第10話 もうすぐ満月
あと3時間で夜の12時になる。だんだん緊張が高まってきていた。みんなもそのようだった。京子でさえも。
係長の提案で、森中さんと林さんを事務室待機にして、制服警官二人は館内を巡回することになった。
私と京子と係長は宝の間で警戒していた。といっても、私と京子は紅茶を飲んでいたし、係長は缶コーヒーを嬉しそうに飲んでいた。冷静でいられるよう、気分が高揚するのを抑えるためだった。
「おう、気を抜くなよ」
「はい」
「はーい」
時間は過ぎていく。10時40分。係長は簡易椅子から立ち上がって、腰に手を当てながら室内をぶらぶらし始めた。制服警官が宝の間の前を通っていった。係長は台座の真正面に立ち、黄金のマスクをじっと見ていた。まるでにらめっこをしているようだった。
「天才芸術家、丘元次郎か……」
時計を見たら、11時20分だった。係長は入り口横の壁に肘をつきながら、廊下を見ていた。私も京子もだんだんと居ても立っても居られなくなってきた。私は立ち上がって係長の側へいった。
「係長、あと40分もありません。一体、怪盗一面相はどうやって黄金のマスクを盗むつもりなんでしょうか」
「おう、もしかしたら、すでに誰かに変装して館内にいるかもしれんな」
「え?」
「あー、ありえるわねー」
「おう。磯田、お前、本人だって証明できるか?」
「えー、難しいですねー」
「だな」
「じゃあー、係長は証明できるんですかー」
「おう、それは、だな、そうだな、俺の場合は、この超絶肉体美を見せることで俺自身だと証明できるな」
係長はそう言って上着を脱ぎ捨てて、ネクタイを外し、次にズボンのベルトを外そうとした。
「セクハラ相談窓口に通報しますねー」
京子は速攻でスマホをいじり出した。
「おい、こら、磯田、冗談だよ、冗談。だから、お前も脱げ」
「はぁー、通報しまーす」
京子はスマホを耳に当てて、本当にセクハラ相談窓口の担当と今にも話しそうな感じだった。
「おい、待て、待て、待て」
普段のおバカな会話が行われた。
「あ、あの、こんな時に……でも二人とも間違いなく本人ですね」
私は呆れていたが、この二人が本物だということが証明されて安堵してもいた。
「おう、香崎、お前はどうなんだ?」
「そうねー、小春が怪盗一面相かもしれないわねー」
「え?」
「あ、そうだー、小春ー、夏子ちゃんが一昨日レンタルしてきたホラー映画、何ていうやつかわかるー?」
「え? 何で、京子」
「本物の小春ならー、わかるはずだけどさー」
「えっと、たしか、『14日の誕生日』と『メリーに首だけ』だったかな……」
「どこでレンタルしたやつー」
「たしか、夏子はいつも新都心線の◯◯駅の中のアイビーストアーでレンタルしてくるはず」
「小春ー、合ってるわよー、良かったー。さっき、夏子ちゃんとメールしてたのよー」
京子は私に抱きついてきた。それを見て係長は嬉しそうな顔をしていた。
「おい、香崎、磯田。俺を殴れ! 俺はお前たちを疑った。俺を殴れ!」
係長は半笑いでわけのわからないことを言い出した。
「は!?」
「はー?」
「俺を殴ってくれないと、俺はお前たちと抱き合うことができない。俺を殴れ!」
私と京子はものすごく冷静に係長の言っていることの意味が理解できなかった。
「あのー、絶対に抱き合いませんけどー、殴れって言うから、殴っときますねー」
京子は瞬時に腰を深く落として、空手の型をとった。そして瞬きもしない内に強烈な裏拳を係長の右頬にお見舞いした。
「お、お、おぅ……」
係長は床に膝をついた。
「お、お……」
「係長、大丈夫ですか!」
私は係長を抱え起こした。
「あ、寸止めするはずだったのにー、まあ、いいかー、係長だしー」
「ちょっと、京子!」
「小春ー、係長を抱き起こしてるんだけどー、それ、きっと計算の内じゃないー」
私はそう言われて気づいた、係長が若干ニヤついていたことに。私はすぐに係長を床に落とした。ただ、係長は右頬を押さえて本当に痛そうにしていた。
「あ、あの、私たち、こんな時に何をやっているのかしら……」
時間は過ぎていく。11時50分になった。
「おい、気を抜くなよ」
11時55分。係長も京子もそわそわし始めた。私はこの時になってもまだ武者震いが止まらなかった。57分、58分、59分。そして、深夜0時になった。
私たち三人の腕時計のタイマーが同時に鳴った。スマホでも時間を確認した。ちょうど0時で間違いなかった。
まさにこの時が、満月になった瞬間だった。怪盗一面相は私たちの前に姿を現さなかった。
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