第19話
「よくある話。いじめに耐えられなくなったその生徒ってのが、校舎の屋上から落ちたの」
「え……! それって、自殺ってこと?」
「さ~あね。すっごく雨が降っていた日だったから、事故の線も捨てられないとか。それに遺書っぽいのもなにもなかったから、自殺なのか事故なのか、うやむやになったまま現在に至るって感じ」
――何時来がいじめていた生徒が死んだ?!
ムシロは初めて聞くそのエピソードに、思っていた以上のどろどろしたなにか、深い感情を覚えた。
「だから、何時来は特定の誰かをずっといじめたり、しつこくしなかったのか」
ドS気質というものは急に変えられるわけではない。それがたかだか数年で変わろうものなら、それこそ強烈なきっかけが必要だ。
何時来にとって、いじめていた生徒の死はそれ相応のきっかけになったのだろう。
ムシロがそう行き着くのは当然といえた。
「あのさ、その死んだ生徒の名前教えてよ」
海驢は色っぽく笑うと、近付けた顔を更に息がかかるほどに距離を詰めると、ムシロをとろんと溶けるような瞳で見つめた。
「じゃあキス……、してもいい?」
「ホワッツ!?」
ムシロの唇は無事守り抜けるのだろうか!? 次回、『ムシロ、寧ろ虫のように吸うたろか』
「真犯人……、誰だと思います?」
エクボが問うと隣の個室から、箸が弁当にぶつかる音と共に、「それは自分で考えろ」と返ってきた。
「ふぅむ……」
タブレットを取り出し、色々と考えているとムシロからメッセージが届いた。
【おめーまたトイレで飯食ってんの? バカなの?】
という素敵なコメントと一緒に、画像が送られて来た。
「何時来と高高田先輩の写真?」
「なんの写真だ?」
エクボの呟いた声が聞こえたトイレ飯は、画像について聞いた。
「あ、これです……」
「どこの写真だ」
「どこって……、ここの一階、技術室ですよー。なんで知らないんですか」
「なるほど、わからん」
いつも弁当のおかずをお供えする上部の隙間から画像を見せると、エクボはもう一度て元に戻す。
「俺はわからんが……、その写真、よく見ておくことだな」
「え、なんでですか?」
「お前の話によると、その技術室に殺された女生徒はいたんだろう? ならば、その写真にもなんらかのヒントかあるかもしれないからな。おい、オカズはまだか」
オカズがもらえる前提だったので、聞いてもないことをペラペラ喋ったようだ。
「あ、じゃあたこ焼きを」
「た、たこ焼き!? それはオカズなのか?! …… いや、しかし、関西では粉ものとご飯を一緒に食べるらしいしな……」
ぶつぶついいながらトイレ飯はたこ焼きを貰った。
「それはそうと、そろそろお前もここには来るな」
突然のトイレ飯の言葉に、エクボは反応が遅れてしまい、数秒してから遅れて反応した。
「な、なんでですか? やっぱり私という天塚ミゲルのオタク女子は万死に値しますか!」
「あ、いや……、違うけど」
お、ちょっと困った感じだぞ! トイレ飯を困らせるとは中々成長したではないかエクボ!
「そうじゃなくて、だな。流石に怪しまれるんじゃないのか。毎日、こんなところに弁当を食いに来るなんて」
「大丈夫ですよ! 友達いませんし!」
超ネガティブなのに自慢げに孤独をアピールしたエクボだったが、トイレ飯は構わずに続けた。
「そうは言っても、警察に拘留されていた友達もいるんだろう? ならお前はもう一人で飯を食う必要はないはずだ。なんなら、ここで飯を食うことで折角戻った仲もまた壊れてしまうぞ」
「そんなことありま……」
ふとムシロから来たさっきのメッセージや、昼休みを旧校舎のトイレで過ごすエクボに発した言葉から考えると、確かに疑われていないとは言い難かった。
「ほら見ろ。俺はな、この場所を荒らされたくないんだ。あくまでここで一人で弁当を食っていたい、お前という人間と知り合ってしまったから、付き合ってきたがそれもそろそろ潮時じゃないかって思っていた」
「ちょ、ちょっと待って……!」
トイレ飯の口調や雰囲気からして、本気で言っているらしかった。
「もしも、それでもお前がここに来るというのなら、不本意だが場所を変えるしかないな」
「ちょっと待ってください! 絶対、誰にもいいませんから! ムシロにも他の誰にも絶対……!」
「人の言う《絶対》ほど不確定なものはない。それこそ《絶対》など絶対にないと言ってもいい」
「なにちょっと上手い具合に言ってるんですか!? …… あ、この事件が解決するまではせめて私の話を聞いてください! お願いします!」
エクボの必死な言葉にトイレ飯は、少し無言の時間を置いた。
「お前は俺が、事件を面白がって助言していると思っていないか? そもそもは、お前が必死で友達を救いたい、というところから始まった話だ。それが成就された今、事件の本質にそこまで俺が関わる必要はない」
「けど! 事件はまだ終わっていないって言ったじゃないですか」
「その前に『どうでもいい話だが』と前置きをしたはずだ」
なにを言っても考えは変わらないらしいトイレ飯の個室から、ドアの開く音がする。
「お前が嫌になったとか嫌いになったとか、そんな次元の話じゃない。だが、もしもそう思ったのなら、非常に気は進まないがその呪いフォルダに俺の名前を書いてもらっていい」
名前と言ってもトイレ飯だが。
「俺の場所が脅かされるのが、急に不安になっただけだ。気にするな。もしも、お前がここが気に入って仕方がないというのなら、好きにしろ。俺はトイレならどこでもいいからな」
半泣きでエクボはトイレ飯が去ろうとする気配を追おうと、ドアを開けようとする。
だが、ガチャガチャと激しくドアが鳴るだけで、開く気配はなかった。
「そんな! これから一体誰に事件のことを聞いてもらったらいいんですか!」
「お前にはもう仲間がいるだろう。それに俺はなにも教えていない。全てお前が自分で辿り着いたんだ。君が優秀なだけさ」
「嫌! 嫌です! 私、明日も絶対きますから!」
トイレ飯は、短く「はは」と笑った。
「…… だったら、やっぱりその場所は君に譲ろう」
トイレ飯がそう言った直後、ドアは弾くように開いた。
勢いよくエクボも飛び出すがその場には既に、トイレ飯はいない。
「呪いフォルダに名前書いてもいいとか……。書くに決まってるじゃない! 絶対呪い殺してやる!」
めっちゃ怖い叫びと共に、エクボは泣いた。
「うわっ! 眼ぇパンパンじゃん! どうしたんだよエクボ!」
「ナンデモナイトデス」
泣き腫らした眼のエクボはさながら四谷怪談に出てきそうな感じの、オカルティックな顔になっていた。
だがそれに気付き指摘したのは、悲しいかなムシロだけである。
「トイレ飯め……」
「え、なんて言った?」
エクボの呟きが余りにも意味不明過ぎて、ムシロは聞き返すが、聞き返してもわからなかった。
「放課後、貉兄さんのとこにまたいく?」
「うん、そのつもり」
すっかり溜まり場みたいになってしまった貉の部屋だが、本人はなにも感じていないらしい。
それよりも、事件について情報を交換しなければ。エクボの中で、事件の進展を実感しているだけに、それを外すわけには行かない。
「じゃあさ、あっち放課後にあと一人だけ聞きこみあるから、遅れていく」
「あ、じゃあ私も技術室調べようかな……」
「技術室? なんもおかしいとこなかったけどなー」
ムシロが首を傾げて思い返すのをエクボは蓋をする。
「ううん。一回も私、自分で見てないから。やっぱり見られる現場は見ておかないとね……。それに、ムシロが送ってくれたこの写真と見比べたいってのもあるし」
「そっか。わかった」
「ムシロこそ、あと一人聞き込みたいって誰?」
「え、いや。ちょっと望み薄っていうか、ちゃんと確定したら今日の打ち合わせで報告するよ」
「なにそれー気になる」
と珍しくエクボは「くくく」ではない笑いをしてみせた。
「眼が晴れてて、悪魔が人を喰う前に笑ってるみたい……」
とディスられるのであった。
そうして、エクボは旧校舎に訪れた。
技術室は一階だが、行く前にエクボは二階の怪談トイレに行ってみた。
「いるわけ……、ないよね」
一番奥の個室に聞こえるように、エクボにしては大き目の声でわざと呟いて見せた。
だが、その声は奥まで通っただけで特になにか変わるようなことは無かった。
「……」
タブレットを取り出し、カメラで怪談トイレの写真を撮った。顔も知らない、名前も知らない、正体不明の探偵トイレ飯を思ってのことだった。
「…… ぷっ、探偵だって」
探偵と自分で思っておいて、そのイメージの違いに笑ってしまう。
「トイレの探偵っていうか……、あの人を例えるならなんだろう……。妙に説得力とかある人だったからな。……あ、くく、くくく」
なんか閃いたようだ。主人公なんだからもうちょっとかわいらしい笑い方をしてもらいたいものだ。
「…… トイレのカリスマ」
今撮った画像にペイントで『トイレのカリスマ』と書き込むと、またくくく、くくく、と笑った。もう怖い。
タブレットをカバンに仕舞うと、駆け足でその場を離れた。
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