第23話

■探偵ムシロとトイレのアイツ


録路高校犯人ペナントレース


奏寺何時来←Dead!

羽根塚由々実←Dead!


零島零←lost!


越智斜三三

高高田損

耳園海驢

女生徒A

心願時将

みの口千基

鍼野貉

角田教師


荒崎刑事・狭山刑事


おしゃべりツッキー

エクボの母と地獄のようなおしるこ




――翌日、早朝の録路高校。


 トイレ飯から渡された《それ》を装着すると、ムシロは貉と一緒にその場所へと赴いた。



「…… おい、ムシロ。本当に大丈夫なのかよ、怪談トイレから出てくるなり『犯人分かったぽよん』とか言ってたけど」


「大丈夫だって言ってんじゃん! 大体、階段の踊り場でビニール袋にビビッて気絶してた人に言われたくないわ、ほんと」


「俺は喧嘩最強!」


 ムシロの後をついてゆく、貉は不安げに後ろを振り返る。

「これで『あっれぇ? 間違えたかなぁ?』とかになったらマジで洒落ならねぇ上に、俺の警官人生は完全に終わるぞ」


 振り返った貉の視線の先には荒崎と狭山が、赤い彗星と蒼い巨星のように佇んでいる。



 そう、二人は貉が呼んだのだ。



「鍼埜の奴、急に俺ら呼んでどういうつもりですかね?」


 狭山があくびをして、荒崎に話し掛ける。


「さぁな、妹と探偵ごっこしたいんだろう。言っちゃなんだが、あの鍼埜兄妹は二人そろって相当頭悪いからな。結局、穴だらけの自己満推理を披露して、穴を突かれまくって勝手に自爆するさ」

 狭山は可笑しそうに笑うと、「あいつかわいそうですよー」と愉快にしか見えない調子で言った。



 その様子をなんとなく背中で聞いていた貉は、怒りを漲らせながらももし違っていたら、という不安で支配されているようだ。


「ムシロ、お前のことは妹だからな、ちゃんと信用はしてるけど、それ以上にお前の頭の悪さは俺以上なんだぞ。俺もお前も行動力でなんとかまともな評価受けるタイプなんだ。変に色々考えたことが正しいとは限らないんだぜ」


「考えるのは、あっちじゃないから安心して」


 頭が悪いとやたら実の兄に言われたムシロは、言い捨てるようにそう答えた。


「あっちじゃない…… って、一体誰だよ」

 エクボはまだ入院しているし、ムシロの他の友達はみんな同じレベルで馬鹿なギャルばかりだ。


 考えれば考えるほど、身の破滅が目に見える貉は、ことが始まる前から大きなため息を吐いた。



「大体な、仮に事件の全貌が見えたとして……、だな。それが一日二日で見えるとは考えにくいんだ。…… まあ、いい。俺の妹だ! 一緒に心中してやるよ」



 散々愚痴っていた貉もどうやら覚悟を決めたようだ。この場合で言うところの覚悟とは、ムシロのために警察を辞めるという覚悟である。


 つまり、肝心なところは信用していない…… と、そいうことなのである。

 一方でムシロはと言うと、トイレ飯の言った言葉を頭の中で反芻しながら、向かう先へとずんずんと進んでゆく。


『この謎は、きっとお前にしか解けない』


 そして、その謎とは【アヤカシユメカゲ】。


 手に持ったエクボのタブレットにあったとあるデータが、ムシロにそれを教えたのだ。



「そんな、あっちになんかに解ける訳ないじゃん!」


 そう言ったムシロに対し、トイレ飯はなにも言わなかった。気付かない内に消えていたということだ。


 途方に暮れたムシロは、しらみつぶしにとエクボのタブレットを触る。

 その中に見つけてしまったのだ。


――決定的な根拠を。



「ここだよ」


 ムシロが立ち止まったのは、用務員室。荒崎も狭山も、それを見て思わず吹き出す。



「お前はあほか! 越智斜三三ならとっくに調べはついてるし、聴取も終わっている! それを今更、真犯人だとは……。おい、狭山! 帰るぞ」


「落ち着けよデブ! 帰ってもいいけど、最後までちゃんと見ていって」


「……。お前の妹は、本当にしつけの行き届いた妹だなぁ?」

「まぁ……、俺の妹っすから」


 不利な状況にいると分かっていながら、貉は荒崎に対する不満だけは露わにする。



「それより、あの格好を見てから言ってほしいね」


 ムシロが指を指すと、ほぼ同時に斜三三が中から現れ、ムシロや荒崎達を見て固まった。



「なぜ君らがいるんだね?!」


 スーツ姿で手荷物を持った斜三三の姿は、今から用務作業するとは到底思えない。


 その不自然な姿と、不自然な反応に、荒崎は直感的に顔つきが変わる。そして、その直感はどうやら告げたらしい。斜三三はクロである、と。

「おい、鍼埜の妹! なぜ分かった!?」


「ちょ、ちょっと待ってください……。私は元々今日は公休を頂いてたんですよ!? ちょっと忘れ物を取りに来ただけじゃないですか?!」


 焦った様子を見せるが、斜三三の顔はいつもと変わらない笑顔だ。


「こんな朝早くに? もっといい言い訳があんだろ」


 ムシロの乱暴な物言いに、斜三三は「なんて口の利き方だ!」と声を荒らげた。



「うっせーよ! 分かってんだよ!」


 ムシロのこの一言に、斜三三は小馬鹿にするように鼻で笑う。

「分かってる? なにをだね」



 ムシロは、ポキポキと指を鳴らすとこの状況に及んで、少しはにかんで笑った。


「気持ちわるっ! なんだよその変な笑顔」


 貉に突っ込まれると、右手を左手で握り「一回こういうのやってみたかったんよね! あっちってでもそいうタイプじゃないじゃん?」と意味不明なことを言った後、ごほん、と咳払いをした。


「越智斜三三!」


 斜三三の名前を呼ぶと、ムシロは斜三三に人差し指を差し、大きく言う。


「【アヤカシユメカゲ】はお前だ!」


 ムシロはそれを聞いて、「おおっ! じっちゃんのなんとか的なやつだ!」と興奮する。


「アヤカシユメカゲ……? ああ、あの落書きのことかい」


 斜三三は話にならないと言った様子で、大きく息を吐き、荒崎達は『アヤカシユメカゲ』という言葉に顔を見合わせている。


「って荒崎さん知らねーのかよ……」


 呆れたように呟いたのは貉だ。



「まぁいいさ。鍼埜くん、なぜ私がその【アヤカシユメカゲ】と思うのかね」


 斜三三の言葉を受けて、ムシロは耳につけたイヤホン型の無線機のスイッチを入れる。

「ねぇ、カリスマ。今から言うから聞いててね」



「誰と話してんだ?」

「さあ、頭おかしくなっちゃったんですかね。兄貴と一緒で」

「あぁ!?」



 様々な声を無視し、耳元で『聞いてやろう』というトイレ飯の声を確認すると、再び視線を斜三三に戻した。


「これを見な!」


 ムシロが出したのはエクボのタブレットだ。タブレットの画面には、いつかエクボが書き留めた【アヤカシユメカゲ】という文字と、それを漢字にした【妖夢影】、それとアルファベットに変換した【AYAKASHIYUMEKAGE】という羅列。

 斜三三を含むその場にいた全員がそれを見たが、いまいちピンと来なかった。


「あっちはこれを見てピンときたんだ」


『え、ピンときたの!?』という驚きの表情で誰もがムシロを見たが、ただ一人兄の貉だけは違った。



「そうか! 《ようむいん》!」


「そう」


 え? え? なに言ってんの? ちょっと待って。と私ですらも言ってしまうような展開に、当然誰も頭に《?》を浮かべる。


「これだよこれ!」


 空気を察したムシロがタブレットの『妖夢影』と書かれたものを指差し、「これは《ようむいん》って読めるだろ!」と超ドヤ顔で言ったのだ。



「……」


「…… え?」


 場内に少しの沈黙と、少しの困惑がぐるぐると何週か走った。


「な、なんだよ」


「ふふ、はははは!」


 笑ったのは、斜三三である。勝ち誇ったような高笑いであった。


「思慮の浅さを責める気はないがね、その裁量でよく事件を決めつけられたものだ!」

「え? ちょっと待ってよ! なんでそういう感じなるわけ?」


 ムシロと貉だけは訳が分かっておらず、困惑するばかりだった。


 だが、そんなムシロを無視して斜三三は「理論の頭で破綻しているということは、この先の推測は全て要再考の余地ありってことですよね?」と言い放ち、その場から離れようとした。


「待ってよ! まだ終わってない」


「終わったんだよ。残念だがね。後悔するといい、自分が如何に真面目に授業を受けてこなかったかを。そして、今後は真面目にするのだな」


 まるで教師のような格言を残し、斜三三は荷物を背負った。


「荒崎さん」

 狭山が荒崎に呼びかけるが、荒崎は「待て。今はなにもできない」と言った。


 荒崎の思う斜三三への根拠は、あの時の表情だけだ。彼もプロ。勘を信じていても、物証や状況証拠がない限り拘束することは出来ない。



「え? 間違ってたの!?」


「記念に教えてあげよう、その画面に書いてあるのは『妖夢影』。つまり、読みはこうだ。『ようむえい』、《ようむいん》とは読めない」



「あ!」



 ムシロは絶句した。まさか読みを間違えていたとは。これではトイレ飯が助けてくれるはずもない。

「ま、待って! ちょっと、えっとその……」


「悪あがきはよくないな。じゃあ、また《来週》」


 場にいる全員が、きっとこの男とは《来週》になっても会えないのではないか。そんな空気が漂った。



「エクボ……! ごめん……、やっぱりあっち、あっちじゃダメだった!」




『やるじゃないか。おめでとう、正解だ』



「えっ!?」


 耳元で聞こえたのはトイレ飯の声であった。


『よし、ここからは俺に任せろ。いいか、全部俺が言った通りに喋るんだ。連中の声も聞こえている、質問やツッコミの答えも同じく俺が言った通りに言え』


「で、でも! 漢字の読みが……」


『だからお前でないと解けないと言ったんだ。いいか、《一緒に》ケリを付けるぞ』


「う、うん……」


 いまいち納得できなかったが、トイレ飯がそういうのなら断れるはずがない。


 何故なら、この場を逃せばきっと事件の真相にはたどり着けない上に、本当の意味での解決は有り得ないからだ。

「…… もう一度、この画面を見ろって!」

 

 やれやれ……、といった呆れた表情で斜三三が振り返る。だがムシロは続けた。



「《妖夢影》……。確かにこれは間違い《アヤカシユメカゲ》と読めるけど、肝心な変換する字が違う」


「は?」


「《影》だよ。この漢字が間違えている。この場合の《影》は、これではなく木陰の《陰》。つまりは……」


 ムシロは画面の《妖夢影》の字を修正し、《妖夢陰》とした。


「これで、ようむいん……。用務員だ」

 それでもそこにいるメンツに衝撃が走ることはなかった。(貉以外)


「そんな安直な……。単純な暗号があってたまるか!」


「そりゃそうさ。なぜなら、この暗号は、お前が作ったものじゃない。【誰か別の第三者が作った】んだろ?」



「!!」


 斜三三だけがトイレ飯の口調そのままのムシロの理論に反応があった。


「知らない。そんなことは知らん」


「そんなこと知らんだろうな。この暗号が、自分のことを差しているとは思わなかったはずだ。いや、差しているとしても自分に解けない暗号を誰が解けるのだと」

「なんだよ!? 自分に解けない暗号が解けるはずないって……。ただの用務員だろ?」


「違うさ、こいつは元・教師だ。このスーツ姿を見ろ、どっからどうみても教師だろ?」


「そ、そんなものただの外見の格好だけだろう!」


 やけに真剣に斜三三は叫んだ。どうやら【アヤカシユメカゲ】の件が相当堪えているようだ。



「その堪えようを見て確信したよ。アヤカシユメカゲを名付けた人間は、全くお前と関係のない人間のようだ。それをいざ解かれてしまい、それ自体がお前のことを差していると分かったからそんなにも狼狽しているんだろ?」


「違う!」


 すかさず斜三三は否定をした。

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