第53話 夏祭り3日目


 夏祭り最終日。


 そう、当初の予定だった4人みんなで行くある意味本番の日。


 だったのだが……



『本日は一日中、強風と大雨が降るので外出は控えましょう』



 朝、テレビをつけた瞬間、天気キャスターがそう言った。



「…………まじか」



 ガタガタ、ゴトゴトと窓が揺れている。それと同時に猛烈な雨が窓をたたいていた。



 今日の天気は強風&大雨だった……

 風の強さも台風……とまではいかないが傘をさしていたらひっくり返りそうなくいの強さらしい。


 電車など公共交通機関は今のところ動いているのでそこまで深刻な状態ではないのだが、このままでは祭りは中止になるだろう。



『(ねーね) 今日すごい雨だね。お祭りはやるのかな?』


『(はな)  うーん。雨だけだったらやると思うんだけど、風も強いから中止になるかも!』


 グループロインの二人のやりとりを見て祭りのサイトを確認したところ、中止とはなっておらず検討中とは書かれていた。



 そういえば、黄瀬さんが参加していないな……まだ寝ているんだろうか?


 そんなことを考えているとインターホンが鳴った。



 え、誰だろう? こんな時間に。



「はーい」



 扉を開けるとそこにはひっくり返った傘と大きなバックを持ったびしょ濡れの黄瀬さんが居た。


 しかも、滅茶苦茶無表情だ。



「……さとちん、おはよ」


「え、あ、ああ……おはよう。じゃなくて、何でウチに?」


「昨日、スマホ……この家に忘れてきちゃって」


「え!?」


「とりあえず入っていい?」


「あ、うん……どうぞ」



 ひとまず、黄瀬さんを家に入れることに。


 黄瀬さんは昨日も家に来てたからな……駅まで見送る前に忘れ物はないか確認すべきだった。



「さとっちー」


「はいはい、タオルね」



 少し反省しながら俺はタオルを渡す。



「黄瀬さん」



 時間はかかるけど風呂かシャワーで済ますか黄瀬さんに質問する。

 黄瀬さんなら名前を呼ぶだけで何となく俺の言いたいことを察して返事をしてくれるだろう。



「んーシャワーでいいや」

 

「じゃ、バスタオルとか用意しておく」


「ありがと」

 


 バスタオルなど、準備をして休日部屋に行くと安心そうにしながらスマホを持っている黄瀬さんの姿が。



「やっぱり、ここにあった〜よかったぁ」


「ごめん。もっとちゃんと確認したらよかった」


「いーよ。忘れた私が悪いんだし……ロイン何かしら動いてるよね?」


「うん」


「やばい、やばい。私も何かメッセージ送らないと」


「シャワー準備はできてるからーあと乾燥機も使っていいから」


「んー」



 黄瀬さんはメッセージを送ったあと、風呂場に行った。


 ロインを確認するとひとまずお祭りからのお知らせを待つ方向に。

 まぁ、正直、こんな中で祭りなんかやるとは思わないが。もしかしたら奇跡的に天気が急変するかもしれないし。


 少しの希望くらいは持ってみても良いだろう。


 しばらくして、黄瀬さんがタオルで髪を拭きながら戻ってきた。


 Tシャツと短パンというかなりラフな格好だ。



「さとちん。シャワーあんがと。それと乾燥機使わせて貰ってるから」


「………………」


「ん? あぁこの格好? 普段着だけど? あ、陰キャ童貞にはこの格好は刺激が強すぎたか」


「ふん、恥じらいが一才ない。0点」


「しばくぞ」



 黄瀬さんは電動ソファーでくつろぎながらスマホをいじり始める。



「そういえば、今日は大きなバックで来たんだね」


「んー祭りに行く用の服とか色々と入ってるからね。準備は万全にしておかないと。一応天気も夜になったら落ち着くみたいだし」


「あ、白咲さんが祭り中止だって」


「まじか」



 華のメッセージを見て、一応ホームページを確認すると大雨と強風による3日目中止についてというお知らせが更新されていた。



「……まぁ、外が落ち着くまでゆっくりとしていきなよ」


「それじゃお言葉に甘えて」


「晩御飯は?」


「んーもうここで食べようかな」


「オッケー」



 雨が降る中、いつも通りダラダラと二人で過ごした。

 


「さて、さとちん。私そろそろ帰るね」



 晩御飯を食べ終え日も完全に暮れた時には雨は止んでいた。

 最寄りの駅まで送るために俺も外に出る準備をする。



「あー今年は夏祭りを満喫できなかったかぁ」



 少し残念そうにつぶやく黄瀬さん。

 そんな表情を見て、ふと自分が夏祭りでやりたかったけど、やれてないことを思い出した。



「じゃあ、帰る前に夏祭りらしいこと二人でする?」


「夏祭りらしいことぉ? 例えば?」


「手持ち花火だよ。それならお手軽だし、お金もかからないし、時間もかからない。うん。我ながらナイスアイデア!! だからやろう!」


「……さとっちがやりたいだけでしょ」


「うん!!」


「……はぁ、しょうがない。それくらいなら付き合ってあげますか」



 やったぁ!!



「じゃあ、俺手持ち花火セット買ってくる!」


「はいはい……それじゃ、準備して庭で待ってるから」



 やれやれと言った感じで見送られて最寄りのホームセンターまで全力ダッシュし、30分ほどの吟味を終え、花火セットを購入すぐさまマイホームへ。



「お待たせ! きせ……っ」


「お、やっと来た……」



 庭で待っていた黄瀬さんは髪を結び、夏用の純白のワンピースを着ていた。


 

「ほれ、さとちんが買ってくれたワンピース。どう? 似合うっしょ」



 腰に手を当て、体重を乗せて挑発的にこちらを見る。

 実際、清楚さと女の子らしさが強調されて驚くほどに様になっていた。

 

 思わず、感嘆の吐息が漏れる。 



「……お、おぉ。う、うん。えっと、い、いいと思う」


「どうした陰キャ、いつもになくきょどってるけど」


「う、うるさいな。その、に、似合ってると思います」



 な、なんだこれ……ものすごく恥ずかしいんだけど。ああ、くそ、やけに耳が熱いんだけど。

 


「……え、なに、なに? もしかしてさとちん君照れてるの〜? ぷぷぷ」



 くそ、なに一つ否定出来ねぇ。



「ていうか、買ってきた花火セット大きくない?」


「あ、うん。見てくれ!超超超BIG花火セットスーパーウルトラMAX!! 買ってきた!」


「それ絶対に二人用じゃないでしょ」


「あ、大丈夫! 花火で二刀流するからすぐなくなるって!」


「いや、クソガキか」



 早速、ライターを使って花火に火を付ける。


 瞬間、勢いよく色とりどりの火花が飛び出してきた。



「おお」


 独特の火薬の匂い、そして煙、打ち上げ花火も良いけど手持ち花火も滅茶苦茶楽しいな。



「久しぶりにやると楽しいもんだね」



 そう言った黄瀬さんもどこか楽しそうな表情だ。


 子供のように二人で花火を両手でもったり、振り回したりして遊んでいたら残りは線香花火2つだけになった。



「あ、黄瀬さん。最後に勝負する? どっちが長持ちさせられるか」


「別にいいけど。負けたらミストの新作ドーナツね」


「了解」



 二人同時に火をつける。


 ぱちぱちと音を立てながら、火花が段々と形を変えてき、小さな玉になる。


 よし、ここからが勝負だな。


 花火の玉がぷくぷくと震えながら火花の雨を降らす。

 

 ……黄瀬さんの線香花火もこれからだな。



「……ねぇ、さとちー」


「ん?」



 なぜかこちらをチラッと見て話しかけてくる黄瀬さん。


 なんだ? 俺の心を揺さぶる作戦か?


 ふ、無駄だよ。黄瀬さん。今の俺にはなにを言われようとも動じることはないからね。



「私がさとちーの家にスマホを忘れたのはわざとだったらどうする?」



 え。


 あ、いや……惑わされるな。これは罠だ。俺の動揺を誘っているんだ。



「……そんなことする理由がないでしょ」



 そうだよ。黄瀬さんがわざわざ大雨と強風の中ここにくる理由がない。



「あるよ。私にとって大切な理由が」


「……」


「……本当にわかんない?」



 少し、目を線香花火に向けた。



「ねねとはなが浴衣を着てきたみたいに……私もさ、このワンピースを着て十兵衛に『似合ってるって』褒めて欲しかったんだよ」

 


 その頬は少し、赤くなっていた



「は、い……?」



 思わず、体が強張った。動揺している。

 黄瀬さんが嘘を言っているのか、眼鏡を外さないと分からない。



「はい、負け」


「……え」


 視線を向けると俺の線香花火は消えていた。


「あ」


「はいーさとっちの奢りーご馳走様! さ、早く店が閉まる前にミストのドーナツ買いに行くよ! ほら!」


「〜っ!! もう黄瀬さんの言葉は信じないっ!」 



 悔しくて涙が出そうになりながら財布を取りに行く。

 そんな俺のそれを面白おかしく黄瀬さんが見つめていた。



 



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