第5話 警備スタート

 職員が全員帰宅し、森の中美術館には、私と京子と係長、それに館長の森中さんと学芸員の林さんの五人だけがいることになった。みんな黄金のマスクのある宝の間に集まった。

「あの、素朴な疑問なのですが。次の満月は明日ですよね。具体的には、何時になるんでしょうか?」

 私は林さんに尋ねた。

「おう、香崎、いい質問だ」

「係長はー、黙ってて下さーい」

「そうですね、月の満ち欠け表によりますと、明日の深夜0時になりますね。ちょうどその時刻に満月になります」

 林さんはポケットから取り出した月の満ち欠け表を見て答えた。

「ふーん、明日の夜の12時ってことねー。それまでに怪盗一面相がー、ここにある黄金のマスクを盗みに来るのねー」

「おう、だから、今日か明日のどっちかだ。気を引き締めていけよ」

「はい」

「はーい」

 私は緊張していたが、京子は普段どおりの感じだった。

 特に何をするわけでもなく、みんな無言で時間が過ぎていった。


「なんかー、寒いんだけどー」

「そうね」

「もしよろしければ、毛布をお使いになりますか?」

 林さんが優しく声をかけた。

「えっ、毛布があるんですか」

「ええ、美術館ですから」

 林さんはそう言うと、毛布を取りに移動した。

「あっ、単独行動はまずいぞ」

 係長が言ったが、林さんはささっと去ってしまった。数分してから林さんが毛布を二枚持って戻ってきた。

「どうぞ」

 私と京子はありがたく使わせてもらうことにした。

「行動する時は、必ず二人でお願いします。もし何か起きても、二人いれば何とかなる可能性が倍以上になりますので、お願いします」

「はい、わかりました」

 林さんは丁寧に返答した。

「村田さん、我々はここにいればいいでしょうか? 事務室にいて監視カメラを見ていたほうがいいでしょうか?」

「そうですね。ここに五人は多い気がしますので、監視カメラをチェックしてもらうほうがいいと思います」

「わかりました」

「二人で行動するようにして下さいね。トイレに行く時も、二人で。もし何か起きた場合、大声で叫んで下さい。この部屋から事務室までは20メートルくらいでしょうか、十分聞こえますので」

「わかりました」

 森中さんと林さんは事務室へと上品な足取りで去って行った。


「おう、便所行ってくる」

 係長は部屋から出ていった。

「小春ー、人が減るとなんかー、不気味じゃない?」

「そう?」

「なんかー、動きそうじゃない?」

「何が?」

「そこのー、黄金のマスクをつけてる像よ」

 そういえば、京子はすごく怖がりだった。

「なんかー、突然こっちを向きそうー」

「いや、向かないから、京子」

「急に寒くなってきたのもー、“何か” がいるからじゃないー」

「何もいないから、京子」

 京子は徐々に顔が青白くなってきて、ブルブルと震え出してきた。どうしようかと思っていたその時、すごく細く静かで不気味な声が部屋の外から聞こえてきた。「じ、さ、ん……じ、さ、ん」と言うような声が聞こえてきたのだ。

「キャーーーッ!」

 京子は自分の耳を塞いで悲鳴を上げた。

 私はとっさに拳銃を抜いて入り口の方に構えた。

「……じ、さ、ん……刑事、さん」

 林さんが小声で、可能な限り小声で叫び声を上げるような感じで私たちを呼びに来たようだった。

「え? 林さん? どうしました?」

「今、駐車場に誰かが来てるんですよ」

「駐車場に!?」

「キャーーーッ!」

 京子はますます悲鳴を上げた。

「私が見に行きます」

「いやーーっ! 置いてかないでー!」

 京子は私にしがみついてきた。

「ちょっと、京子。ここで、待ってて」

「いやーーー!」

 京子はますますタイトにしがみついてきた。

「では、林さん、ここに待機して下さい」 

 私は、しがみつく京子とともに玄関まで向かった。ほぼ京子を引きずりながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る