第9話 招かれざる客

 何事も起きずに、夕方になった。館内で交代で夕食を取った。食後、私たちは宝の間に戻り、ティータイムが始まった。京子と一緒に隣同士、壁にもたれて座って、紙コップを使ってティーバッグの紅茶を飲んでいた。高校の文化祭を思い出して、少し楽しい気分になった。しかし、係長は、自販機のコーヒーが売り切れていたため、ペットボトルのお茶で我慢しているようだった。

 

 雑談しながら、時間は過ぎていった。夜の8時になった。

「う、やべえ。腹がやべえ」

 係長はお腹を押さえながらトイレへ走っていった。入れ替わりに、森中さんと林さんが宝の間へやってきた。

「あの、刑事さん。また昨日の刑事さんが玄関に来られたみたいです」

「え、高木先輩が、また来た……」

 私と京子は玄関へ行った。


「ホントだー、高木先輩ねー」

 玄関ドアの向こう側にいる先輩を見て、京子は急にスマホをさわり始めた。

「香崎、磯田、俺だ」

「先輩、怪盗一面相が変装している可能性がありますので、確認をさせて下さい」

「いや、俺だ、高木だよ」

 高木先輩は半笑いで訴えていた。この状況を見て、制服警官二人が怪しさを感じて、玄関前のパトカーから降りて警戒しながら近寄って来た。それを見て、事務室からも制服警官が二人とも出てきた。

「先輩ー、今日退庁してからー、ここに来るまでの間にー、ラブホ街にいましたよねー」

「え、何言ってんだよ、そんなとこ行くわけないだろ」

「えー、じゃあー、本物の先輩じゃありませんねー。捕まえましょうかー」

「いや、待て、そういえば、ラブホ街、仕事で通った気がする」

「ホントですかー。なんかー、小一時間、同じ場所に留まってましたよねー」

「あ、そうだ、聞き込みで、同じラブホテルにいたんだよ。1時間くらい。だから、仕事だよ、仕事」

「えー、仕事ですかー。自分の車で行ってたのに、仕事じゃないですよねー」

 高木先輩は後ろを振り返り、街灯に照らされた自分の車を見て動揺していた。制服警官は全員失笑していた。

「磯田、お前、何でそんなこと知ってんだよ」

「えー、先輩のスマホにー、位置情報追跡アプリを入れて監視してたんですよー」

 私も高木先輩も目が点になった。

「え、お、おい、お前、それ犯罪だろ」

「京子、それ犯罪よ」

「いいのよー、先輩のあくどい事、いっぱい知ってるからー」

 それを聞いて高木先輩は唾をごくりと大きく飲み込んだ。京子は涼しそうな顔をして平然としていた。

「おう、高木!」

 私たちの後ろから係長の声が飛んできた。

「あ、係長。何とかして下さいよ。疑われてるんですよ」

「おう、そうだな。怪盗一面相の可能性もあるな」

「係長ー、ちゃんとホントのこと白状したからー、本物の高木先輩であってますよー」

「おう、そうか。買い出し頼んでおいたんだよ。ドア、開けてやってくれ」

 私は玄関ドアを解錠した。

「いやもう勘弁してくださいよ。何で公開処刑されなきゃならないんですか」

「すまんすまん」

「真っ暗闇の森の中を走ってきたのに」

 係長は高木先輩から缶コーヒーがたくさん入ったコンビニの袋をうれしそうに受け取った。

「おう、わりいな。コーヒー飲めるぜ。じゃ」

 係長はそそくさと奥の方へ引っ込んでいった。高木先輩は困惑した表情だった。

「磯田、今度、飯おごれよ」

「サンドイッチくらいならいいですよー」

 高木先輩は悲痛な顔をしながら自分の車に乗り込んで帰っていった。

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