第5話

 荒崎は難しそうな顔で黙り込むと、次の言葉までを溜め……。

「事故死だ!」


「ええーー!」


 刑事ドラマのような、渋い展開を期待したのだが、文字通り【相棒】とはいかないようだ。(ここで笑わなければ、しばらく笑う箇所はないので、笑っていただきたい)



「し、しかし荒崎さん! 本件では重要参考人として、ガイシャの同級生が連行されています! 現在、彼女も酩酊状態で正気に戻るのを待っている段階ですが」


「ゲイシャ? 寿司?」


「ガイシャ!」


「なにィ!? じゃあ、そいつが犯人じゃないか! すぐに捕まえるぞ!」

「捕まってるって言ってるでしょ!」


「そうか、じゃあ行くぞ!」


「同級生が入院している病院ですね!」


「いや……、昼飯だ!」



(真面目に仕事しないから中途半端な出世しかしないんだよ……)


 狭山は心の中でそうぼやくと、他の鑑識にあたっている署員たちに声をかけ、外へ出た。



「そういえば、鍼埜はどうした」


 頭の中は、カツ丼と天ぷらそばのセットで良いパイの荒崎は、姿の見えなかったうるさい部下のことを訪ねた。

「鍼埜ですか。そうなんですよ、実は……重要参考人の同級生なんですが」


 含みのある狭山の口ぶりに、荒崎は「あん?」と興味を示し、耳をピクつかせる。



「それが……鍼埜の妹、らしいんです」


「妹だァ?」


「ええ、なので身内が関わっている事件に奴を配置することは出来ないので、今回は外しました」


「身内が犯罪者になっちまうたぁ……。若いのに残念だな。あいつの出世はねーな」


 残念そうな顔ではない荒崎の脳裏は、天ぷらそばに玉子をつけるかどうかで一杯だ。

「ん、あいつは……」


 天ぷら玉子の荒崎の目に、校舎の影からこちらを見詰める男子生徒が目に入った。


「おい、お前。なに見てんだ」


 荒崎が遠目に声をかけると、生徒は見つかっていると思わなかったようで、肩を大きく鳴らすと「い、イエ! 僕様は!」と、カクカクとした動きでその場を離れようとした。


「高高田! なにやってる下校命令が出ただろう!」


 海女さんがつける大きな水中メガネを思わせるゴーグルをつけ、綺麗なセンター分けの男子生徒は慌てふためくと、「イエ! 僕様は、僕様はなにも」などと言って駆け足で去っていった。

「先生、あの生徒は?」


 天ぷら玉子はたった今、生徒に注意した教師に明らかに怪しい動きをした生徒について尋ねた。



「あ、刑事さん。……あの生徒は、高高田 損(たかたかた そん)、化学部と技術部を兼任する3年生です。見ての通り変わった生徒ではありますが、悪人ではないですよ」


(まぁ、自分とこの生徒を悪く言う教師なんぞいないわな)


「そうですか、ちょっと聞いただけですよ。またなにか新しい情報なんかあったら、教えてください」


 そういうと、天ぷら玉子はオプションでミニ鉄火丼をつけることを決めた。




「ああ、そうだ。ムシロが本件の重要参考人として連行された。……っていってもまだ意識を取り戻してないけどな」


 ムシロの兄、貉はエクボに言った後、ちぃ! とエリート戦士のような舌打ちをした。


「……え? 連行って」


 エクボが思わぬ返事に目を丸くし、言葉を詰まらせる。今聞いたそれが、なにかの聞き間違いだと無理矢理思い込もうとしたらしい。


「つまり、【ムシロが奏寺何時来を殺した犯人】だって思われてるってことだよ。バカバカしいだろ」


「ええ……バカバカしいです……そんな、大それたことを出来るバカじゃないです……」

「そうなんだよ! あいつバカだから、殺しが出来るようなバカじゃないって! 他の刑事の連中はそれがわかんねーんだ!」


 あいつバカだから…… 殺しが出来るようなバカじゃない…… つまりどちらもバカということだろうか。



「それはそれとして、意識が戻ったら……ってことは、今ムシロはどうしてるんですか?」


「聞いてくれるか!」


 警察の人間として、普通話してはいけないようなことを、ストレスからかそれともバカだからか、貉はエクボにポンポンと話しまくる。


 貉が鼻息をシューシューと放出しながら、興奮気味に話す中、エクボはタブレットの録音アプリがちゃんと動いているか確認した。

(――うん、ちゃんと録れてる。くくく)


 恐ろしい。実に恐ろしい少女である。



「俺のところには事件の情報はほとんど下りてきてないから大したこと言えないけどな」


 と、前置きをした貉だったが、それを聞いた我々としては『知っていたら教えてくれるのかしら』だなんてついつい思ってしまう。


 そんな男がいたらただのバカではないか。


「知ってたら全部話すのになー」


 バカなようだ。



「俺は現場に居合わせなかったんだけどな、ムシロのヤツ、どうやら酔っぱらってたみたいなんだ」

「酔っぱらって?」


「そうさ。だからよ、余計有り得ないわけ。俺もエクボも親しい人間なら知ってるよ。あいつは、甘酒でもダメなくらいアルコールにはめっぽう弱いってことを」


 エクボは、いつかの正月にムシロの家に呼ばれた際、二人で甘酒デビューしたことを思い出した。


 エクボには美味しいと感じた飲み物だったが、ムシロはアルコール分が飛んでいる甘酒を飲んで、失神したのだ。とにかくムシロは失神するのだ。


 貉が言う通り、彼女を知る人間ならば、すぐにわかる。酒が飲めるはずがない、ということを。


「酒の飲めない……まぁ、未成年だから当たり前だけどよ。そんなムシロが酔っぱらってるなんておかしいだろ」

 ムシロが重要参考人として連れていかれたことも寝耳に水だったが、貉の話を聞いてムシロが何時来の死に関連していないという確信を得た。



「それにしても、よ。よく俺のところにきたな」


 貉は、煙草に火を点けると美味そうに深く吸いこむと、白い煙を吐き出す。


「ムシロは、友達だから……」


「そうか。あいつは友達多そうに見えて、バカだからな。あいつにとっても、エクボは特別だったみたいだ」



――ここで、エクボが貉の家にやってきたまでの経緯を説明せねばなるまい。



 怪談トイレでトイレ飯に、あったことを話したエクボに、彼はこう話したのだ。




「なるほど大体分かった。つまり、お前の友達の行方が分からないから、どうにか安心したい。簡単に言えばそういうことか」


「うん」


「その刑事の兄貴に聞けばいいじゃないか」


「簡単に言うけど、刑事だし事件のことなんか話してくれるかな……」


 当然のように提案したトイレ飯の案を、エクボが思いつかなかったわけはなかった。


 だが、エクボ自身も言った通り、貉が刑事であるという性質上、いくら妹のことだとはいえ、簡単には話してくれない……。そう思ったのだ。



「言い分はわかるが、その兄貴もバカなんだろ? だったら規則よりも感情が優先で動くはずだ。今のところ、妹になにか容疑が確定した訳じゃないから大人しくしているだろうが、もしも妹が【犯人】として確定してみろ。

 きっとバカがバカたる所以となるような行動を起こすはずだ」


「そんな……貉兄さんがそんなことしちゃったら、私……更に病む」


 病んだ。

「だがそれは、刑事という立場なのにも関わらず情報が降りてこない、悶々とした気持ちを溜めた挙句のことだ。

 そこまで溜まりに溜まった感情が、『妹が犯人として確定した』という最悪の引き金で放出されてしまうと、恐らくは刑事という立場も危うくなるだろうし、場合によっては自分も警察のお世話になるかもしれないな」


「……やっぱり、私なんかなんの役にも立てないし、むしろ私ごときがなにかしようとしたせいで、民主政権が世の中をひっくり返して、再び日本は戦争に巻き込まれて、私はFPSで最初の方に出てくるザコのように、流れ弾で……ああ、違う。私なんてザコにもなれない民間人で」


「落ち着け」


 弁当箱の蓋を閉めると、ぱちんと手を鳴らす音。

「ごっそさん」


「え、行っちゃうとか?」


「ああ、飯は食ったしな。それに俺はこの時間しかこの場所にいない。なんてったって俺に取っての食堂だからな」


 立ち上がるような気配を感じ、エクボは焦った。


「あ、あの……オカズまだあるんだけど!」


「残念だったな。俺はご馳走様をしたらもう食わないって決めてるんだ。というか、人からもらうオカズは一品だけとも決めてる」


「そんなぁ……。じゃあ、私はどうすれば」


「俺はもうどうすればいいか言ったはずだ。その兄貴のところに行って来い」

「そんなこと言われても、貉兄さんの家なんて知らないし、独り暮らしかどうかも……」


 その時、ひらひらと一枚の紙が隣の個室から舞い落ちてきた。エクボの弁当の上(ウインナーとブロッコリーの間くらい)に落ちたその紙は、トイレットペーパーの切れ端のようだった。



「ちょ、汚…… こ、これって……」


 トイレットペーパーには何かが書いてあるのに気付くと、エクボはそれを手に取るとそれ以上の言葉を無くした。



 隣のドアが閉まり、去っていく足音。


「待って!」


 慌てて個室を出てトイレ飯を追う。

「……いない」


 だが、トイレ飯は怪談トイレを出た廊下にも、彼が居ただろう個室にもいなかった。


 一瞬の内に消えたように。まるで、幽霊のようだった。



 エクボの手の中で、貉の家の住所が書かれた切れ端が、汗で湿っていくのを感じながら、しばらくその場に立ち尽くしていた――。

■死んだあの子とアヤカシユキカゲ


録路高校生徒に聞いた 嫌いな教科ベスト3


1.物理

 物理好きは変人だと某探偵ドラマの影響か、問答無用に偏見をぶつけられる!

 小石とかで道端に数式書き始めたら君はもう立派な変態だ! 実に面白い!


2.外国語

 俺たちゃ日本人! アイスピーキンジャパニーザ!


3.化学

 将来生きていく中で最もの必要が無いと、化学者が聞いたらノーカウントでナックルパートを喰らわせられるほどの失礼意見!

 酸素はH2Oだぞ! Hじゃないぞっ!





 やあ、僕の名前は伊賀 具里三(いが ぐりぞう)!


 この録路高校に入って、念願の野球部に入部した1年生だぞ!



 うちの高校の野球部は、髪型自由だけど、敢えて坊主にしたんだ! でも、それが逆に浮きまくって、SNSに悪口書かれ過ぎてでっかい十円ハゲが出来たんだ! あは!


 そんな具里三、ほかの野球部の先輩や友達に負けないように、誰よりも早く来て朝練してるぞ!

 我が録路高校は、全く野球に力を入れておらず、週に2回しか部活の練習しないけど、それでも僕は甲子園を目指しているんだ!


 甲子園に出て、ジャイアンツ……は贅沢だよな、オリックスあたりにドラフト指名されて、FAするんだ!(FAわかってない)



 そのためには、僕ひとりでも頑張って、チームを甲子園に連れていくんだぜ! かっこいいだろ!?


 だから、今日も早く来て素振りとかするんだぜ! あと、壁打ちとかもするぜ!



「くんくん……」


 このグローブの匂い、たまんないぜ……。

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