第十五話 ショタ、魔族を退ける

~ラルス視点~





「ファイヤーボール!」


『ぐあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!』


 ソフィーお姉さんの声が聞こえたかと思うと、魔族の背中に火の玉が当たるのが見えた。


「ソフィーお姉さん!」


「その声はラル君! やっぱりあんたがラル君を誘拐したのね! 絶対に許さないのだから!」


 ソフィーお姉さんが声を上げると、コウモリのような羽が生えたおじさんがお姉さんの方を向く。


『次から次へと俺の縄張りにズカズカと入り込みやがって! 今度は小娘か!』


「誘拐犯! 今直ぐにその女の子とラル君を解放しなさい! でなければ、あんたを倒すわ!」


『くそう、あのガキでも手を焼いていたと言うのにまた面倒臭いことになってしまった。だが、こっちには人質がいることを忘れる……いたたたた! このメスガキ!』


 おじさんがソフィーお姉さんに気を取られている間に、ローザが彼の腕に噛み付いた。


 力が緩んだみたいで、おじさんが痛がっている間に抜け出し、僕のところに来ると彼女は後ろに隠れる。


『おのれ! 良くも俺の腕を噛み付いたな! 下等生物のメスガキ風情が! ぶっ殺してやる!』


「そうはさせない! ファイヤーボール!」


 ソフィーお姉さんが再び魔法を発動して火の玉を出すと、おじさんに直撃した。


「ソフィーお姉さん! いくらローザに怖い思いをさせたからと言って、やりすぎだよ! 火傷しちゃう!」


「良いのよ、この男は人間ではなく魔族、悪いやつなんだから」


 ソフィーお姉さんがおじさんのことを魔族と言った瞬間、頭が痛くなる。


 魔族? それ、どこかで聞いたことがある。


【魔族が現れたぞ!】


【ラルス逃げなさい! せめてあなただけでも生きて!】


 頭の中で響くこの声ってもしかして失った記憶の一部なの?


「魔族は悪い存在。倒さないと、みんなが悲しむ」


 そうだよ。さっきまでは勝手に入った僕たちも悪いと思っていた。だから申し訳ない気持ちで戦っていたけれど、おじさんが魔族だと分かった以上は、全力で遊ばないと。


「あんな悲しみをこれ以上生み出さないためにも、僕はおじさんを倒す!」


「ラル君! もしかしたらあなたなら魔族を倒すことができるかもしれないわ!」


「おじさんごめんね! 今からは本気で遊ぶよ!」


 水の入っている壺に手を突っ込み、手の中に水を溜め込む。


「食らえ! 水鉄砲!」


 手の中に溜め込んでいる水を、おじさんに向けて放つ。でも、今回のはいつものとは違っていた。


 薄さ1ミリくらいじゃないかなと思うほど薄い。


『そんな小さい水で何ができる! ガハッ! バカな! あんなに小さい水で、この俺の肉体に穴を開けただと!』


 手から飛び出した水は、逃げようとしないおじさんに命中、体を貫くと血が流れ出す。


「細い水なのに凄い貫通力、ウォーターカッターの魔法に似ているわ」


 ソフィーお姉さんが僕の攻撃を見て魔法名ぽいことを言う。


 僕は普通に水鉄砲をしたつもりだったのだけど、魔法と同じ効果を持つものを出せるようになったみたい。


『くそう! くそう! くそう! ただの人間のガキに俺が傷を受けるとは! 屈辱的だ。だが、今は分が悪い。ここは逃げさせてもらう』


「そうはさせないよ。鬼ごっこ始め!」


 遊びの開始の合図を出すとおじさんの後ろに立ち、彼を捕まえる。


「タッチ!」


『グハッ! そんなバカな。なんて速さだ! 人間の子どもを遥かに凌駕している!」


「それじゃあ次はおじさんが鬼ね!」


『ふざけるな!』


「鬼ごっこは嫌だった? なら氷鬼ね。でも、鬼から捕まっている時点でおじさんの負けだよ」


 ニコッと笑みを浮かべたその時、おじさんの体は氷に覆われて始める。


『こ、凍る! 俺の体が氷に覆われていく!』


「それはそうだよ。だって氷鬼は、触れたものを凍らせて動けなくする遊びだもん。安心して、仲間が助けてくれたら、その氷は溶けるから」


 命を奪うのはやっぱり怖い。だから動けなくしてあげるね。


「バイバイおじさん。また遊ぼうね!」


 完全に氷に覆われ、指一本動かせない魔族のおじさんにまた遊ぼうと言う。


 もしかしたら、おじさんを助ける人が現れるかも知れない。でも、その時はまた氷漬けにすれば良いだけだもん。


「そうだ。そう言えば、どうしてソフィーお姉さんがここにいるの?」


「それは、急にラル君がいなくなったから心配して探しに来たのよ。もう、本当に心配したのだから!」


「ごめんなさい。勝手にお外に出て」


「ラルスは悪くないわ。彼はあたしのお願いを無理矢理聞いてもらったの。だから悪いのはあたしよ!」


 勝手に抜け出したこと謝ると、ローザが前に出て自分の責任だと庇ってくれた。


「ラル君、それは本当なの?」


「うん。でも、最終的に決めたのは僕だから僕にも責任がある。僕は怒られても良いから、ローザだけは怒らないで」


 ソフィーお姉さんに嘘をつくことができなかったので、本当のことを言う。でも、それだと全てローザの責任になってしまう。だから、僕のせいにどうにかできないかと思って僕だけを叱るようにお願いした。


「まったく、互いに庇い合って。これじゃ怒るにも怒れないじゃないのよ。分かったわ。今回ばかりは怒らないけど、ラル君には嫌いなビーマンを克服してもらうからね」


「え! う、うん」


 結局ビーマンを食べないといけなくなったけれど、これでローザが怒られないのなら良いかな?


「それで、えーとあなたのお名前は……」


「ローザです。ローザ・セネット」


「ローザちゃんはどうしてラル君を連れて、魔族のいるこの屋敷に来たの? 流石に夜中の肝試しと言う訳ではないのでしょう?」


「あたしのお母さん、今病気なの。治すにはデトックス草と言う薬草が必要で、昔この屋敷にそれを栽培していたと言う話しを聞いたから」


 ローザが僕を連れ出してでも欲しかったものを話す。


「なるほどね。でも、どうしてこんなに無茶をしたの? ギルドに依頼をすれば、代わりに採取してくれる人がいるはずよ」


「あたし、子どもだからお金を持っていない」


 ソフィーお姉さんの質問にローザが答えると、お姉さんは苦笑いをした。


「それもそうね。なら、今から探すからここで待っていて」


 ローザが欲しがっているデトックス草を探すと言い、ソフィーお姉さんが中庭を見渡す。


「あったわ。これね」


 ソフィーお姉さんがその場でしゃがみ、紫色の花弁があるお花を摘む。


「これでよし、どうぞ」


「ありがとう」


 デトックス草を受け取ったローザがソフィーお姉さんにお礼を言い、今度は僕の方を振り向く。そして顔を近付けてきた。


「デドックス草を手に入れられたのも、あなたのお陰よ。ありがとう。これはあたしからのお礼」


 更にローザが顔を近付けると、頬に柔らかいものが当たった。


「さぁ帰るわよ。早くこれをお母さんに届けないと」


 まるで悪戯に成功したかのような笑みを浮かべるローザを見て、僕は彼女の唇が触れた箇所に手を添え、呆然としてしまった。

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