいくらいにそれはそれは傑作でした。
「彼女はスカウトやら推薦やらを見事に全部蹴ったんだ!!騎士団、魔法師団、宰相、外交官、異国の王族との婚姻などなど引く手数多の大口のスカウトを蹴ったんだ。そして、それほどまでに誘いを受けるほどの才女なんだ!!」
「はあああぁぁぁぁぁ!?」
「あははは、あははっははははは!!」
私の爆笑は止まるところをいざ知らず、ずっと笑ってしまいます。
だって、彼、そのくらいに愚かなんですもの。
11年来の婚約者相手にそれって、どれだけ私に興味がなかったんだって話ですわよね。
ほんっとムカつく。
もっと上手いこと絞れないかしら?
私が魔法師団や騎士団、宰相や外交官のスカウトを受けているというのはとても有名な話です。異国の王族との婚姻については私の耳には入っていませんでしたが、王弟殿下がおっしゃったということは実際に起きた出来事だったのでしょう。私なんかと結婚しても何の利益もございませんのに。
「これでわかったか!彼女がいかに優れた人間かが!!」
「ひゃ、ひゃいぃぃぃ!!」
はぁー、はぁー、と肩で息する王弟殿下は、もう疲れたとでも言わんばかりに額を抑えました。
「彼、これからどうしますの?」
「うちが所有しているブラックダイヤモンドの鉱山に送りつけて働かせる予定だ。」
息を整えた王弟殿下は蔑むような視線をお馬鹿サイテークソ野郎に向けた後、再度私に頭を下げてきました。
「重ね重ねになるが、うちの馬鹿息子が本当に申し訳ない!!」
「お気になさらず、縁がなかっただけですわ。」
私にも淑女としての矜持があります。ここは曖昧な微笑みで終わらせましょう。
「コイツは廃嫡にする。」
「………ここまでの騒動を起こしておいて、廃嫡ではなかったら逆にすごいと思いますわよ?」
当然のことの報告にびっくりし、微笑みに困惑が写ってしまいました。
「は、廃嫡うぅぅぅ!?」
「いや、当たり前でしょ!!」
キレのいいツッコミを入れたのはマゼンタ男爵令嬢でした。修道院に入っても速攻で追い出されてしまうという事実に打ちひしがれていたのはどこにいったのやら、お元気な様子です。
「お馬鹿サイテークソ野郎、大人しく廃嫡されることをお勧めいたしますわ。」
「な!?婚約者である君までもがそんなことを言うのか!?」
「婚約者ではございませんわ。」
「うぎゃー!!」
婚約破棄を突きつけておきながら、婚約者と言われたことに激しい怒りを覚えた私は、お馬鹿サイテークソ野郎の周りにブリザードを作り出してしまいました。
これは怒りによって魔力が暴走しただけで、決してわざとではございませんのよ?
決して、ムカつくから氷漬けにしてやろうとか、髪型を決めているのが気に入らないから風でボサボサにしてやろうとか、無駄にギラギラとした豪奢な服がキモいからぼろぼろにしてやろうとか、そんなことではございませんのよ?
「うむ、これで片付いたな?」
「えぇ、お騒がせしてしまい申し訳ございませんでしたわ。」
国王陛下の確認に、私は了承の意を込めて謝罪しました。
これでやっとうざったい婚約と公爵夫人という未来への縛りから解放されますわね!
あと本!
本が好きなだけ読めますわ!!
無理矢理にでも王宮図書館の司書への就職をもぎ取っておいて正解でしたわね。
「シャーロット嬢、慰謝料については………。」
ご機嫌にこれからの未来に思いを馳せていると、王弟殿下からお声がかかりました。
おそらく後日話し合いの場を設けたいと言いたいのでしょうけれど、私にも希望がありますから先にお願いしてしまいましょう。
「後日、卒業パーティーのやり直しを希望いたしますわ。慰謝料についてはそれで終了にしてください。我が家は全くもってお金に困っていませんもの。それに何より、私としましてはここにいる同級生の皆様の門出を台無しにしてしまったことの方が申し訳のう存じますわ。」
「あぁ、そんなことで良ければ承知した。だが、慰謝料については侯爵とも話合わせてくれ。」
「分かりましたわ。」
私の所為で駄目になってしまった卒業パーティーは、後日王弟殿下が再度開催されることとなり、今日のパーティーはこれにて閉幕となりました。
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