第17話

■終わらせないナゾと集まる容疑者たち


録路高校図書貸し出しランキングベスト3


1.男女の仕組み(保健体育教本)

録路高校の図書室には、歴代の教科書も保管されている。この『男女の仕組み』十数年前の教科書であるのにも関わらず、その内容のダイナミックさから今になってリバイバルブームを起こしているぞ!


2.はだしの幻十郎

覇王丸の宿敵が数ある残酷描写を経て、蛙との愛情を育む新感覚BL本だぞ! 特に中身を確認しなかった為、タイトルの字面だけで納本された稀有な例だ!


3.偉人伝 ~野口秀夫~

中身はドラゴンボール愛蔵版の3巻だぞ! 数年前に誰かが悪戯にすり替えたものが今だにバレずに置いてある。いつバレるかスリルを味わいながら生徒達は借りているぞ!




 斜三三にしか聞き込みできないエクボは、ムシロが高高田に割と恐喝じみた聞き込んでいる頃、用務員室に来ていた。


「ああ、洒落頭さん。丁度良かった、この間もらったレシートなんだがね」


「あ、そうだった! どうでした?」


 少し気まずそうに斜三三は笑うと、「すまない、レシートを無くしてしまってね……。すごく探したんだが……」そう懺悔した。


「あ! いいんですいいんです! すいません……、こっちこそ変なお願いしちゃって」


 二人して気まずい雰囲気を漂わせると、耐えきれずエクボはくくく、と笑う。

「だがね、収穫がなかったわけじゃないんだ」


 用務員室に駆け足で入ってゆくと、斜三三は空のペットボトルを二つ、持ってきた。


「確かレシートに載っていたものだったと思うよ」


 手に持っていたのは、コーラソーダとダージリン紅茶アイスのペットボトルだった。


「本当だ……。斜三三さん、これってどこで?」


「旧校舎裏の溝だよ。いい具合にハマっててね、しばらく気付かなかったんだ」


 じろじろとペットボトルを眺めるエクボに、「すまんね。拾った時はすごく汚れていたから、表面だけ水洗いしたんだ」と、また気まずそうに言った。

「あ、いえ! もしかしたらこれもなにかの手がかりになるかもしれませんから!」


 実際はどうなのか疑問だが、エクボは斜三三をがっかりさせないように、少し大げさに言って見せた。


「先生ー!」



 その時、知らない制服の男子生徒が斜三三の背に呼びかけた。


「先生?」


 エクボが周りを見渡すが、教師はどこにもいない。誰を見間違えているのだろうと、先生と呼んだ生徒を見やる。


「上成先生~」

 手を振りながらその見知らぬ生徒は、エクボに向かって近づいてくる。


「私……、知らない内に女教師になったのかな。喪女だと思っていたけど、女教師ならちょっとモテるかも……。くく、くくく」


 おっと、これは珍しいタイプの現実逃避である。


「上成先生、無視しないでくださいよー」


「かみなり……せんせい?」


 ドリフ? とエクボが思ったかどうかはわからないが、生徒はどうやらエクボではなく、斜三三のことを言っていたようだ。


「斜三三さんのこと?」


 斜三三はというと、自分が呼ばれているとは全く気づいていない様子だった。

「お久しぶりです! 上成先生!」


「……ん? 誰だね、君は」


「ちょっとー、人が悪いなぁ。僕が上成先生の顔を間違えるわけないじゃないですか!

 遠眼で見てまさかとは思いましたけど、近くで見るとやっぱり先生だ。どうしたんですが、こんな格好して!」


「なにを言っているんだい? 私は越智という名だし、誰かと間違えてるじゃ」


「何言ってるんですか! あ、わかった……。もしかして、実は校長に出世したんですよね?! それで、用務員の格好なんかして、生徒の様子を見てる……、みたいな? やっぱりすごいなぁ!」


 困った表情で、斜三三はなにかを言い返すが、生徒は笑って聞く耳を持たなかった。

「いい加減にしてくれ! 私は越智斜三三だ! 誰と間違えているのかは知らないが、失礼だろう!」


 終いに斜三三は怒ってしまい、竹ぼうきを持ってその場から離れていってしまった。


「あ、上成先生! ……、なんだよ」


 生徒が不機嫌そうに言い捨て、来た道を戻ろうと振り返った。


「げっ」


 目の前にはタブレットの画面に、赤い血のようなフォントで『貴方は誰ですか……』と、超おどろおどろしく書いたものが生徒の目の前に突きつけられていた。


「な、なんだ!?」


「……お願いします」


 完全に人に物を聞く態度ではないが、人見知りのエクボにしては頑張った方である。


「な、なんて斬新な筆談なんだ……。ま、まあいいや。僕は朝膜揚芋(あさまく あげいも)っていうんだ。上成先生は中学の時、生活指導の先生だったんだよ。たまたま今日、視察で来た学校に先生の姿があってうれしくなっちゃってね。けど、なんであんな格好してたんだろ」


【視察? 上成?】 ←タブレットで書いた質問である。


「ああ……、僕は教員免許を取りたくて。大学を卒業したらすぐに教師になろうと思ってるんだ。だから、こうやって許可をもらって色んな学校を見に来ているんだけどさ」


 流石にエクボを警戒しながら朝膜は話す。

「上成先生のはずなんだけどなぁ。あんなに先生らしい先生はいなかったのに、なんで用務員なんてしてるんだろう」


【差支えなければ、どこの中学だったか教えてカリメロ】


「か、カリメロ!? あ、ああ……、美帆星中学校だよ。ここから7つほど先の駅になるのかな」


 そこまで言いきると、エクボへの余りにも怪奇な振る舞いに恐れをなし、走って帰っていった。



【斜三三さんが元教師?】


 そして、何故か心の中の呟きですらタブレットに書いてしまうエクボであった。





「そういうわけでだな、俺が出来ねーことをお前らに言うぞ」


 なんだか良く解らないがとにかく神経に触れるドヤ顔で貉は言った。


「あっちらに出来ないこと?」


「くく、くくく……。つまり、死ねということですね」


 笑っている意味も言っている意味も全く分からないが、二人は貉の言っている意図について尋ねる。


「聞き込みなわけだ! 今日お前らがやったろ? 流石に捜査が終わってるのに、刑事の俺がやるわけにはいかねー」

「まぁ、確かに……」


「聞き込みって言ってもさー、一体誰を聞きこむんだよ」


「それはお前らが決めろ!」


 貉のドヤ顔が次の瞬間、床に施したフローリングにめり込んだ。俗にいうカナディアンバックブリーカーというやつだ。



「オゴポゴ!」


 余りの衝撃と激痛に、伝説の怪魚のような断末魔で貉は息絶え、その達成感からか今度は技を仕掛けたムシロがドヤ顔で笑う。



「だ、だってよぅ……、俺に誰が怪しいとか分かる訳ないじゃんか」

 斜めのまま固まった首で、貉は二人に言った。


「その代り、というか元々そういう話なんだが、警察でしか仕入れられない情報は持ってくっから! とにかく奏寺何時来と関係のありそうな奴はあたれ!」


「そんなん言われてもなー……」


「あの、ムシロ……」


 自信なさげなムシロの肩をトントンと叩くと、エクボはタブレットのフォルダを指差した。



「何だよ……。ん、なになに。《呪いリスト》

 怖っ。なんだよ、なんで今それ見せたんだ」


「くくく……」

 エクボはそのフォルダを開けると、呪いフォルダ行きした人物の、分かる限りのプロフィールがあった。


「おおっ! す、すげぇ! その執念とか呪い、憎しみとか人の負の部分が全て詰まってるじゃんか!」


 はしゃいでいるが、言っている内容が怖すぎる。


「大したことは書いてないけど、せめて出身中学とか住んでるところとかは網羅してる……。くっくっく」


「すっげー! お前最低だよエクボ! マジで最低だ! すっげーよ!」


「くっくっく……」


 いや、笑ってるけど。

「そうか。じゃあ、奏寺何時来と同じ中学だった奴から聞いてみたらどうだ?」


「んだな! ぃよし、エクボ任せろ」

「え?」


 任せろといったムシロの言葉に思わずエクボは顔を上げた。ムシロは特別、変わった表情もせずにやる気満々に手を叩いている。


「ん、なんだよ。なんか顔についてる? ファンデ割れてるとか?」


「う、ううん……。任せろって、なにが……」


「ああ、エクボは人と話すの無理だろ。あっちがガシガシと聞きまくるからさ、変わりにエクボは誰になに聞くのかリストアップしててくれよ」


 エクボは意外だった。自分の人見知りなところも、何年も会っていなかったのにちゃんと覚えていてくれているムシロに。

「考えるの苦手なあっちは体動かして、体動かすの苦手なあんたはあっちの代わりに考えて! 出来るほうが出来ることやった方が効率的っしょ」


「そうだね……、わかった!」


 エクボは嬉しかった。


 ムシロはこんなに自分と全く違う、正反対もいいところの人間なのに、喪女まっしぐらの自分にこんなにも対等で居てくれる。


 ムシロを見ているだけで、頑張ろうと思えてしまうのだ。


「私、明日の昼までには考えるから!」


「よーし、やる気になってきたところで、俺からのお宝情報を解禁してやる!」


 ドヤ顔が不快な貉がドヤった。

「零島零の身元が分かった」


「ぜ、零島先生!?」



 ドヤ顔の貉はエクボの驚く顔を見て満足そうに顔を近づけると、囁くように話す。


「身元が分かったっていうよりもな……」


 ごくり。


「そもそも零島という人間はいなかったんだ」


「いなかった!?」


「そりゃないよとっつぁーん」


(とっつぁーん?)と、エクボが言った言葉を頭に引っ掻けながら貉は続ける。

「手続きにあった住所も、名前も全部でたらめだった。なんならあの【零島】って名前も全くの嘘。大学の奴らも誰一人零島って奴はしらなかった」


「……」


 気味の悪い話に、エクボもムシロも黙って聞いていた。それもそのはず、ついこの間まで本人と会っていたのだ。


 それが、まさかいないことになっているとは……。


「学校が零島失踪に騒がなかったのはどうもそこらしい。正体の分からない奴が実習生とはいえ、教員としていたなんて、とても公表できねーだろうからな」


「でも、いなかったってことはやっぱり事件に……」

「どうかな。あくまで警察としては事件とは関係ないと見ている。遺書がある以上、もし零島が関係していたとしても、警察からすりゃ「だからなんだ」の世界だからな。くそっ」


 悔しそうに貉が舌打ちをすると、もう一つ、零島について付け加えたた。


「だが不思議なことにな、大学やアパートの住民名簿、至る所に奴の名前はあるんだ。気味の悪い話だが、俺にはそいつが本当にいたのか、本当はいなかったのか、どっちだかよくわからねー」


「充分怪しいだろ! だって零島は羽根塚とデキてたんだから!」


 貉はムシロの言葉を聞いた上で、「それもなー……」と吐く。


「なんだよ、それもなーって」

「いや、それもどうも羽根塚由々実が大袈裟にしていただけみたいなんだよな」


「大袈裟に?」


 エクボが悶々と妄想に耽るのを、貉のガラガラの声が邪魔をした。


「ごく一部の知人には『いい感じ』だって羽根塚は言っていたみたいだが、実際のところ零島はほとんど相手してなかったらしい。羽根塚と近い奴らが数人、そんなことを言っていた」


「えーー! マジで!? それなのにあいつあんなにモテる感出してやがったのかよ! クッセェ!」


 クッセェの意味は分からないが、とりあえずムシロは死人に対して、やり場のない憤りを空振った。

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