第24話

「生徒が登校してくる前に、とっとと白状したらどうだ? 全部話すのは俺も疲れる」


「なにを言ってる!? 私はなにも認めていないし、容疑もかけられいないじゃないか! それなのに一体なにを白状するんだ」


「その焦りようが全てを物語ってるんだよ。よろしい、たかがこんな指摘ぐらいでそこまで動揺するところを見ると、やっぱり固い職業……。教師を長い間やっていただけあるな」


「うるさい! 私が事件に関わっているというのなら言ってみろ! 一体どうやって奏寺何時来を殺したのか! 自殺した《真犯人》羽根塚由々実のことは!?」


「犯人らしい急ぎようだな。順番に話してやるから落ち着け」


 ムシロは後ろを振り返ると、そこから職員校舎と旧校舎の間に見えるグラウンドを指差した。

 貉はそんなムシロの代わりように目を丸くしたまま、固まっていた。


 それは荒崎と狭山も同じであった。


「い、一体どうなってんだ……? 別人だぜありゃ」


「さぁ……」


 そんな荒崎達とは一線を画した表情で口を半開きにする斜三三にだけにむけ、ムシロは続けた。


「さて、事件の当日あんたはなにをしてたんだっけ?」


「ふん、警察にも言った!」


「そうだな。確か『休みの日だったから家に居た』ってやつだ」

「そうだよ!」


「しかし、それを証明する人間もいない上に事件が起こったのは深夜だ。これをアリバイというのか?」


「言うだろう! 警察が納得したんだ!」


「そりゃあ納得もするだろう。なぜならば、誰も『用務員が女生徒を殺した』なんて思わない。疑われるならその日にいた用務員だ」


「そうだよ! やっとわかったか、私ではありえない!」


「お前は散々、自分の頭の出来はいいように言っていたが、今の言い訳を評価するならこの女よりも随分と下層だぞ」


「なんだと?!」


 

 斜三三は『この女』という発言になのか、『下層』と言う言葉になのか、どっちとも取れるような反応を見せた。


「大体、宿直の見回りなんぞスケジュールがあるだろう。そのスケジュールを熟知しておけば、夜の校舎に誰にも気づかれず侵入することも容易いだろう。それにその格好と、この女が昨晩、校内に侵入したときに発見できなかったことも、立派な証拠になる。お前が犯人だっていうな」


「強引すぎる! なぜそれが犯人の証拠になるんだ!」


「おっと、俺としたことが論点がずれていたようだ。その点はまたあとにしよう。今は、奏寺何時来の件だったな。とにかく、お前は見回りのスケジュールを知っていた。その隙を縫ってグラウンドに奏寺何時来を運んだんだ」


「グラウンドにだと?! あの雨の中で誰にも見つからず運べるわけがないだろう!」


「あの雨の中だから見つからなかったのさ。それも分かってたんだろ?」


「バカか!? どうやって大人ほどの女生徒を大人しくあの場に運んだんだって聞いているんだよ!」


「あの時、奏寺何時来は眠っていた。急性アルコール中毒の状態で意識も朦朧としていたはずだ。ぐったりとしてたその状態なら簡単に運べたろ?」


「寝ていただと? 良く言う……。ならば、彼女に酒を注入したのも私だというのかね」


 笑って見せる斜三三は、わざと余裕があるように振る舞って見せたが、内心は穏やかなはずはない。

「仮に私だとしようじゃないか。だとすれば、酒を注入したとする注射器はどこで手に入れる! そんなものを用務員の私が入手したとすれば、すぐに疑われるだろう。違うかね?」


「……」


「……」


「……」


 その場にいる全員の足に、重い沈黙がのしかかった。その沈黙の意味をただ一人履き違えている斜三三は、ただ勝ち誇ったように叫ぶ。



「ほら見てみろ! なんの反論もないじゃないか! 私が殺人だと!? 馬鹿げている!」


 鬼の首を取ったように宣言する斜三三に、荒崎がゆっくりと近寄ると、残念そうに見つめた。

 荒崎のその瞳の意味が分からない斜三三はただ、「そうですよね? 刑事さん」と同意を求める。


「越智さん。あんた……、なんで《奏寺何時来が酒を注射された》って、知っているんですかい?」


「…… あ!」


 完全に墓穴を掘ったのは斜三三であった。


 警察関係者しか知りえない、『奏寺何時来は酒を注射された』という事実。それを斜三三が知っているはずがないのだ。


「しかし、だからといって……! 私が彼女を殺したということにはならない!」


「殺したのさ。ちなみに言うなら、その注射をした人物はあんたじゃない。…… だろ?」

「ああ、真中(まなか)……」


 斜三三は天を仰ぐようにへたり込んだ。それは、明らかにムシロ(トイレ飯)に対する降伏とも取れるものだ。


「おい、越智! お前認めるのか!?」


 荒崎が斜三三の肩を掴むと、斜三三は荒崎の手を振りはらうと、荒崎を睨みつけた。


「触るな! 警察なんぞ、肝心な時になんの役にも立たないではないか!」


「なんだと!?」



 斜三三は、荒崎に強く言ったかと思えばムシロに再び眼差しを向けた。


「なるほど……。君を見くびっていたよ。鍼埜くん」

「……(おい、カリスマ。こっからどうすんだよ)」


『相手の出方を見てみようじゃないか。ここで降参するか、それともまだ食って掛かるか。どっちにせよ、奴は終わりだがね』


「(お前、ドエスだろ)」


『初めて言われたよ』


 斜三三は、ゆらりと立ち上がると先ほどまでの挑発的な瞳とは少し違う、穏やかだがしっかりとした眼差しでムシロを見た。


「わかったよ。だったら、最後まで聞こうじゃないか。まだ私を論破したわけじゃなかろう」


「(なんかまだやる気みたいだけど)」


『なに、想定内さ』

「ふむ、奏寺何時来の件はひとまず置いておこうじゃないか」


「なんだと! 置いておこうとか物じゃねえぞ!」


「あの女は人をモノのように扱ったのだよ!」


 何時来を物扱いされたことに語調を強くしたムシロに、それ以上の迫力を持って斜三三が言い返した。


「何時来が人をモノのようって……」


 初めて聞くようなことに、ムシロは言い任されてしまった形になってしまう。斜三三は、そんなムシロに構わず質問を再開させた。



「奏寺何時来はいい。今のところ抜けている点は後に回そうじゃないか。それよりも、羽根塚先生の件はどう説明するんだい」

 妙に落ち着き払った斜三三に、貉や荒崎、ムシロもなにか気味の悪さを感じていた。(あ、あと狭山も)


 全てを観念したかに見えた斜三三だったが、足掻く訳でもない佇まいで、淡々とムシロがどういう考えを持っているのかを聞こうとしているようだった。


「羽根塚由々実は、自殺じゃない。あんたが殺したのさ」


「……」


「な、なんだと!?」


 黙る斜三三に騒がしい荒崎。二人のギャップがなんだか可笑しく映ってしまう。


「と、いうことは連続殺人ということになるぞ!」

「興奮しないでください。うるさくて聞こえねーっすから」


「はぁ!? 鍼埜、お前誰に向かって……」


「荒崎さんシャラップ!」


「さ、狭山……」



「…… 私が殺したとね。面白い、聞かせてもらう」


「……」


 昨夜、ムシロは怪談トイレで自分の知っているだけの情報や話をトイレ飯に話した。


 その上で、トイレ飯は怪談トイレから無線イヤホンで話を聞いている。つまり、エクボとムシロの情報を両方持っているということだ。

「この画像を見てみろ」


 ムシロが見せたのは、タブレットに映し出された画像。


 この画像は、何時来と高高田が技術室で撮った例のものだ。


「…… それが?」


「後ろに妙なロボットの置きものがあるだろう」


「ああ」


「このロボットだが、今は技術室にはない」


「どういうことだい」


「この写真が撮られたのは、間違いなく技術室だ。だが、この技術室にはロボはなく、それどころか技術室特有の機器のようなもの一切なかった」

「……」


「不思議だと思ったんだ。開きっぱなしで、やけに片付いた技術室。だがよくよく見ると機器を片付けたのはごく最近だということがわかった」


「なぜだね」


「それがこの写真さ。撮られたのは今から3週間も前じゃない。わかりやすく言うなら何時来が死んだほんの数日前だ。その写真にこのロボットが映っているということは、このロボットも少なくとも3週間前に移動したということになる」


「根拠は? そこが技術室だという」


「あるさ。それはこの写真に写っている技術室の場所……。いや、ロボットが置いてあった場所といったほうが早いな。そこにごく最近移動させたような埃の跡があったんだよ」

「埃の……」


 ぴくり、と斜三三の爪先が動いた。急に落ち着いてからここまでリアクションの無かった彼が、ここにきて始めて反応したのだ。


「それはそれは……。ではそのロボットというのは?」



「旧校舎の3階さ」


「ほう、なぜそんなところに?」


「見に行けばわかるさ。警察の人達、いいかな?」


 荒崎たちは鳩が豆鉄砲を喰らったような間抜けな表情で、お互い顔を見合わせると返事を促された荒崎が「お、おお……! いいぜ」と上ずった声で答えた。

「お付き合い願えるかな、アヤカシユメカゲ…… さん」


「もちろんだとも」





 旧校舎に入ってゆくと、まず一階の技術室へと赴いた。


「ここの技術室。いくら部員がいないからって解放していたというのはおかしな話。なにか別の想いが入っていた……、としか思えない」


「高高田くんさ」


「だろうな」



 高高田、という名前が出た時、荒崎は「ジャパネットか? ジャパネットのことか?」、しきりに狭山に確認していたということは内緒にしておこう。


「何時来の死後、高高田の何時来への想いを利用したんだろう。ま、もっとも……、何時来が死ぬ前までは、単純に好きという想いで自由にさせていたのだろうが」


「ほんっとにきれいさっぱりしてやがんな……」


 卒業生である貉は技術室を見て驚いた。


「俺がまだ在学してた頃は、もっとごみごみしてたぜ」


「じゃあ、みなさん。この技術室の様子をよく覚えておいてください」



 次に彼らが訪れたのは、3階の教室。斜三三が逃げないように、彼自身にドアを開けさせた。


「こ、これは……!?」

 荒崎達の声が重なり、驚愕の吐息が漏れた。


「技術室とほぼ同じじゃないか」


「いいえ、刑事さんたち。一つだけ違うところがあります」


「な、なんだよムシロ……。っていうかお前さっきから言葉遣いおかしくね?」


 今かよ。


「おかしなところっていうか……、あれ」


 狭山が指を指した先には、写真にあったロボット。「おしゃべりツッキー」が、写真と同じ場所にあった。


「羽根塚由々実は、3階のベランダから飛び降りた……。つまり、この教室から飛び降りたってことになる」

「それとこのロボットがなんの因果が?」


「おそらく……。羽根塚由々実は一度技術室で起きたことがあったのではないか? それで慌てて技術室の外ドアから出ていったことがあるはずだ。きっとその時、このロボットが技術室にはまだあった……」



 ムシロは、イヤホンから指示されるままにロボットの元まで行くと、それを触りながら続ける。


「一度目はどうなのか分からないが、少なくとも二度目は、羽根塚本人にも酒注射がされていた。奏寺何時来と、この女…… あ、あっちの時に分量を誤っていたことを分かっていたお前は、今度は間違わないようにと羽根塚に注射したのさ。そして、羽根塚は起きるとそのまま窓から飛び降りた……」


「おいおい、なんだよその無茶なシチュエーションは! なんで起きたら飛び降りるんだよ!」


 荒崎が黙っているのも暇だといわんばかりに調子に乗る。


 ムシロは「ちっ」と舌打ちすると、「うっるせーなぁ。せっかく探偵気分満喫してんのに」と、聞こえるように呟いたが、荒崎はバカなので聞こえなかった。


「当然、酔っていたからと言って、起きてすぐ窓から飛び降りるなんて訳がわからない。だって、ここは3階だぜ? 飛び降りたら死ぬ。死ななくても大けがだ。なのに、なぜ飛び降りたか? 答えは簡単さ。【ここが3階だと思わなかったから】だ」



 斜三三は黙って聞いている。その無表情にも思える顔からは、何を考えているのかは読めなかった。

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