第38話 はーちゃんと遊園地①


「ほら! 十兵衛くん!! 早く早く!!」


「あ、うん。今行くから!」



 とある休日。約束していた通り俺と華は二人で遊園地に来ていた


 もう一度言おう遊園地にである。


 電車とバスで約2時間かけてやって来た。ちなみに遊園地になったのは華のたっての希望である。

 

 正直、なかなか張り切った場所だ。


 なんというか遊園地とは大人数や恋人で行ったりするような所で、ここ数週間で友達になった人間同士が来るところではないと思うのだけど陽キャは違うのだろうか?


 目の前に広がる数え切れないほどあるアトラクション。流れる軽快なBGMやコースターがレールを走る轟音・そして乗客の悲鳴が聞こえる中、園内を散策している。


 遊園地になんてほとんど来たことがないためかやけに華のテンションが高い。今も目を輝かせながら周りを見渡している。


 対する俺も同じようにテンション上げ上げなのだが……ここまで来るのに疲れてしまいすでにヘトヘトだ。



「うわー!! あれ楽しそう!! スーパーローリングサンダー!! ね、絶対あれ乗ろうね!!」



 なんか、しれっとやばそうなアトラクションに乗ることになったんだけど……


 まぁ、そんなことより……実は俺はある目標を立ててこの遊園地に来ていた。


 それは華のことをあだ名で呼ぶことだ。


 何せ俺たちは親友。

 これは個人的な意見だけど親友同士あだ名で呼び合った方が仲が良く感じる。


 黄瀬さんも『はなちー』や『ねねっち』と呼ぶように俺も華のことをあだ名で呼んでみたい。


 というワケで、俺は今日、華のことをあだ名で呼ぶことに決めた。


 こう、自然に……まるで前からあだ名で呼んでましたよって感じでサラッと呼ぶんだ。



「ま、まぁまずは軽めのアトラクションから挑戦して行こうよ。はーちゃん」



 顔を見ながら呼ぶことはまだ俺には不可能なので、明後日の方向を見つつ最後にだけ早口で言った。



「うーん。確かに……うん?」



 よし、はーちゃんに反応した!! はーちゃんとは俺が寝る間を惜しんで考えたあだ名である。


 きっと次には『今なんて?』と聞いてくるだろうからここでスマートにあだ名で呼ぶメリットを説明すれば……!!



「十兵衛くん? 今なんて?」


「あ、あ、あ、え、エット……あ、あだ、あだ名で……!! ああ! その前に……俺たち親友だからっ……その……!! あだ名でな!? 呼んだ方が仲良くなれるというか、距離が縮まるというか!? はーちゃんっていうのは昨日頑張って考えたやつでして……!! つまりその……すいませんでした。調子乗りました」



 だめだ……キョドッた挙句流れもバラバラ。そして何より話の着地点を見失い意味の分からない謝罪。終わりだ……



「……十兵衛く〜ん?」



 はーちゃんは俺の頬を両手で包み、下を向いていた俺の顔を上げる。

 

 か、顔が近い……!! まるでキスをする直前のような距離感に後退りしそうになる。



「もう一度。私の目を見てちゃんと言って?」



 う、嘘だろ!? むむむ、無理無理!! で、でもここでちゃんと言わなきゃ……うぅ……!!



「は、は、はーはっ! はっ! はっ!」


「ちょっと十兵衛くん!? まずは落ち着こう!? なんか過呼吸みたいになってるから!」


「あ、お、す、すいません……」


「もー十兵衛君が言い出したことでしょ〜? ちゃんと言ってよ〜」


「だって、改めて言うとなるとなんか恥ずかしくて……」


「もーあだ名くらいでアガるなしっ……これからたくさん呼ぶんだからさ〜」


「う、うん……え?」



 え? 『はーちゃん』まさかの採用?



「よし、決めた!! 今日からははーちゃんって呼んでくれなきゃ返事しないことにしよー!」


「えっ!? そ、そんな……!!」


「こういうのは慣れなんだよ十兵衛くん。さ! とりあえずメリーゴーランドから乗ろっか!」



 そう言いながら、メリーゴーラウンドを指さすはーちゃんの後ろ姿はどこか嬉そうだった。

 

 はーちゃんに手を引かれるまま、メリーゴーランドの入り口に向かう。



「あ、こちら2人用の木馬なのでよかったら!」



 何か勘違いしたのかスタッフさんが俺たちに2人用の白い木馬を勧めてきた。

 いや、これ明らかにカップルが乗るやつ……



「ああ、私たちはー」


「初デートですか!? 手を繋がれているところとか初々しいですねっ」


「……おおぅ」



 はっと気づいたはーちゃんはとっさに手を離すが、照れ隠しと判断されたのかスタッフさんは微笑ましそうな笑みを浮かべる。



「この2人用の木馬はこれだけなので、よかったら写真も撮れますよ? どうです?」



 ちょっと!? なんでこっちの方に聞いてくるんだっ!!



「え、あっうっぐっ……じゃあ」



 ぐいぐい来るスタッフさんに流されるままにスマホを渡し、木馬に乗ってしまう。勧められると断れない。コミュ障の悪いところが発揮されてしまった。



「ほらほら! 彼女さんもぜひ!!」


「えっとー……」



 はーちゃんはどこか回答に困っているようだ。

 まぁ、そうだよな。本心では俺なんかと2人乗りなんかしたくないよな。しかもここだと大勢に見られるし恥ずかしいと思うのも無理はない。



「じ、じゃあ……せっかくだしー」

 

「あ! そ、そういえばはーちゃん後ろの馬車の乗りたいって言ってなかったけ? そっちに乗ったら?」



 助け舟のつもり後ろにある馬車に乗るように催促してみる。



「え? で、でもそうしたら」


「俺は1人で大丈夫だよ。むしろ広々として乗りやすいし!」



 本当はちょっと恥ずかしいけどな!!

 だけど、このままスタッフさんに勧められるままに2人で乗るのはなんだか違う気がする。


「ほらほら、早くしないと他の人に取られるよ?」


「う、うん……」


 渋々と言った感じでこちらを見ながらはーちゃんは後ろの馬車に乗って行く。



「………………」



 ちょっとスタッフさん? その無言の圧やめてもらっていいですか? いや、そもそも別に俺たちカップルでもないし……だからその可哀想な男を見る目をやめて……!!


 俺たちの他にも何人かメリーゴーランドに乗り始め、ほぼ満員になった。


 カップルの人が代わってくださいと言われたら喜んで代わっていたのだが、あいにくそんな展開はなかった。やっぱり、カップルでも恥かしいものなのだろうか。


『あと1分で起動しますー』とアナウンスされる。



「……へへっ、やっぱ一緒にのる!」


「えっ!?」



 はーちゃんは2人用の木馬に乗りこみ、俺の体を後ろからぎゅっと抱きしめた。

 

 その結果、はーちゃんと2人乗りすることに。


 よかったですね!! と言いたげなスタッフの視線が刺さる。


 そして、すかさずメリーゴーランドが動き始めた。 



「おお、結構上下にも動くんだね」



 少し怖かったのかはーちゃんの抱きつく力が強くなる。



「……別に無理しなくても」


「無理なんかしてないよ。恥ずかしかっただけで、十兵衛くんと2人乗りするのは嫌じゃなかったから」


「……うぅ、はーちゃんは優しいなぁ」


「いや、別に気を遣ってる訳じゃないからね?」 


「……え?」


「……あの馬車は十兵衛くんの馬と離れてたでしょ? 私はそれが嫌だったんだぁ」



 後ろから抱きつくはーちゃんの表情は分からない。だけど、なんだか少し寂しそうに感じた。



「それにメリーゴーランドって固定されてるし、私の乗った馬車は十兵衛くんの乗った馬に一生追いつくことはないでしょ?」


「そりゃ……それがメリーゴーランドだからね」


「……それは絶対に嫌だなぁって思ったから。私は……十兵衛くんのすぐ近くに居たい」


「それってどういうー」


「あ、ほらほら十兵衛くん! スタッフさんがスマホ構えてる! ピース! ピース!」


「え、あ、は、はい!!」


 

 それ以降、メリーゴーランドが止まるまではーちゃんは何も話さなかった。

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