第8話 一晩経過

 私と京子は宝の間の左隅で、ビニールシートの上で毛布にくるまっていた。

「ねえ、小春ー。トイレついてきてー」

「え、一人で大丈夫でしょ」

「無理ーーー!」

 京子はヒステリック気味に声を上げた。

「おう、磯田、トイレくらい、一人で行けよ」

「無理ーーー!」

「何だよ、俺が一緒に行ってやろうか」

「死ねーーー!」

「いや、京子、死ねって、ひどくない?」

「おう、香崎、ついて行ってやれよ、俺一人で待機してるから」

「はい、係長」

 私はトイレまで京子に付き添った。まるで大勢の子どもを一度に相手しているくらいに精神的にかなり疲労した。


 時間は過ぎていった。私は、うとうとしたり、まどろんだりしながら、何とか眠りに落ちることなく頑張っていた。京子は時々目を覚ましていたようだが、基本的に眠っているようだった。係長は黄金のマスクの台座を挟んだ反対側で、ダンボールの上に寝そべっているようだった。靴がダンボールに擦れる音や、鼻をすする音が聞こえてきたので、係長も眠気と戦っているようだった。


 そして朝方、宝の間に大音量で演歌が響き渡った。

「キャーーー! 何の音ー!」

 京子がびっくりして飛び起きた。

「おう、すまん、俺の目覚ましだ」

 係長はだるそうにスマホの目覚ましタイマーを止めた。

「もうー、せっかく寝てたのにー」

「え、京子、寝てたらだめじゃない」

「あ、ごめんごめん、小春ー」

 私は黄金のマスクに近づいて確認した。確かにガラスケースの中にあった。

「係長、黄金のマスク、無事です」

「だよな。さてと、残すは今日だけだな。今日の深夜0時までだ」

 係長は気合を入れて起き上がって、ラジオの音なしで、ラジオ体操を始めた。


 私たちは、制服警官全員に館内に入ってもらい、朝食を取った。

「はあ、刑事さん、とりあえず、一晩越せましたね。ありがとうございました」

「森中さんも林さんも、仮眠を取って下さい」

「ええ、わかりました」

 よっぽど疲れていたのだろうか、二人ともすぐに事務室のソファに横になった。

 課長から係長に連絡がきた。所轄署からさらなる応援が来るという連絡だった。


 何も特別な事は起きず、正午になり、昼食を取った。それから宝の間に行き、ティータイムを満喫していた。簡易椅子に座り慣れてしまって腰が痛かったから、ビニールシートの上に座って紅茶を飲んでいた。係長は自販機でコーヒーが売り切れになっていたらしく、しょんぼりしていた。

「いやーーー! 何ー、なんかー、臭いー」

 京子は鼻をつまんで顔をしかめた。係長の方を見ると、納豆を食べようとしていた。

「おう、何だよ、納豆食って悪いのか。納豆はな、食べてから12時間、体中のパワーが増すんだよ」

 係長は本当かどうかわからないうんちくを披露した。

「おう、タレもからしもついてねえじゃねえか。高木の野郎、タレとからしが付いてないのを買いやがった」

 そこへ、林さんがひょっこりと現れた。

「あの、悲鳴が聞こえましたが……」

「あ、いえ、納豆の臭いに驚いただけです」

 私はみっともない言い訳をしてしまった。

「すみませんね。宝の間で納豆食べて。あ、納豆のタレとからし、さすがにありませんよね?」

「ありますよ」

「え、タレとからし、あるんですか?」 

「ええ、美術館ですから」

 私はまたどう反応していいのかわからなかった。林さんは納豆用のタレとからしをすぐに持ってきた。


 そうこうしていると、所轄署からの応援が到着した。パトカー四台で制服警官八名がやってきた。昨日からの応援の警官と交代で配置につくことになった。増えた二人は、事務室に配置ということになった。

 私と京子と係長は宝の間に待機することになった。

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