第3話
「しまった……」
エクボは傘を忘れた……というか、持ってきていたが盗まれたっぽかった。
しかし、エクボが放った「しまった」という言葉は、傘を盗まれたことではなく、部員が話している『魔法少女クレインさくら』の新話を録画し忘れていたことに気付いたからである。
(待て……落ち着け、落ち着けエクボ。確かあの番組はPPS系列だから、今日のSKYチャンネルで再放送があるはず。それは、えー……っと、17時だったっけ)
人殺しの目で雨のグラウンドを見詰め、エクボは考える。
「あ……」
風を斬る音と共に取り出したのは、タブレット。困った時に頼りになるのはいつでもこいつだった。
「頼むよメフィスト13世……(タブレットにつけた名前)」
祈るような気持ちで検索すると、無情にも画面には【再放送:SKYチャンネルにて17時】とあった。
水溜りを踏み抜き、蛙が飛び込むのを失敗したような水音でエクボは駆けだした。
時刻は16:15
エクボの自宅までは歩いて40分。
――イケル!
水も滴る喪女は、雨に濡れながら全力で駆けた。
途中、通りがかったコンビニ。袋をパンパンに買い物をした何時来やムシロを見かけた。
昼間に会ったばかりだから特に珍しいこともなかったが、エクボと彼女らはクラスメートだ。
昼間のあの一件以降、授業には出てないはず……。
「……」
急いでいたはずのエクボは、何故かその場で立ち止まり、ムシロ達を見た。
「……?」
エクボは、何時来とムシロを見詰めながら、言葉では表しようのない、不思議な感覚を覚え、べっとりと雨で貼りついた前髪を横に流す。
「ん、あそこで見てるのって」
見詰めるエクボに気付いた何時来が、彼女を指差しなにか言っている。
「あ、しまっ……」
反射的にエクボは目を逸らすと、再び家に向かって走り出し、遅れて目で追ったムシロは、エクボの背中だけを見送るのみであった。
「なんだよアイツ、やっぱり気色悪いな!」
「ああっ、OP見逃したぁ!」
リビングのテレビにかじりつくエクボは、ジャージに着替え、濡れた髪をタオルで拭きつつ、涙声で叫んだ。
もはやこれは断末魔といっていい。
「あら……お帰り、エクボ。今日は誰を呪ったの」
「今日は二人しか呪えなかった。それよりママ……」
「ああ……クレインさくらね。大丈夫よ。ちゃんと録画失敗してるから」
エクボは「呪呪呪……」と泡を噴きながら、OPが間に合わなかったアニメを見詰める。
「うう……今日はぼたんのエピソードで外せない日だったのにぃ……」
「そんなアニメより、ママと鬼平犯科帳のDVDコレクションを見ましょうよ……ちなみにママ今八週目」
「そんな時代劇はいいよ。時代は『マエストロ聖矢~シャンパンcallはハニーハント~』みたいな甘甘スーパー男子なんだから。(八週目)」
この光景をご覧いただければ、お分りかと思うが、母親も立派な喪女属性である。家の空気が基本的に暗い為、父親はたまにしか早く帰らない。(大体、ネットカフェで時間潰してから終電で帰ってくる)
「それにしても……」
トイレの男と、何時来達を見た時の気持ち悪さ……。あれは一体何だったのだろうか。
エクボは頭にかぶったバスタオルの端を見詰めながら、妙に引っかかる二つのことについて考えた。
「……別にどうでもいいんだけど」
独り言にて納得すると、瞳をテレビに戻すと今週の胸アツポイントを見逃していた。
「ファッッ!?」
――夜になって、雨は更に激しく降り続いた。
幸い風は無かったので、雨音だけで済んだが、キッチンのダクトの屋根に溜まった水滴がリズミカルに落ち、その音がやけに不快だった。
雨が降る度にその不快な音がなるので、エクボは決まって雨の日には、部屋のクローゼットに籠る。……え? 何故かって、さあ?
「ふぃ~……落ち着くなァ。私みたいな非モテで非リア充の目の下にクマが年中あるような、JKにもなれない女子高生は、発見されないまま3カ月がたった白骨死体で見つかればいいんだ。このクローゼットで見つかれば……。
第一発見者は家族じゃなくて、次に引っ越してきた家族(二世帯)の夫方の祖母が……」
エクボが訳の分からないことをぶつぶつと呟きながら、イヤホンで声優の歌を聴きながらまとめサイトを見ていると、ふとトイレ男を思い出した。
「そういえば、あの男子……天塚ミゲルに声似てたな……」
エクボはそう言って、数秒考え込むと「エクボ、俺が守ってやるよ」となんかよくわからないが自分の声で言った。
「くくく、くくくく、くくくくく……」
喜んでいるらしい。
翌日の朝も、雨は降り続いていた。
何が悲しくてそんなに泣き止まないのかはわからないが、とにかく空はしつこく泣き続ける。
あの規則正しくリズムを刻む雨音に起こされたエクボは、朝から機嫌が悪かった。
昨日の雨がまだ降っていることと、トイレ男、そしてしっくりこない昨日のムシロたち。
もう一つ言うなら、差したつもりの充電ケーブルが差さっておらず、充電が出来ていなかったタブレット。
「……今日の天気」
『今日の天気は、四六時中雨、真っ盛りです』
「……はぁ」
なんか変な日本語を言ったタブレットの音声に一切突っ込まず、エクボは雨の中傘を差しながら器用にタブレットを操った。(良い子は真似したら即逮捕である)
充電が危ういので、エクボはいつもより少し手前でタブレットをカバンに直した。いつもは校門の直前までいじっているのだが、校内で充電できないため、節電……というわけだ。
「……!」
その時、なにかヒンヤリとした感触がエクボの背を横切った。
思わず一瞬肩を引き攣らせて立ち止ったが、すぐに体勢を戻すと歩き始める。
「今の霊だったな……」
どこかでも紹介したが、エクボは霊感が備わっている。その力がどのくらいのレベルなのかは、私にも彼女自身にも皆目見当はつかないが、感触的に霊が通ったとかなんとかはわかるのだ。
そんな彼女が、たった今、霊の存在を感じたという。珍しくはない……とはいえ、なぜ校門の近くにまで来てそんなことが……。
「おいお前らグラウンドには行くな! 真っ直ぐ教室に行け!」
校門の前で、教師たちが真っ青な顔で生徒達をグラウンドに行かせまいと、校舎に誘導していた。
「おい、なんだなんだ?」
すれ違う男子生徒が、がやがやと話しながら去ってゆく。グラウンドに続く通路が黄色いテープで遮られ、通れないように施されており、大人になり切っていない彼らも、それがどんな意味を持つのかを知っている。
「あ……」
テープを潜って現れた若い男。アシンメトリーな髪型が実にイラッとさせてくれる男は、どうやら刑事らしい。というかイキッているが、どうも下っ端臭が半端ない。
「貉(むじな)兄さん」
文字で見ると結構大きな声で言ったっぽい印象だが、実際はほとんど聞こえないほど小さな声でエクボは呼びかけた。
「あ? 誰だ? 呪怨的な奴か!」
「呪怨……? ああ、確かに……そういう感じ……かも。くくく、くくくく」
貉と呼ばれた刑事は、エクボの気味の悪い笑い方でピンと来たようだ。
「あ、あれ!? もしかして、エクボか?!」
「くくく、くくくく……相変わらず貉兄さんは面白いな。ネタにされたのに、嫌な気がしないんだもの……ううん、全然嫌じゃなかったわけじゃないよ。呪いノートに書くほどじゃないっていうかね……くくく」
背中の寒気を隠しながら、貉はエクボに近づくと彼女にだけ聞こえるように言った。
「ムシロと同じ学校だったのか。初めて聞いたぞ、ていうかな……俺はこの案件から外された。普通に考えりゃ分かるのにな、ムシロがそんなことするわけないって……」
エクボは貉が何を言っているのか全く理解が出来なかった。というよりも、貉がここに居ることも、外されたという意味も、ムシロがそんなこと……というのも。
「え、一体なにを……」
「あ、ああ、いいんだ。すぐ耳に入るだろ」
後ろで睨むナイスバーコードのメガネ男子……あ、違ういかつい中年(おっさん)の視線に追いやられるように、貉はその場から去っていった。
鍼埜 貉(はりの むじな)。
もうお気づきの方も多いと思うが、鍼埜ムシロの兄である。そして、現職の刑事だ。
「ほら、なにしてる! 教室に行け! 今日は運動部もグラウンドに行ってはだめだ! わかったな!」
割とわかりやすくパニックな教師たちに促され、エクボは言われた通り教室へと向かった。
エクボが教室に入ると、グラウンド側の窓に生徒達が貼りつくように群がっており、さながら人間ピラミッドのようだ。
クオリティはかなり悪いが、興奮している様は中々面白い。
一体みんな、なにを見ているのか分からなかったが、エクボが入る隙間もなさそうだったので、仕方なく充電の少ないタブレットのカメラ部分を生徒達の隙間に差し込み、自らの目ではなくタブレットのカメラに収める。
「うわあああ!」
「きゃああああ!」
一体何が起こったのか、窓に貼りついた生徒達が一斉に悲鳴を上げた。
とりあえず、動画の停止を押して自分の席について再生してみると、グラウンドの真ん中にブルーシートで囲いがしてある画像が映し出された。
「……なにこれ」
じっと見ていると、突風に煽られブルーシートが一瞬舞い上がり、録路高校の制服を着た女子らしき人影が横たわっているのが見えた。
「みんなが騒いでたのはこれか……」
――ん、ということはどういうことだろう?
黄色いテープ、ブルーシート……そういえば、ブルーシートの周りや中に沢山の警察がいたな。
もう一度、再生してみる。
風でブルーシートが捲れた直後、画面がブラックアウトし、真っ暗になった。
「わ!」
……どうやら充電が落ちてしまったらしい。
しかし、唐突にブラックアウトしたおかげで、やけに一瞬だけ見えた生徒が目に焼き付いてしまった。
「あれって……」
一瞬だけ見えた、その人影にエクボは見覚えがあった。そして、校門の直前で感じた霊の気配。
「おおい! お前ら席につけ! 今から大事な話があるから、……コラァ! 席につけと言っているだろう!!」
担任の教師ではなく、副担任の教師がクラスの生徒達に大声で怒鳴り、従わせようと躍起になっている。
そんな騒がしい教室の中、エクボは一言誰にも聞こえない声で呟いた。
「奏寺 何時来……」
その日は、エクボたちに教師から大した説明はなかった。
ただ、混乱が予想されるため、午前中は平常通りの授業が行われ、午後からは休校になった。
ただ、エクボには気になっていたことが一つ。
――ムシロと、何時来の姿が終始なかった。
それがなにかを物語るように、ただ一人登校していた女生徒Aは、2時限目の途中で教師に呼ばれて消えたまま、帰ってきていない。
「ムシロ……」
エクボの喉は渇き、喉の奥の粘膜がひっ付き合い、気持ちが悪い想いをしつつ、それすら気にかからないほどにムシロを思った。
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