第6話

「あ、これ……梶原先輩のグローブ……くんかくんか、たっはぁ! くっせぇ!」


 先輩のグローブを匂って、今日も気合いを入れるよ!


「くんくん……はぁはぁ、梶原先輩」


 汗臭くて死にそうだよ! でもそれがいい!



 うちの野球部は、週に二回しか練習しないのに、部室にはほぼ毎日いるんだぜ!


 放課後だけだけど、煙の匂いが充満してるんだぜ! 内緒だぞ!



「さぁて、今日も甲子園目指して頑張ろう!」

 僕が、やる気満々でバットをカチカチにしてグラウンドに出ると、やっぱり誰もいない。


 この解放感がたまんないんだよなー!



 べちょり



「ん、なんだ? 気持ち悪いな」


 部室のドアを閉めた時、なんかぬちゃぬちゃした液体っぽいのが手に触れた。


「……ペンキ?」


 手についていたのは、真っ黒なペンキだったぞ! なんでそんなもんがドアノブについてるんだぞ! ぷんぷん

 そう思ってプンスカ具里三は、部室のドアを見たよ。



「ん、なんだこれ…… う、うわおおおおおお」



 尻餅ついたよ!



 腰が抜けてバットが折れたよ!



「ひぃやあああああ!」



 ずらりと並んだ部室の壁に大きく、訳の分からない文字が書いてあったんだよ!


『アヤカシ ユキカゲ』

 と、具里三の視点でご覧いただいたが如何だったろうか。


 チャーミングなイガグリBOY・具里三が見た謎の言葉。



 この言葉の出現により、また学校はパニックとなった。



『え~、今朝、非常に悪質ないたずらが部室舎に為されていました。陸上部からカバディ部までにかけての、4室に跨るドア・壁にペンキで大きく落書きがされていたのです!

 昨日のような事故があった後にも関わらず、このような人道に外れた行動を取る人間が、我が録路高校の生徒の中にいるとは考えたくありませんが! しかし、しっかり全校生徒が安心できるために、クラス単位で聞いていきたいと思っています!』

 2日ぶりに晴れた朝、例の落書き騒ぎのため緊急に朝礼が行われた。


 喋っているのは教頭であるが、昨日の何時来の件を【事故】と言いきってしまうあたり、よほど風評が心配なようだ。



 口では『生徒を疑っていない』ようなニュアンスで話しているが、中身をじっくりと聞いてみると『いらん時にいらん事してくれんなガキ共め。どうせお前らの誰かがやったんだろ』という、ファンタスティックなメッセージが伝わってくるようだ。


「す、すみませぇん……!」


 教頭が喋っている途中、教師たちの列に由々実が謝りながらやってきた。

「お、由々実ちゃん遅刻かな」


「由々実ちゃん、パニクってるとこもかわゆす!」


「おいどんは、由々実どんをお慕い申してごわす」



 由々実の遅刻にいちいち反応する生徒達は、口々に言い合うが、不思議とこれも男子生徒ばかりである。私も由々実たんにはお慕い申しておる派ではあるが。


 汗で貼りついた前髪を分けながら、由々実は慌てているようだった。


 何度も隣の教師に頭を下げている光景に萌える。

 その朝礼の列の中、エクボは考えていた。


 

 この落書き騒動を上手く利用すれば、ムシロの潔白が証明されるのではないか。


 なぜなら、もしもムシロが何時来を殺した犯人とするならば、この落書きを書けるはずがない。落書き犯と殺人犯が同一人物だという前提さえあれば、きっとそれは可能だ。


 しかし、教頭が朝礼台の上で話したように、『悪質な悪戯』だという可能性も、十二分に高いといえる。


 どういう内容が書かれたのかは知らないが、どちらにせよこの落書きだけでムシロを開放するのは至難の業であると、エクボは諦めた。


 しかし、腑に落ちないのは貉の言葉。


『人より酒がダメなのに、酔っぱらっていた』というムシロ。


 事件の当日、エクボはコンビニでなにかを大量に買い込むムシロと何時来を目撃している。



(コンビニで一体、何を買った……?)



 そもそも、何故夜の学校にいたのか。なぜ、離れ離れの場所で発見されたのか。


 ……なぜ、ムシロが重要参考人なのか。


 教頭の禿げ散らかした頭部を見詰めながら、エクボは考えを巡らせるばかりだった。


 エクボが教室に入ると、どこから情報が漏れたのか、教室内は何時来の死の話題で持ちきりだった。


 クラスメートの死という、非常識的で悲劇的な話題に、様々な反応が伺える。



 余りのショックに泣きだしてしまう女生徒。


 興奮気味に犯人捜しを講じる男子生徒。


 こそこそと噂話に花を咲かせるグループに、興味なさそうにノートや漫画に向かうぼっち生徒。



 本来ならば、エクボもこのぼっち生徒のカテゴリに入るはずだったが、ムシロが関わっているだけにそうはいかなかった。

「犯人は絶対に鍼埜だって!」


 犯人捜しを面白がる男子生徒の一人が、ムシロの名をあげる。


 いつも一緒に居たムシロが学校にきていなければ、このような推測に辿り着くのは当然といえる。


「ほら、あいつってケツ軽そうじゃん! だからさ、男がらみだって!」


「ぎゃはは、有り得る! っていうか、勝手にやってろってな」


「ひっでー! ははは」



 エクボに取って、これほど不快な会話はなかった。


 タブレットを取り出し、呪いフォルダを開くと男子生徒達の名前を書きこんでやろうと、タップする。

「あ……」


 すでに登録済みであった。


 むしろエクボは手あたり次第に呪い過ぎていて、ムシロを除くクラスメートはほとんど記載済み。


 そりゃ友達も出来ない訳である。



「っつか、あいつ友達いなそーじゃん! 性格悪そうだしさー! 勝手に仲間割れしてくれてラッキー、みたいな?」


 男子生徒の心無い一言にエクボはブチ切れた。



「おい、貴様たち。先ほどから聞いておれば、好きなことを……」


 男子生徒は面倒臭そうな顔つきで振り返ると、「ああ? なんだよてめェ」などと悪態をつく。


 ……が。


「いっ!?」


 エクボを見た男子生徒は、顔を真っ青にして凍り付いた。圧倒的な恐怖を感じた時にだけ見せる、そう……あれである。



「貴様たちのような、人間の皮を被った輩は万死に値する。この私が、その頭蓋を巨大三角定規で叩き割り、脳漿を啜り倒してくれるわ」


「せ、世紀末覇者……!」


 次の瞬間、エクボの巨大でモーニングスターのような拳が男子生徒の一人の頭を、地上5階から落下させたスイカの如く破裂させる。

「くくく、勢い余って粉々にしてしもうたわ……! これでは脳漿をすすれぬ」


 クラスメートの頭が車の安全装置のCMみたく、破裂したのを見てすっかり怯えた他の男子生徒は、ズボンに琵琶湖を作りながらあわあわと言葉にならない嗚咽を漏らした。


「よもや怯えているのか。うぬらは、死を軽く見た。そして、死者を冒涜したのだ。それゆえに、惨めな死こそふさわしい。

 この羅将神エクボが直々に屠ってやるから、有難く想いながら逝くがいい」


 男子生徒は「びみゃっあっあっ!」と叫び声を上げると、全身を幾百の破片に散らばらせ絶命した。


「す、素敵だ……」


 それを見ていたのは、エクボが嫁と崇める天塚ミゲル(代表作『盗っとこハム二郎』。

「ミ、ミゲルきゅん……(とくん)」


「君のような正義と信念を具現化した女性を探していたんだ」


「でも私……私は、肉体改造を失敗した清原みたいな体に……」


「ああ……だが、それがいい……」


「ミゲルきゅん……一緒に、一緒に」


「うん、コミケにいこう」



 エクボとミゲルはずっと抱き合ったまま……、卒業すると小さな蕎麦屋を営みその人生を


「いない人の悪口を言うなんて卑怯者だね! ふんっ」


 エクボの妄想を強制終了させたのは、同じクラスの耳園 海驢(みみぞの あしか)であった。


 海驢がここで現実に戻してくれなければ、危うく今作は世紀末覇者と草食系男子のラブコメで終わるところだった。くわばらくわばら。



「な、なんだよ……耳園。お前はあいつらのこと好きなのか」


「好き嫌いじゃなくない?! 大体、普通は喪に服すのが当然じゃないの。ほんっと男子って単細胞のガキなんだから。ふんっ」


 おお、この新キャラはどうやら語尾に『ふんっ』を言うツンツンキャラのようだ。

「耳園……さん」


 妄想で気に入らない男子生徒をジェノサイドすることしか出来ないエクボには、海驢の行動は眩しかった。


 ショートカットで男勝り。それでいて長身で、バレー部期待のルーキー。


 誰からも好かれる活発な性格と、サバサバした性格から、他の生徒からの人気も厚い。



 人気がある……という理由で、エクボの呪いノートに名前を追加されるほどの人材である。


「海驢、すごいねー! 男子たじたじじゃーん! よくそんなはっきり言えるよね」


 戻ってきた英雄を女生徒たちがキャイキャイと迎え入れる。

「ううん、そんなことないよ……。誰かが言わなきゃダメだと思ったからさ。あ、そうだ。昨日チョコ作ったんだけど、食べるかな」


 女生徒たちは、お菓子まで作れる海驢にキャーキャーと騒ぎながら、チョコに舌鼓を打った。


「おいしーい!」


「最高―!」


「嬉しいな……そんな風に喜んでもらえると」



 うん? なんだこの態度は。まさかとは思うが海驢は……。


「海驢ってさー、ほんっと女子には超優しいよねー! もしかして、女の子好きとか?」


「ちょ、何言ってんの?! べ、別にあんたたちの為に作ってきたんじゃないんだからねっ!」


 うっわー。


 エクボを覗き込んでみると、タブレットの呪いフォルダ【耳園海驢】の項目に『チョコ作りがうまい』と書き足していた。暇か。



「けど海驢、確か何時来と中学一緒だったんだよね」


「まぁね。けど今はそんなに付き合いはないよ」


 海驢は女子と話す時は「ふんっ」を言わないらしい。分かりやすいのか分かりにくいのか、分かりにくいキャラである。


 ともかくとして、何時来の話題を話す海驢たちの話に、エクボは耳を澄ませてみた。

「中学の時は一時、仲良かったんだけど。何時来はバスケ部で、あたしはバレー部だったから。同じ体育館で近くてね」


「ええ、何時来ってバスケ部だったんだ! っていうか、部活なんてやってたんだね」


「うん。でも、ちょっとあの子にとって大変なこと起こってね……。自業自得っちゃそうなんだけど」


 海驢は分かりやすく声のトーンを暗くさせて呟いた。その話し方を聞けば誰でもなにかあったのだと気付くというものだ。


「なにがあったの? 教えてよー海驢―」


 女生徒の甘える声にグラッときつつも、海驢はそれ以上話すことなかった。


 ただ、ひとつ気になる言葉だけを残して。

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