第16話 溢れてしまったもの
「う、うぅぅぅ……」
「………………」
子供のように泣き崩れる金田を俺は黙って見ていた。嗚咽が漏れ始める。これが見栄も虚勢もない金田の等身大。
そんな金田に対して馬鹿にするような声が聞こえてくる。それに対して金田は一切反応を示さない。
いや、今はそれどころじゃないか。
そして、俺の称賛する声も聞こえる。
こんな声を聞くとやっぱり勘違いしそうになる。これで自分は人気者になれたんだって。
現実はそんな簡単じゃないのに。
「やったぁ!」
「ぐえっ!?」
少し感傷に浸っているといきなり白咲さんが抱きついてきた。
「よかった! 佐藤くんよかったよう〜!」
「あっあ、おっお、あっあ、おっお」
白咲さんに激しくぶんぶんと体を縦に揺さぶられる。今の俺はまるで振り子のようだった。
あ、あ、だめだ……なんか気持ち悪くなってきたかも……
「はなちゃん、佐藤くんが苦しそうだよ」
「あ、ご、ごめん」
黒宮の助け舟で振り子状態から解放される。
うおお……視界がぐわんぐわんする……
「はなちゃん、佐藤くんのこと……すごく心配してたんだよ? きっと私のせいだって」
「……え?」
黒宮の話を聞いて思わず、白咲さんの方を見る。すると彼女は少し申し訳なさそうに笑っていた。
「だって……今回の勝負のきっかけになったのはカラオケでの出来事でしょ? ならこれは私のせいで」
白咲さんはそう言っているが、正直白咲さんは何も悪くない。これは俺と金田の問題だったんだから。
でも、そのきっかけを生んでしまったのは自分だと責任を感じてしまっているのだろう。
「違うよ。はなちゃん。きっとこれは私のせいなんだよ。佐藤くんが私を助けてくれたからこんなのことになっちゃったわけで」
「え? いやいや……俺があんな助け方しなければこんなことにならなかったんだし、元々は俺のせいだよ」
「いやいや、元はといえば提案した私の……」
「違うよ〜助けられた私の……」
「やらかしてしまった俺の……」
なんだこの押し問答は……
同じことを思ったのか黒宮も白咲さんも黙った。
「じゃあ、間をとって俺ら3人のせいだということで」
責任も原因も全て、3等分。ひとまずこの話は一旦落ち着いた。
「でもまぁ? 本当に何の! 相談なし! で決めた今回の勝負は〜? 見ていてすっご〜く心配したんだけどね?」
ひぃぃ……!! 黒宮の笑顔がすごく怖い!
声色や表情はみんなに愛される「表」の黒宮のはずなのに言葉はすごく高圧的に感じる。
(お前、こんなにバスケが上手いなら最初から私に教えとけや)
みたいなこと絶対に思ってる!!
「あ、あ、す、すいません……」
笑顔で怒っている黒宮に対して俺はびくびくしながら謝るしかなかった。
ふと、金田の姿が視界に入る。
金田はいまだに立ち上がることすら出来ないでいた。 多分、これは体の負担とかガス欠とかじゃなく、立ち上がる気力がないのだろう。
「金田くん、大丈夫かな? 私ちょっと行ってくるね」
「いや、俺が行くよ」
金田の元に駆けつけようとした白咲さんを止めて俺が向かう。
金田を泣かせて、心を折ったのは俺だ。
俺と金田は勝者と敗者。だから、勝者である俺が敗者の金田にかける言葉なんてない。
でも、クラスメイトとして困っているところを手を貸すくらいはどうか許して欲しい。
俺は金田に手を差し伸べた。
っ!?
金田のやつれている顔を見て、中学時代が一瞬フラッシュバックする。
……? あれ? 下を向いたら……なんか……
「金田……俺は……」
だめだ、くる、我慢できない。う、うぅ……うぅ!!
「うっぷ!? オロロロロロロロロロ!!」
俺は吐いた。
いけないことだとわかっているのに止められない。止まらない。
ゲロが。
そして事もあろうか、俺は心が折れて憔悴しきっている金田にゲロをぶちまけてしまっている。
「うわ! 佐藤が吐いたぞ!?」
「金田にもろかかってるじゃん!?」
「おい! 行くぞ!? これは流石にヤベェ!!」
一瞬で駆けつける黒宮と白咲さん。観客のみんなも慌てた様子で来てくれた。
「だ、大丈夫!? ごめんね!? 私が激しく揺さぶったからだよね!? お水のむ?」
心配そうに水をくれる白咲さん。
「佐藤くん。まだ残ってるなら全部出し切った方がいいよ?」
優しく背中をさすってくれる黒宮。
「とりあえず、床を拭く係と佐藤の世話する係と金田をきれいにする係に分れるぞ!」
「金田はどうする!?」
「職員専用のシャワー室借りるぞ!」
「よし! 俺は着替えを!」
「掃除道具持ってきたよ!!」
心配そうに俺の世話をしてくれる生徒たち。
掃除道具を取りに行き、拭いてくれる生徒たち。
めちゃくちゃ嫌な顔をしながらゲロまみれで呆然としていて動かない金田をシャワー室に連れて行った生徒達。
さっきまでヤジを入れていた生徒も、応援していた生徒もみんなが一致団結ししてくれている。
……俺のゲロの後処理に。
本当に……すいません……!!
消えたい……生き恥すぎて今すぐこの場から消えてしまいたい……!!
この事件はのちにゲロゲロパニックとして長く語り継がれることになった。
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