第10話

「つまり、缶チューハイやそんなもんで泥酔なんて出来なかったってことだろう」


「それって……」


「ああ、羽根塚が二人に酒を注射したって考えて間違いない…… と俺は思うな」



「あ、あの!」


「なんだ」



 少し言いにくそうに、間を空けたがエクボは意を決したように尋ねた。


「つ、つまり……羽根塚先生が、何時来を殺したってことですか」


「さぁな。それは分からん。分からん……が」

 由々実が関与はしているものの、何時来を殺したのが由々実だと明言はしないトイレ飯。


 そんなトイレ飯は、由々実についてあることを断言する。



「あの《アヤカシユメカゲ》を書いた張本人は、羽根塚だな」


「ア、アヤカシユメカゲを書いたのが羽根塚先生……!? ってことは、あの……」


 ここまで話してきて感じる嫌な予感。もしかすると、ここまで話が進展しているのは自分たちしかいないのかもしれない……。


 そう思うと、ムシロの役に立っているような気にもなる反面、取り返しのつかなないことに関わってしまっている後悔も抱く。


 そんなことを考えている内に、トイレ飯がエクボの言おうとしたことを代弁した。



「そうだ。おそらく……この犯行は、複数の人間が関わっている。多分、もう一人……。

 羽根塚由々実に協力した真犯人、がな」


 雨に濡れたまま横たわる…… 遠くから見えた何時来を思った。


「死んだらあんなに人って惨めになるんだね……。簡単に死んじゃえ、とか思えなくなっちゃった。だから、もうあんなの見たくないし、同じ目に会わせたくない」


「そうか。じゃあ、また明日もこい」


 エクボの顔が明るくなった。


「うん! 明日のお昼に!」

「おかず……忘れるなよ」


「うっ」


 奇妙ながら、連帯感が出来たのだとはしゃいだエクボの寿命は極端に短く終えた。


「う、う……私達は所詮、食べ物で繋がったふたりなのね……」


「え、そうだけど」


 うむ、そうである。


「とにかく、明日も来い。そして、教えろ。オカズと交換で協力してやる」


 オカズを貰うのがなんら恥ずかしいことではない! と一生懸命振舞おうとするトイレ飯だが、そういった行動を取れば取るほど陳腐な人間に見えるのはなぜだろうか。

 



 かくしてトイレ飯に焚き付けられたエクボは、気持ちを入れ替えて再度、由々実の元へと突貫する。



……が、ポキッと心を折られるのだった。



「なぁに? また来たの洒落頭さん。あなた見た目通りしつこいのねぇん。そんなんじゃ、モテないよぉ?? どうせバージンなんでしょ?」


 由々実は、昨日に尋ねた時とは180度態度を変え、圧倒的に高圧的に、エクボをねじ伏せた。


「指定されたユーザーは登録を解除したか、退会されました」

 結果として、ギルドサイトのインフォメーションのようになって、現実逃避をするしか逃げ道が残されていないのだ。



「ほんっと、教師って立場は疲れるよねぇ~……。男子生徒はみんな由々実のこと見ては、アレをアレな感じにさせるし。

 かと思えば女子は女子で、非モテ女とヤンキー気取りしかいないんだからぁ」


 言いたい放題の由々実の言葉のある部分に、エクボは引っかかった。


 インフォメーションをなんとか振り切ると、由々実を見上げる。


「ヤンキー……。あの、鍼埜ムシロって……」


「鍼埜? 誰それ」

(知らない……? なんで?)


 単純に、知らないだけ……なんてことはあるのだろうか。トイレ飯との話で、注射器を持っていて、ムシロと何時来に酒注射をした人物……。


 それはほぼほぼこの由々実だと思って間違いがない。グラウンドで死んでいた何時来のことは、ひとまず置いておいても、これは恐らく確かだとエクボは勝手に思っていた。


 その片方であるムシロの名を知らないなど、有り得るのだろうか。



「い、いえ……ありがとうございましたっ」



 ガシャポンのいらないカプセルを投げつけられた鳩が逃げるように、エクボは放課後の保健室から飛び出した。

――もしかして、私の考えは間違いで、羽根塚先生はなんの関係もないんじゃ……。



 エクボは涙を浮かべて走った。ムシロを知らないという由々実のことが、急に犯人だとは思えなくなったのだ。


 なによりも、エクボの霊感が全く働かない。


 流石に殺人鬼と対峙したことなどないから、霊感が関係あるのかはわからない。


 だが、人を殺した人間と話せばなにか感じるのではないかと、エクボはそう考えていた。



 これまでの自分の体質のことも鑑みて、大いにそれは有り得る……。そのように思った。


 だが、実際はなにも感じず、もはやその勘は思い込みであったと思い知った。

「洒落頭さん」


 そんな悲しさまっしぐらのエクボを呼び止めたのは斜三三であった。


「どうしたんだね? そんな顔をして」



――見られた。



 泣き顔なんて誰にも見られたことないのに。そう思ったエクボの背がぶるると震えた。


「……なにか、あったようだね。良かったらおじさんに話してみないかね」


 一瞬、このロリコンジジイが! と思ったが、100%善意であったらしい。


 女性と言うのは、本能的にそういうものを感じ分けるらしく、エクボは素直に頷いた。

 本校舎と旧校舎を繋ぐ通路。そこは用務員舎と用具室が併設されており、そこからは本校舎と旧校舎の隙間からグラウンドが見えた。



「だからね、丁度事件の日……。ずっとここからブルーシートばかりが見えてね。

 あそこで若い可能性と将来に満ち溢れた子が死んでいたなんて……。なんだか、重たぁ~い気分になっちゃってね」


 火箸で周りのゴミを拾いながら、斜三三は笑った。


 その笑みが力のないものだというのは、傍にいるエクボが誰よりも知っている。



「ほら、私は言ったよ」


「え……」

「悩みがあるんだろう? 私の悩みは言ったよ。どうだね、吐き出したほうが楽になれると思うがね」


 にっこりと笑った斜三三の笑顔に負けたエクボは、警察に連行されたまま今だ戻ってこない、ムシロについて話す。



「ムシロは、私の友達だから……心配で」


「そうかぁ、友達か……。それは心配だね」


 本校舎の一階窓下に花壇があった。まだ5月の末に差し掛かるところだったので、カラフルな花が咲いている。


 その中で、目立たない色で目立たなく咲いている花を見つけ、エクボはそれを見詰めながら話を続けた。

「ムシロは……結局、私にはたった一人の友達なんです。離れ離れになって、誰もいなくなって……。もう二度と会えないと思ったし、もう二度と私には友達なんて出来ないと思った。

 ゲームやアニメの中の嫁は腐るほどいるのに、3次元の友達も恋人も出来るはずもないし……。

 最終的に私は42歳で、パンケーキを焼いている最中に死んで、不始末火で家も燃えて孤独死するんです」


「嫁? 3次元? パンケーキ? 孤独死??」


 とりあえず斜三三はエクボの言っている意味が分かっていないということだけは分かる。


「なるほどねぇ……。けれど、洒落頭さん。覚えておくといい、子供の頃に出来た友達というのは宝だ。余り自分にできることばかりを探さないことさ。なにも出来なくてもただ信じているだけでも、救われることもあるからね」


 斜三三がそう言うと、しばらく無言の時間があった。


 何故エクボが黙っているのかと、気になった斜三三が彼女を見ると、エクボはまん丸い目で斜三三を見詰めていた。



「な、なんだね?! なんで黙って見てるんだい」


「斜三三さんって……、先生より先生みたいなこと言うんですね」


 エクボの言葉に照れたように慌てて、「そそ、そうかね!? そんな先生だなんて……」火箸をカチカチと意味なく鳴らせて言った。


「でも……ありがとう。斜三三さんのおかげで、もうちょっと頑張ろうって思えました」

 素直なエクボの言葉に、カチカチしていた斜三三は再び優しい笑顔で笑いかける。


「そうかい。けれどそれは私のおかげではないよ。洒落頭さんが自分で解決したんだ。私はちょっとしたキッカケに過ぎない」


「斜三三さん、先生になればよかったのに」


「……私に教師をやる資格なんてないよ」


 そう言って斜三三は「ははは」と笑って、次の仕事があるからとエクボを見送った。



「洒落頭さん」


「はい?」


 別れ際に斜三三は、エクボを呼び止めると次のように話した。

「私もおかしいと思ってはいたんだがね。きっと今回の事件、何人かでやったんじゃないかって思うんだ。もしも、そうなら犯人がどこで聴いているかわからない。友達を想う気持ちはわかるけど、危ないことには首を突っ込まないことだ。

 じゃないと、鍼埜さんが悲しむことになるかもしれないよ?」


 斜三三の言葉に、エクボは考えさせられた。『確かに……』と思ったからだ。


「分相応に……ってことですよね。もうちょっと、私なりに考えてみます」



 斜三三はカチカチと火箸を鳴らして手を振ると、エクボと別れるのだった。


 怪談トイレへやってきたエクボは、奥の個室の隣に入ると、いつものように便座に座る。


「……」


 静寂。


「……」


 これまた静寂。



「……?」



 待っても待っても、隣にトイレ飯が現れる気配はない。


「なんで!?」


 思わず飛び出し、トイレ飯の指定席である個室に入ると、閉じた便座の上に、新聞の切り抜きで作った手紙が置いてあった。


【いつもいると思うなよ。明日もオカズよろしく。 トイレ飯】


 と、あった。


「なにこれ?! 馬鹿にされてる香りがするっ!」


 手紙を手に取ると、その裏にも何か書いてあるのにエクボは気付いた。


「なぁんだ、なんだかんだで助言とか書いてくれてんじゃん!」


 と裏を見ると次のようにあった。


【P.S.アボガドのチーズ焼き】

「むきゃー! リクエストー!」


 それはもうビリビリと破くと、金さんばりの紙吹雪のように手紙を撒いた。


 






 帰宅したエクボは、母親がおやつに用意していた葬式まんじゅうのような奴を頬張りながら、タブレットを操作していた。


「貉兄さんは相変わらず自宅謹慎で情報なし……か」


 LINEでやり取りをしていた貉は、15分に一度くらいの割合で、暇を持て余すスタンプを送ってきていた。聞かずとも暇と分かる。

「羽根塚先生が、何時来殺しに絡んでるとして……。なんでムシロと何時来があんなにも離れたところで発見されたんだろう……」


 メモ帳アプリに保存している【酒】、【注射】の文字。それを見詰めていると、エクボはあることを思い出した。


「あ……、レシートだ」


 フォトギャラリーを開くと、執事カフェとか弟カフェとかで注文したカプチーノの写真に混じり、斜三三に渡すまえに撮影したレシートの画像を出した。


「!?」


 エクボは反射的に立ち上がった。伸びた膝の裏に当たり、椅子が倒れる。


「これ……」

『お買い上げありがとうございます』


 と書かれたレシートの下。


 何時来とムシロが買ったであろう商品。


【じゃがりん1個 コーラソーダ1個 ダージリン紅茶アイス1個 コップの縁子様3個】



「お酒なんてない……!」


 現場には空のチューハイ缶があったと貉から聞いている。このレシートがあれば、ムシロの容疑を晴らせることが出来るかもしれない。


 何故ならば、このレシートを元にコンビニでカメラを確認すれば、事件当日にムシロが酒を買っていないことが立証される。

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