第18話

○心願時 将(しんがんじ まさる) 一年


「ちょっとー! 心願時ってさ、何時来の元彼ってマジ話?」


 スーパーサイヤ人のようなトゲトゲの髪型は、もはやホスト風と呼んでいいのか、サイヤ風と呼んでいいのかわからない。


 そういった良く解らない髪型の心願時に、ずけずけとムシロはまた無神経に質問をした。



「いきなRIなにいってんDA! 確かに一年前までは付き合ってたけど、俺は犯人JAねぇかんな! ゥラッチョア!」


 高高田といい、このゥラッチョアといい、奏寺何時来はまともな雄からは好かれなかったらしい。そういうフェロモンが出ていたのだろうか。

「それでさ、何時来殺したやつ探してんだけど、あんた殺した?」


 ゥラッチョアもゥラッチョアだが、ムシロも全く持って負けていない。この無神経さは芸術の域とも言える。



「はぁ!? 俺が殺したDA? まだあいつに未練たらたらだとかってんなら疑われるのも分かるけどYO、俺には今スィートなハニーがいるッチョア!」


 そう言っているそばから「だぁーりぃーん」と濁った声と、霊長類最強伝説を地で行くゴリラに体格も顔もよく似た女子が、心願時と濃厚なキスを繰り広げる。


「トラウマになりそう……」


 胃の奥から昼に食べたほっけが込み上げそうになるムシロだった。

○みの口 千基(みのぐち ちき) 一年


 みの口は、今や絶滅の危機に瀕しているヤマンバギャルと言われる種類の化物だ。


 ムシロが彼女の所属するマンバギャルサーに赴いた際、南米の戦士のような肌の色をした千基がムシロを指差してはしゃいだ。


「ああー! あたしこいつ知ってるー! 何時来と一緒につるんでたブスー!」


 デリカシーの無さで勝負しようとは、この女…… やるな。


 だがムシロは顔色一つ変えず、千基の顔をマジマジと見詰めている。


「あんだよ?」


 千基は不愉快そうに眉を顰めると、ラメでやたら光った涙袋を震わせた。

「黒糖饅頭かと思った」


「はぁぁあああ?!」


 黒糖饅頭という例えは確かに秀逸だが、ゴリゴリのガングロギャルが黒糖饅頭で怒り心頭とは、なかなか見た目よりやり手かもしれない。


「何時来殺した犯人をさ、探してるんだよね。あんた何時来と仲良かったろ?」


「何時来殺しの犯人!? あれって羽根塚じゃねーの? そんで追い込みかかったから自殺したって……」


 ムシロは大きく「はぁ~あ!」とわざとらしくオーバーに溜め息を吐くと、「わっかんねーのかよ!」と枕に置くと、強く言いきった。


「何時来があんなビッチ教師に殺されるような奴かよ!」

 その一言で千基の表情は一変し、真剣な顔つきに変わる。


 千基の顔は、化物だがその眼差しは真っ直ぐで綺麗なものであった。



「だよね。絶対、あんなビッチに殺されるようなタマじゃないよね」


「じゃあさ、悪いけど何時来のことで教えてほしいんだよ」


 みの口千基は何時来と中学時代仲が良く、今もその延長線上にいた。お互い高校で出会った新鮮な友達がいたので、そっちに行きがちだったが、彼女らが友であるのには変わりはなかったようだ。


「あいつさ、前になんかトラウマがあったらしくってさ。前って言ってもそんな昔じゃなくって、中1の時それが原因で2週間くらい学校にいけなかったらしいんだよ」


「何時来が学校にいけないくらいのトラウマ?」



 それを聞いてムシロは凡そ信じがたいと思った。


 サバサバとして、なんでもはっきりとものを言い、自分の長所をよく分かった上で他人と接するのが上手い。


 だが、なによりも何時来の性格がドSだったところにある。


 弱いものには徹底的に強く接するスタイルに、ムシロも時折見てみぬふりをした。


 そう、エクボとムシロが最初に再会した時もそうだった。

「あの何時来が? 嘘だろ」


「あたしもそう思ったんだけどよ、なんかマジっぽいんだよね。それにあいつって見るからにイジメっ子キャラだろ? けど、実際はその場その場で誰かをいじめることはあっても、特定の相手をずっといじったりしないんだ」



 思い返せば、思い返すほどに心当たりが見え隠れする。


「そういえばそうだよ……。あいつ、弱そうな奴とか見つけていじめるのが上手い割には、一度いじったやつは滅多にいじらなかった。

 けどさ、それってなんでだよ」


「さあ、そんなの聞けないだろ。普通の奴ならともかく、あいつに『学校行ってなかったんだろ? なにがあったんだ』とか聞けないべ」

「そっか……。じゃあさ、何時来と同じ中学の奴知らない?」


「ああ、それなら…… E組の耳園かな」


「耳園? 耳園ってあのバレー部の?」


「そうそう。あの有名人だよ」


 ムシロは、余りにも何時来からは連想できないその名に、もう一度「本当に耳園?」としつこく聞いたが、回答は変わらなかった。



「耳園かぁ……」


 ムシロは頭を掻いて、嫌々F組へと向かうのだった。


○耳園 海驢 一年


「ほんとにいい加減にしないと、先生飛び越えて警察に言うよ! ふんっ」


 ショートカットに年中小麦色の肌。


 健康美とはこの少女のような者をいうのだろう。


 そう思わせるほどの、活発なバレー女子・耳園海驢は、今日も元気に男子を必要以上に人権蹂躪する。


「なんなのその顔。その黒目の小さな瞳がほんっとに気持ち悪い。爬虫類と話してるみたいだし、近付いただけで肌がざらつきそうなんだよね。正直近寄ってほしくもないんだけど、ここが学校じゃなかった保健所に電話してるよ。ほんと! ふんっ」


 ツンデレっぽい喋り方をしているが、明らかにこれはデレがないパターンのツンだ。


「そこまでいわん……、ええやね、ん……!」


 海驢に罵られた男子生徒は、ストレスの余り髪が真っ白になり、とても10代には見えないほど老けこんでしまっていた。


 恐ろしや精神破壊。



「あ、のさ……。海驢」


 恐る恐る話し掛けるのは、ムシロ。海驢が男子生徒を蔑むのを見て、こっそりと音を立てないように教室に侵入したのだ。


「あ! 鍼埜さん! 鍼埜ムシロさぁん!」


「ど、どうも……」


 ムシロはこの海驢が苦手であった。何故か? まぁ、この先を見て頂ければお分かりいただけるであろう。 

「最近、どうしてたんですかぁ?? あ、今日の髪、超かわいくてイケてるよねー」


「う、うん……。ありがと……」


「ありがとーなんて! きゃー!! ムシロちゃんにお礼言われちゃったぁ~! えへへ」


――お分かりだろうか。


 耳園海驢は少々、男女に対する趣味嗜好が個性的なのだ。


 男をゴミ扱いするのに、女性に対してはベタベタと媚びる。…… なんか普通逆じゃないか?


「あ、あたしの席に座ってくださいよぉ~。ムシロちゃんって、ワイルドだしセクシーだよねぇ。ね、ね、なんかお話聞かせてー!」


 あわわ、これはこれで怖い。

 以前にもお送りしたと思うが、海驢という少女は、同性に対して特別な感情を持っているらしく、特にムシロのような少々やんちゃくれな女子は特に好物……、ごふん、好みらしい。


「ちょっと、聞きたいことがあんだけど、さ」


「ん~なになに? なぁ~に、ムシロちゃん」


 そこまで面識があるわけでもないが、よほどタイプなのか、海驢はムシロにかなり馴れ馴れしく話す。


「何時来のことなんだけど……」


「……」


 べたべたと肩や腰を触っていた海驢の動きが止まった。


「…… なんの話?」


「なんの話もなにも、海驢は何時来と中学一緒だったんだろ? 千基が『中学の時に何時来はなにかあった』って聞いたからさ、あんたはなんか知らないかなと思って」


「ふぅん。そうか……」


 今まで散々ベタベタとしてきた海驢は急にムシロと距離を置くと、余所余所しい話し方に変わってしまった。


「何時来のことは知らない」


「何時来のことは知らない?」


 いや、知ってるだろ! とツッコミたいのは私だけで、ムシロは明らかに『言いたくない』という露骨な態度を取って見せる海驢の言葉をそのままオウム返しをする。

「頼むよ! 何時来のこと知りたいんだよ! あいつを殺した犯人をちゃんと掴まえたい!」


「何時来を殺した……?」


「そうだよ! 何時来は殺されたんだ! 羽根塚が殺したんじゃない、それ以外の誰かだ!」


 少し興味を示し、海驢はムシロに近づいた。


「それ、正気で言ってるの?」


 鼻と鼻がくっつくのではないかと思うくらい顔を近づけ、海驢は鼻息が当たる距離でムシロの顔を見詰めた。


「本気に…… 決まってるだろ」


 海驢の尖った睨みに真っ向から受けて立つムシロもまた、眼力を尖らせ海驢を睨んだ。

「そうなんだ。わかった」


 バレー部のルーキーにしてエースを張る、百合乙女はムシロから顔を離すと、意味ありげににんまりと笑った。


「この学校でさ、何時来と中学一緒なのは私くらいなんだよね」


「そうなの?!」


「うん。なんでだと思う」



 いきなりわからないというのも無粋なので、ムシロはなんか気の利いて尚且つ面白い回答を考えた。


 だが思いついたのは、ドン引きするほどの下ネタばっかりだったので、諦めていきなりわからないと言った。

「ちょっとくらい考えてよームシロちゃん。いいわ、教えてあげるよ。何時来と私くらいしか同じ中学校じゃない理由。それはね……、何時来がわざわざ誰も選ばなさそうなところを選んだからよ」


「はぁ?!」


「ムシロちゃんのような人が合格できるくらいだから、学校の中のモラルはかなり悪いっておもっていいわ。この学校、有名なのはバレー部と充実した帰宅部ライフ。わざわざこんなところを選んだのはあの事故のせい」


「事故?」


「そう。その起こった事件(というか事故?)で罪に問われたのが、何時来。その時の何時来はとにかく毎日同じ生徒を何度も何度も虐めていた」

「ちょっと待って! 今、なんの話? 中学の時の話してる?」


 海驢の話の唐突さにムシロは驚いた。だが唐突さよりも、気になるのが【事故】というワード。


「千基もなんか匂わしてた奴よね? どんな事故だったの?」


 ぐいと食いつくムシロに海驢は「きゅーん」と訳分からん擬音を飛び出させ、頬を赤らめた。


「必死なムシロタンきゃわたん! よーし、じゃあ特別にムシロタンには教えたげるよ」


 何か含んだような怪しい笑みをもって、海驢はムシロにぐいっと顔を近づけて、囁くように言った。

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