第20話

 技術室に入ったエクボは、初めて入ったその教室を興味津々で見渡した。


「高高田先輩が作業している教室だ……。なにか掘り出し物あるかな」


 きょろきょろと見渡すが、これといってエクボの興味の琴線に触れるようなものはない。


 もう目的そっちのけで、意地でも探そうと見るが、これと言って特にない。本当にここは技術室なのか? そう思ってしまうほど、制作物がなにもなかった。


「つまない……」


 つまんないとかダメでしょ。目的が違う違う。


「仕方ないなぁ、事件の手がかりでも探そう」


 恐ろしい女である。

 タブレットからムシロにもらった画像を呼び出し、在りし日の何時来と高高田の写真を見た。


 写真は、何時来が自撮りしていて、彼女らの後ろには一階の窓が写っていた。



「あれ、これって」


 エクボは写真の窓際に、見たことのあるものが映っているのに気付いた。


「これは『おしゃべりツッキー』!」


 説明しよう! 『おしゃべりツッキー』とは、以前エクボが高高田を「ネットの有名人」と紹介した際に、登場した【おしゃべりするロボット】のことなのである!


 ネットの有名人とは言うが、ごく一部だぞ!

「でも……」


 エクボは振り返り、技術部の窓際を見渡した。


 窓際の棚上には何も置かれておらず、綺麗なものだった。



「写真でいうならここ……、かな」


 なにも置かれてはいないものの、エクボは写真に写っているおしゃべりツッキーがある場所に近づいた。


 その場所は、丁度棚の端に位置し、棚が終わる先にはすぐ、外へと直接出られる扉があった。


「なにも……、ないね」

 何度見ても棚の上にも、その床にもおしゃべりツッキーはない。


「高高田先輩が持って帰ったってことなのかな……。でも、そうだよね。あんなに素敵クオリティのロボット。ぼっちでいても寂しくない世紀の大発明なんだから! なんてったって、友達がいなくてもたった一人で生きていける画期的な発明だもの!

 そう! 私のような一生部屋の中で過ごし、天塚ミゲルと共に42歳で死す運命の寂しさ爆発女子には、あのロボットは必要なの! 

 そう! 必要! ジークジオン!!」



 なぜこの少女は、誰もいないたった一人の空間でこんなにも盛り上がれるのだろうか。


「ジークジオン! ジークジオン! ジーク……、ん?」

 エクボが敢えて言おうカスであると、というテンションで叫んでいると、彼女はとあることに気付いた。


「あ、もしかして……。このおしゃべりツッキーがあるのって、技術室じゃない?」


 この学校の生徒であるエクボは、3階建ての旧校舎の技術室を含む各教室が、ほぼ同じレイアウトであることを知っていた。


 ということは、何時来が撮影したこの写真は、技術室ではなく、2階か3階……、つまりは技術室の直上教室のどちらかなのかもしれないと思ったのだ。



「見に行ってみよう」


 エクボは技術室を出ると、階段を駆け上がった。

「…… 開かないなぁ」


 二階の教室の前に辿りついたエクボだったが、二階教室のドアは鍵がかかっていて開かない。


 当たり前と言えば当たり前だったが、技術室化実質、解放状態であるために、思っていたよりもがっかりした。


「しょうがない、3階に行ってみよう」



 3階に上がり、同じくドアに手をかけた。


 期待しないで引き戸式のドアを引くと、少し重くはあったものの、鍵はかかっておらず容易に開く。


「あ、開いた!」


 喜ぶ喪女。

 中に入ると、やはりエクボが思った通り、技術室とほとんど同じ景色であった。


 そもそも技術室は本来、もっと物が溢れているはずだった。色々なものが棚上や、机に置いてある……。


 その光景があるからこそ、技術室であり他の教室とレイアウトが同じであっても景色が違うはずなのだ。



 それなのに、技術室にはなにもなかった。


 だからこそ、エクボの目に映ったそれは余計に目立ったのかもしれない。



「おしゃべりツッキー!」


 そう、3階の教室にはおしゃべりツッキーがあったのだ。


 しかも、写真に写っていた場所と全く同じ場所。


 そして、ムシロが目にしたあの《丸い何かが置いてあったような跡》の場所でもある。



「なんで3階に……? あの写真もこの教室だったってことなのかな? だったら、なんで何時来と高高田先輩がこの教室で?」


 おしゃべりツッキーに近づいてみると、いくつかあるボタンを押してみた。


『オッハー! ウチはおしゃべりツッキーだっちゃ! ダーリーン』


 …… おっと、これは著作的に大丈夫なのか?

「こんにちは!」


『年は16歳! Gカップ!』


「こ、こんにちは!」


『好きなタイプは高高田損! むしろタイプというよりも愛してる! もう子作りしたい! したいよ~! UREEEEE』


「……」


 エクボは心の底から落胆した。


 これはおしゃべりできる代物ではなかったからだ。ただただ高高田が自分の欲を発散するためだけの情熱で作ったものだったからだ。



「ぼっち住民の救世主になると思ったのに……。高高田先輩……、いや、ジャパネット高高田めぇ……! 呪う、呪ってやるぞ……」

 まぁ、そういうわけで呪いフォルダ行きした高高田だった。



「このボタンもどうせ、気持ちの悪いやつなんだろうな」


【トーク】と書かれたボタンの横、【再生】と書かれたボタンをエクボは推してみた。


『羽根塚先生! 羽根塚先生!』


 思わぬ音声に、エクボは驚いた。


「これ……、もしかして録音を再生ってこと?」


 その再生記録は更に続きがあり、エクボはそれを聞くのに集中した。

「こ、これ……」


 全てを聞き終えたエクボは言葉を失った。



 少し重い音を立てて教室のドアが開く。



 急に開いたドアの方向を向き、エクボは目を見開いた。


「嘘……、嘘だよ……。そんな」



 口元を真一文字に結び、エクボに近づく人物は、大きく何かを振りかぶり……。



「あ、ああ…… ムシロ…… ムシロォーーー!」


 エクボの背筋に、感じたことのある寒気と同時に、強い衝撃が頭に走った。

■集まる容疑者たちと探偵ムシロ


録路高校おすすめ七不思議ベスト3


1. 四番目の隣人

一番有名で、一番誰もよりつかない怪談トイレ。そこの一番奥にいるという怪人。この怪人に遭遇してしまった生徒は、怪談トイレの奥から二番目の個室に閉じ込められ、そのまま異世界へ連れていかれるという。


2. グラウンドのバッファ

 実際にあったかどうかは不明だが、水泳部のエースが突然、ブラスバンド部に転向すると言いだし、他の巣家部員に恨みを買った彼は、トランペットと一緒に何者かによってプールに沈められた。その彼が、犯人を捜して夜な夜なグラウンドを走り回っているとか……。


3. 学食のビーフストロガノフ

もはや七不思議にされるほど、レアメニュー。




 探し人が見つからず、ムシロは仕方なくエクボと合流しようと技術室へと出向いた。


 だが、技術室を見渡しても誰もいない。もしかして、怪談トイレにまたいるのかと思って怪談トイレを恐る恐る覗いてみるが、エクボがいる様子は無かった。


「なんだよ……。もう帰ったのか」



 その時、少し離れたところから『ガシャン』というなにかが倒れたような音がした。


「ひやああ! な、なんだぁ!」


 驚き、ビビりのムシロはまた気絶しそうになったが、なんとか持ちこたえた。

「もしかしてエクボか……?」


 と呟いてみたはいいものの、恐怖と不安により、エクボじゃなかったらどうしようという想いの方が大きかった。


「うう……、おーい! エクボー!」


 ムシロは呼んでみたが、返事はない。返事はないが代わりに勢いよく扉が閉まる音がした。



「扉が閉まる? オバケって出入りするのにわざわざ開け閉めするのか? すり抜けるんじゃね?」


 扉を閉める=オバケじゃない。と結論付けたムシロは、急に強きになり「エクボ! 驚かすなよ!」と決めつけに掛かった。


 スラッシュムービーなら確実に死亡フラグである。

 音がしたのはおそらく3階からだと踏んだムシロは、3階に上がると最初に見える教室のドアの前に立った。


「エクボ~?」


 強気になったはいいものの、やっぱりここまでくるビビりの針が肩甲骨の辺りを刺す。


 ごくり、と唾を飲み込み、ムシロは少し開いたドアの隙間を覗いた。



「うう、向こうから誰か覗きかえしてたらマジで死ねる……」


 そう呟きながらムシロは覗くと、机がいくつか倒れており、その先に倒れている人影を見つけた。

「!?」


 反射的にムシロはドアを思い切り開いた。


 その人影が、見慣れた姿であったからだ。



「エクボ!」


 ムシロは倒れているエクボに走り寄ると、抱き起した。


「エクボ! おい、エクボ!」


 半狂乱のようにムシロはエクボの名を呼びかける。だが、エクボはぐったりとしたまま動かない。



「おいエクボ! エクボぉ! やめろよ、もう友達が死ぬのはやだって! しっかりしろって!」

 涙ながらに叫ぶムシロに抱かれるエクボの頭からどくどくと、夥しい量の血が流れていた。


 どれだけ素人が見ても、この地の量は危ないと見てすぐに解るほどだった。



「ああ……、血が……、血が止まない……!」


 エクボを背中におぶると、廊下まで出るとムシロは声の限り叫んだ。



「誰か! 誰かぁあ! 助けてよー! エクボを助けてーー!」



 空しく廊下にムシロの声が響く。それでもムシロはエクボを背負い、泣きながら進んでゆく。


「誰か……、誰かあああー!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る