第11話

 そうなれば、羽根塚に注目されるはず。


 上手くいけばムシロを助けることが……。


「貉兄さんに伝えたほうがいいのかな」


 急いでエクボはLINEでメッセージを送った。


 送った瞬間に既読になり、会話をしなくとも貉が暇を持て余していることだけは瞬時にしてわかる。


『話は聞かせてもらった』とコピーの付いたなんだかよくわからないクマのスタンプだけが送られてきた。


「返事めんどくさいの……? 暇なのに?」


 貉の無気力な対応にイラついたエクボはその場でタブレットを開き、呪いフォルダに貉の名を連ねるのだった。

 これでエクボが明日にする行動ははっきりと決まった。


 昼にトイレ飯に報告したのち、放課後にこのレシートを貉に見せに行こう。そうすれば、貉から真犯人が別にいるからムシロを開放するようにと、打診してもらえるかもしれない。


「それと、斜三三さんにも聞かなきゃ」


 今日話した時にはすっかり忘れていたが、コンビニのレシート本体を、斜三三に預けていたのだった。


 そして、このお菓子のゴミが無かったのか聞かなくては。


「羽根塚先生には申し訳ないけど……、悪いことしたのは先生だからね……」


 羽根塚を告発するとほぼ同義になるだろうと予想したエクボは、明日は出来るだけ彼女に会わないよう努めることに決めた。


「エクボ―……。血の香りのするお風呂が入ったわよー……」


 なんという気持ちの悪い風呂か。常識を疑うではないか。


「くくく、嬉しい……。3時間ぐらいずっと入っていたいわ……」


 よくわからないが、多分これは機嫌がいいのだろう。エクボは嬉しそうにバスルームへ駆けてゆくのだった。


「くくく、ムシロ……待ってて。必ずこの洒落頭エクボが救ってみせるから……」


 なんか小物臭ハンパない発言を発し、エクボは勝負パンツの天塚ミゲルプリントのパンツを引き出しから取ると、バスルームへ向かった。



「あ……、あとアヤカシユメカゲ……」


 ちょっと解決した気になっていたエクボは、思い出しはしたものの、この言葉のことを考えることさえ面倒になっていた。


「ま……いいか」


 シャンプーハットを手に、その日エクボは風呂でのぼせた挙句、すぐに寝た。

■怪しいオンナと第二の殺人


録路高校人気教師ベスト3


1.アレックス・ブータリティ

自称アメリカ国籍の英語教諭。45歳で大阪に30年住んでいたらしく、英語より関西弁のほうが上手い。たまに英語の上手い生徒が英語で話し掛けると「え、なに? 日本語で言って」という。


2.角田角男

名前が面白い。あと、角刈りなので「三角筋」と陰でディスられている。


3.羽根塚由々実

男子生徒から絶大の人気。とにかく媚びた感じと無駄に見せる谷間が男子の股間を直撃している。だが同時に女子からはワースト1位の常連である。




 エクボが再びやる気に火が付いたこの日も朝礼があった。


 校長が朝礼台でくだらない話を延々とするが、奏寺何時来の事件があったからだろう、すっかりやつれたようすであった。


 当然、事件のことをぶり返さないでおこうと、一切触れる様子はなかった。


 生徒の中には若干名、事件の進展に言及するのかと期待していた者もいたが、期待も虚しく、校長がその話題に触れることは無い。



 整列の中から、貧血になりそうな体調と戦いながら、エクボのやる気が太陽に削がれてゆく。ヴァンパイアか。

『えー……、つまりですね。ガンプラにおけるやすりの役目というのは……』


 いくら校長の話を誰も真面目に聞いていないからといって、ガンプラの話はないだろう……と私も思ってしまうが、校長がこれでいいのならきっといいのだろう。



(あれ?)


 校長がやすりの話からツヤ消しスプレーの重要さに熱くなった頃、エクボは教師の列の中にまた由々実がいないことに気が付いた。


 よくよく見ると、零島の姿も無かった。



『ジリリリリリ!』


 エクボが由々実と零島の姿ないことに気付いたとほぼ同時であった。


 目覚まし時計のようなうるさい音がどこからか鳴り響いたのだ。


 整列している生徒の誰もがその音がどこからなのかとキョロキョロし、担任たちがそんな生徒を見つけ「こら、ちゃんと聞け!」と怒鳴る。



『そんなわけでですね、エキポシパテが固まるまでの期間というのは……』


 お構いなしに校長が話し続けている中。


「あっ!」


 これもまたどこからか、女性の声が聞こえた。なにか気付いたのか、焦ったような声色だ。

 そして、次の瞬間。


 校長の後ろにある旧校舎の3階から、なにかが落ちた。



『ゴシャッ』



 鈍く重い落下音に校長もなにごとかとマイクを片手に振り返り、なにが落ちたのかを確認する。


「キャアアアアア!」


 生徒の中でなにが降ってきたのかを見ていたらしい女生徒が1人大声で叫んだ。


「う、うあああああっっ!」

「ひゃああああっっ!」


 腰を抜かし、泣きながら悲鳴を上げている生徒の周りにクラスメートたちが囲み、なにごとかを問う。


 錯乱している生徒は、まともにその質問が聴こえているようには思えなかったが、悲鳴に混じる「人が……人がぁあ」という言葉で、もしかしたら人が落ちてきたのでは、と誰もが勘繰った。



「教室へ戻れ! 教室だ!」


 真っ青な顔をし、鬼気迫る様子の教師たちが落ちた《ナニカ》の周りを隠しながら生徒たちを教室へ行くように指示している。


「警察を呼べ警察!」


「その前に救急車!」

 騒然とするグラウンド。


 生徒達も叫んだり泣いたりしながら半ばパニック状態になりながら、教室へ戻ってゆく。



 何が落ちたのか分からないが、ただただ嫌な予感がしていたエクボは、そんな騒然とする列の中から、辺りを見回すと目の前に透明な人影が突然現れた。


「え!? ……あ、ああ」


 その透明な人影とは、霊だ。そしてそれは…… 恐怖に顔が引きつった由々実だった。


「羽根塚……先生?」


 まさか、由々実が死んだのだろうか。それはそれで超ショックである。(私が)

「こ、校長! あ、あの……!」


 旧校舎の三階……、つまり落ちた【ナニカ】の真上の窓から、別の教師がコバルトブルーの顔色で顔を出した。


『な、なんだね角田先生! 今はそれどころじゃ……』


 マイクをONにしたまま上ずった声で返事をする校長に、顔を覗かせた教師が手紙のようなものを見せた。


「こ、これ……」


『そ、それは……もしかして、羽根塚先生の遺書……』


 ガーン! う、うう、やはり落ちたのは由々実だったようだ。


「校長! なにやってるんですか!」


『えっ!?』



 他の教諭に怒鳴られ、校長はマイクが入ったままであることに気付いた。


「あいたた校長失敗ちゃんっ」


 精一杯かわいくアピールしてみるが、みんなの目は冷たい。


「あ、あれ……かわいくなかった?」



「え……落ちたのって、羽根塚先生なの?」


「由々実ちゃんが?! マジか! 嘘だろ!」


 あちらこちらから聞こえる生徒の声に、校長の顔はみるみるうちに青く染まってゆく。


「あ、ああ……」


 自らの取り返しのつかないミスを悔いても、時すでに遅し!



「うわああああ! 先生が死んだぁああ!」


「自殺したあああ!」


 教室へ向かう途中だった生徒達はたちまちパニック状態になり、阿鼻叫喚の絵となった。


「ち、違うこれは羽根塚先生じゃ……あ! あの……違う、くれぐれも親御さんには……」


 汗でびしょびしょにしながら校長は呼びかけるが、もはや誰も聞いていなかった。

 パニックに生徒達の中で、エクボも顔面蒼白でその様子を眺めていた。


 顔色と表情だけを見れば、周りと同じく由々実の死にショックを受けているように見える。


 それは確かに間違いではない。


 間違いではないが、エクボの感情は明らかに他の生徒とは違うモノだ。



「なんで、なんで……羽根塚先生が?」



 トイレ飯の『羽根塚由々実は犯人じゃないな』という言葉が、無意識にエクボの脳裏をぐるぐるとまわっていた……。





「羽根塚由々実が死んだ?」


「うん……」


 この日も全校生徒に早退が命じられた。エクボは得意のステルス能力を使い、ここまで来たのはいいが……。


「というより、お前ちょっとこれやばいんじゃないのか」


「うん……」


 隣の個室から溜息だけが聞こえ、トイレ飯は言った。


「このトイレのある旧校舎の3階が現場なんだぞ?」

 エクボは俯いたままだ。その様子が見えていないが、なんとなくそういった感じなのだろうと思ったトイレ飯は、今度は短いため息を吐く。


「どうやってここまで来たのかわからないが、それにしたって殺人が起きた以上、しばらくここは出入り出来なくなる。少なくとも警察が居なくなるまでここへは来るな。 ……ん?」


 トイレ飯の個室とエクボのいる個室の上、箸につままれた昆布巻き。


「……なにを聞きたいんだ」


 黙ってそれをもらうトイレ飯は尋ねる。


「……」


「参ったな。困った奴だお前は。でも、良かったじゃないか、これでお前の友達は無罪放免で解放されるだろう。遺書があったんだろ?」

「私……、今まで嫌いな奴なんてみんな死んじゃえばいいって思ってた」


「まぁ、呪いフォルダなんて作るくらいだからな」


「でも、何時来が死んで、羽根塚先生が死んで……。死ぬって、そういうことじゃない気がするの」


「……」


「呪いフォルダは消さないし、これからも呪いたい人は増えるけど……。簡単に死んじゃいけない」


『え? 今これからも呪い続ける的なこと言った?』とトイレ飯は思ったが、それを言える雰囲気ではなかったので、トイレ飯は黙ったまま複雑な気持ちで聴いた。

「ムシロ……。帰ってくるかな」


「ああ、大丈夫さ。羽根塚の遺した遺書には、今回の事件は全部自分がやったと書いてあった。となると、重要参考人はもう必要なくなる。狂言かと疑われる可能性もあるが、まぁ状況的に羽根塚由々実が犯人だとして決着するだろう。そうなれば、その友達は解放されるってわけだ」


「そうだよね」


「なんだ。事件が解決したっていうのに、まだなにかあるのか」


 エクボが黙ると、このトイレは実に静かだ。


 その静かな沈黙が、弁当を食べるトイレ飯の音を目立たせる。


「解決…… したのかな」

 エクボは、純粋に疑問を投げかけた。


 トイレ飯は箸を止めることなく、「解決した……、とするべきだろう」と答える。



「そっか……」


「仮に、だ。事件が解決していなかったとして、お前の目的は友達を救うことだったんだろ? だったら解決をどうこういうよりも、解放されたことを喜んでやるべきじゃないか」


「確かに」


 エクボは、トイレのドアを開けると個室の外へと出た。


「珍しいな。今日は先にいくのか」


「うん。ありがと……トイレ飯」

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