第25話


「ここが一階の技術室……。そう錯覚させるのにこのロボットが一役買ったというわけだ。あんたは高高田をなんとか言いくるめてここに運ばせたんだろう。酒に酔って朦朧としていた羽根塚は、起きてすぐに急がなければならなかった。では、急がなければならなかった理由とは何だ?」


「朝礼……、かね」


「ご名答。その通り。そう、朝礼さ。校長が大音量のマイクで話すスピーカーからの音で、羽根塚は目を覚ました。そして、朝礼が始まっていると理解するや否や、外に飛び出した訳だ。だが、それだけではベランダドアから飛び出すとは限らない。じゃあ、どうしたのか?」


「……」


「ちなみに、越智さん。あんた、これがなんのロボットか知ってるかい?」

「喋るのだろう?」


「ああ、そうさ。喋る。だが、それ以外の機能も付いてるんだぜ。例えば、【録音】……とか」


「録音……? !!」


 斜三三は何かを悟ったように表情が変わった。


「まさか!」


「そうさ。しっかり撮れてるんだよ。あんたは、エクボが技術室のトリックに気付き、そうすれば近いうちに自分へとたどり着いてしまう。そう思ったから襲ったんだ。だけど、この録音機能だけは知らなかった……」



 そこまで言うと、ムシロは急に体を震わせ始めた。


『その録音機能に気付かなかったのが……、っておい。ムシロ?』

 イヤホンの向こうでトイレ飯が喋っているが、ムシロは耳につけたイヤホンを耳から外すと、床に放り投げた。


『お、おい! ムシロ、なにを……っ!?』



「てんめェェエエエエ!」


 怒りに任せてムシロは斜三三に飛び掛かり、拳で何度か顔を殴りつけた。


 急な出来事に反応が遅れてしまった貉と荒崎は、馬乗りになって殴り続けようとするムシロを引き離す。


「おい! ムシロ、落ち着け! 落ち着けよ!」


「黙ってられっかよ! このクソ野郎が、何時来を……、エクボをォオ!」


 そう、ムシロはトイレ飯の言う通りに話している内に、彼女自身も真相を知ったのだ。


 そして、エクボと何時来を殺したのが斜三三だと分かり、怒りに勝てず飛びかかってしまったというわけだ。


「絶対に! 許さねぇ! あっちの友達を、友達をよくもォオオ!」


「落ち着けよムシロ! それよりも続きを言えよ! そして自白させろ!」


「うるっせぇな! そんな生ぬるいことしてられっかよ! こいつにも同じ目に会わせてやんだよ! くっそォオオ!」


 怒りに我を忘れるムシロに向かって、斜三三は口元を緩めて笑った。


「なに笑ってやがるんだよ!」

「そうか……。奏寺何時来にも君のような友達がいたのだな。それは意外だ。あれは、人間ではない、人間の皮を被った獣だと思っていたが……」


「はぁ!?」


「もう、いい。罪を認めるよ……。全て私がやった。逮捕してくれ」


「ふっざけんな!バッカ野郎!!」



 荒崎が斜三三を取り押さえ、時間と罪状を口頭で述べると、後ろ手に手錠をはめる。


 ムシロに殴られた口元から血を流し、斜三三は寂しそうに笑った。


「洒落頭くんの件は謝ろう。だが、奏寺何時来の件は、譲れないな」

「はあ!?」


 奏寺何時来の件は譲らない。そういった斜三三の眼は、全く罪の意識がない……。そんな瞳だった。


 そんな斜三三を見て、余計にムシロは昂らせると「待てよ! どういう意味だよ!」と叫ぶ。


「それと、羽根塚先生。彼女にも悪いことをしたとは思っているが、聖職者としてあるまじきことをしていた。放っておいても同じことを繰り返したろうからな。死んでもらったよ」


「どのツラで言ってやがんだ!」


「悪かったね……。鍼埜くん。本当は、今日私は死ぬつもりだったのさ。だけど、こうして君が私を生き伸ばしてしまった。仕方がないから生きて罪を償うとするよ……」

 羽交い絞めにされるムシロを横目に、荒崎に引かれ斜三三は連行されてゆく。


「待てって! まだ話は終わってねええ! くっそぉおお! 話せよ兄ぃいい!」


「今はだめだ! お前がこの状態で離せるかよ!」


 教室から出る際、斜三三は少し笑った気がした。



「待って!」



 三階の廊下の先、何者かが叫んだ。


 その声は、ムシロに貉、そして、斜三三の知っている声……。

「エクボ!」


 頭に包帯を巻いた、病院着のままの姿でエクボが立っていた。


「洒落頭さん……」


「斜三三さん、どうして!?」


「ごめんよ。洒落頭さん、私はね、君を殺そうとしたのさ」



 血が少なくてふらつきながらも、エクボの背に寒気が走った。


「殺そうと……?」


「そうさ」


「娘のためにね、人を殺したのだけれど……。思いのほか、なんともないんだよ。殺してしまう前はね、あったのさ。殺した後、罪悪感に苛まれてさぁ……。だけどね、どの道この【復讐】をやり遂げたら死のうと思っていたせいか、そういうのが全くなくてねぇ……。

 笑える話だよ。ずっと教師としてやってきたのに、生徒を殺してもなんとも思わないだなんてねぇ。それよりも、私自身を消してしまいたい衝動には駆られたね。私のせいで娘の真中は……」



「真中……、さん?」


「いいんだ。私はね、私は……」



「エクボ!」


 教室から飛び出してきたムシロは、エクボの姿を確認すると飛びついてきた。

「気ぃ取り戻したのかよ! すっげぇなお前! 良かった……、良かった!」


 うおううおう、とむせび泣くムシロを見て、エクボも泣いた。


「ごめんね、ムシロ。心配させちゃって」


「ほんっと……、お前は」


 ムシロとエクボは、出会って初めて抱き合った。そこには、友達想いな普通の女性高生が二人、いるだけだった。



「じゃあ、洒落頭さんに鍼埜さん……」


 斜三三は、二人に小さくそう言い残し、連行されていった。


「斜三三さん……」



 旧校舎には、保護者約の貉と、怪我人のエクボにすっかり疲れてぐったりとしているムシロがいた。


 3階の教室で、それぞれが物思いに耽っていると、ムシロが急に立ち上がり「しまった!」と言う。


「どうしたの? ムシロ」


「カリスマのこと忘れてた!」


「カリスマ?」


 ムシロは、さっき耳から外したイヤホンを拾い上げると、「あ、まだいるー?」と軽い感じで話し掛ける。


「わぁったよ! わぁったよ! ごめんって! 怒るなよ! カルパス……、ん? ああ、カルシウム足りないんじゃねーの!」

 一体誰と喋っているのかと不思議に思っていると、ムシロはイヤホンをエクボに放り投げた。


「喋ってみな」


「喋るって……。一体誰?」


 そう呟きながらエクボはイヤホンを付けると、「も、もしもし?」と話し掛ける。


『なんだ。呪い女か……』


「と、トイレ飯!」


「トイレ飯!?」エクボの発した言葉に思わずムシロも反芻した。


「ちょ、トイレのカリスマじゃねーのかよ!」


「そんな大層な名前な訳じゃないじゃない! こんな薄情者!」

『ふん、元気そうじゃないか』


「なんで、あなたが!?」


『お前には関係ないさ。ただ、そこの奴がな……。「どうしても友達を助けたい」っていうから、少しだけ手を貸してやっただけだ。お前の時と一緒だろう?』


「呪いフォルダにもう書きこんじゃったのに」


『本当に書いたのか。すごいなお前』


「だって、本当に悲しかったから……」


『ふん』


「でも、ありがとう……。うれしい」


『お前にお礼を言われる筋合いはないがな。終わったのならもう切るぞ』

 エクボがまだ何か言おうとしているのにも構わず、トイレ飯は回線を切った。


「なんかドSな奴だなー……。何者?」


「さぁ……。案外、どっかの国のスパイとかだったりね」


「そりゃねーわ!」


 二人が笑い合っていると、荒崎を見送った貉が戻ってきた。


「お、なんだ? もうそんなにはしゃげるのかよ。それよりさ……」


 貉はおしゃべりツッキーを指差すと、「それ、どんな録音が入ってたんだ?」と尋ねた。


「ああ、そういえば」

「それね……。聞かない方がいいよ」


 意外にも録音の内容を聞くことを止めたのは、エクボだった。


「聞かないほうがいい? も、もしかしてオバケ的な……」


「うー…… ん。オバケというか、わかんないんだけど、すごい嫌な感じがする」


「でも、物証の一つだろ?」


「それは間違いないんだけどさ」


「とにかく聞いてみようぜ」


 躊躇うエクボを余所に、貉は再生ボタンを押した。


『羽根塚先生! 羽根塚先生! 起きてください! 朝礼始まってますよ!』


『え、ええ?! い、急がなきゃ!』


『玄関から出ると生徒に注目されちゃいますから! そこの外ドアから出てください!』


『あ、は、はい……』


『ドアは開いてますから! そのまま走ってください! ほら!』


『すみませぇん、急ぎま…… あっ!』


『……』


 録音は、そこで斜三三が教室を出ていった様子を再生し続けていた。


「確かに嫌な感じするけど…… な」

「まぁ、そうだね」


 ムシロと貉がエクボを見ると、エクボは耳を塞いでいた。


『ガラ……』


 突然、ドアの音。斜三三ではない足音が近づいてくる。



『聞いているかい? 聞いているんだろう?』


 謎の声。その声は斜三三でもなければ高高田の声でもない。


『分かっているんだ。君はこれをきっと聞いている。そうだろう? 【四番目の隣人】……』


 ジジ、という音と共にそこで録音は終わった。


「な、なんだ……。最後のあれは」


「わ、わかんないよぉ……」


 少しの沈黙の後、3人はとりあえずあれは無かったことにしようということで落ち着いた。


「しかし、まぁ証拠品として押収はしなくちゃ駄目か……」


 顔を真っ赤にしながら貉は、おしゃべりツッキーを代車に乗せると、エクボを乗せた。


「ムシロ。お前はこのまま学校いけ」


「えーー! なんでだよ! あっちも休むぅー!」


「お前の仕事は勉強。以上」


 ブーン。

「じゃ、じゃあねムシロ―」


「なんだよ……、結構働いたろあっち」


「あ、ムシロ」


「なによーう」


「トイレ飯に……、よろしく」


「……。ラジャ」



 ムシロが見送る中、オデッセイの代車はテールランプの余韻を引きながら去っていった。



「これで……、一応解決ってこと? でも、解決したところであんたは戻ってこないんだよね……。何時来」

■トイレのアイツと色々残した謎とエピローグ



ペナントレース勝者・越智斜三三


※見事正解された方には抽選で一名様に『おしゃべりツッキーZZ(ダブルゼータ)』をプレゼント致します! 賞品の当選は発送を持ってかえさせていただきます。





「零島にかなり露骨なアプローチをかけていたのをな、どうやら奏寺何時来に目撃されてたらしい」


 斜三三が逮捕されて数日後、貉が自宅にて事件の顛末を話してくれた。


 警察で斜三三は、全てを話したという。


「それで学校で酒盛りをしたってことにして、退学に追い込んでやろうって羽根塚は画策したんだと。ムシロをビビらせて眠らせ、奏寺何時来もなんらかの方法で眠らせてな。寝てる最中に注射を打ったらしい」


「だけど、それがなんで斜三三さんが殺そうってことになるってわけ?」

 当然の疑問に、貉はするめの足をガジガジしながらテーブルに置いたガムの箱を、何時来に見立てると指でコツコツと叩く。


「越智斜三三はね、こいつのために録路高校に来たのさ」


「えっ!?」


 エクボとムシロの声が綺麗にハモる。


「録路高校に奏寺何時来が来るって知って、この学校に用務員としてきたらしい」


「まさか……! でも、用務員だからってそんな簡単に来れるわけ……」


「それがね、越智は元教師だったらしく、ここら一体の高校にはかなり顔が効いていたらしい。教職を退いて数年経っていたから、用務員とはいえ復帰したいといえば無理を聞いてくれた奴がいたんだとさ」

「じゃ、じゃあ……、最初から斜三三さんは何時来を殺す目的で録路高校に!?」


「ああ、そういっていた」


「…… そこまでするって。なんでだよ」


 何時来を殺した斜三三を許せなかったムシロだが、そこまでの執念で何時来殺しを成し遂げた斜三三のことがムシロは気になった。


「実はな、越智斜三三というのは偽名だ。本当の名前じゃない」


 エクボはその言葉に、ハッとなった。


「上成……」


「なんだ? 知ってたのか。そう、本当の名前は上成斜三三。越智っていうのは、別れた奥さんの姓だそうだ」

「なんで……」


「斜三三には一人娘がいた。嫁と離婚して、親権は嫁が取ったんだがな。斜三三は教職にこだわりとやりがいを随分持っていたようだ。だから、離れ離れになってもほとんど構わなかったらしい」


 お? お? なんだか辺りが暗転してきたではないか。もしやこれは、回想というやつではなかろうか。





 

――ある時、私の携帯電話に着信があった。


 娘の真中からだ。


 その日も生徒の進路をまとめたり、顧問をやっている部の予算表などに追われていた。


「もしもし!?」


 だから多分、私の声にはそういった苛立ちのようなものが含まれていたのだと思う。


 娘からかかってくることなんて随分と珍しいことなのに。


「あ、お父さん……。あのね」


「なんだ? 今度じゃダメか」

 娘は、「うん」とだけ答えると、「がんばってね」と言い残し電話を切った。


 それが最後に交わした言葉になってしまった。


 娘からの電話から一週間ほど経った時のことだ。職員室に私宛の電話が届いた。


「上成先生、お電話です」


「ああ、いきます」


 受話器を受け取ろうとしたところ、電話を取った教師が私に「警察からです」と耳打ちをした。


「警察……?」


 そのワードに構えつつも、なにも心当たりのない私は普段と変わらない口調で出た。

『録路署の者ですが、娘さんのことで……』


 娘の名前を出された時、不覚にも万引きかなにかをしたのではないかと思った。


 もしもそうなら、別れた妻の躾の問題だと。曲がりなりにも教師の娘である真中が、そんな問題を起こすだなんてもってのほかだ。



 だが、現実は違った。




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