第17話 下心


「姿勢は右を下にして横向き、膝を深く曲げてゆっくりと息をすること。しばらくはベッドを使ってもいいから。授業も無理して出なくて大丈夫だからね」


「はい……」



 保健室、先生に言われベッドで横になる。

 正直、気分もだいぶ良くなったし授業も無理なく受けることができると思うけど……


 い、行きたくないっ! 教室に行きたくない!!


 だって、だってだぞ? あんな大勢の前でゲロ吐いて後処理してもらったんだぞ!? どんな顔して教室に戻ればいいんだよ!!


 すでにクラスでゲロ山ゲロ太郎っていうあだ名をつけられているかもしれない……!!


 よし、このまま残りの授業全部サボろう。

 そう決意し、瞼を閉じて3秒後俺は眠りについた。



 少し、懐かしい夢を見た。


 中学の頃、体育の授業でサッカーをしていた。体育の先生はサッカー部の顧問で授業中に色々なテクニックとかを生徒に見せてたり、教えていた。

 先生は褒めて伸ばすタイプだったようでちょっとしたことでも褒めてくれる人だった。


 俺は授業中先生のテクニックをかっこいいなと思って一度真似したことがあった。



『す、すごい! 佐藤はサッカーの才能があるんじゃないか!?』



 そんなことを言いながら先生は驚いていたけど俺はいつものことだなと軽く流し、当時仲が良かったサッカー部の友達に教えようとした。

 

 初心者の俺でも出来るんだから小さい時からやってきた友達なら絶対にできるだろうとそんなことを思っていた。


 だけど、嬉々として教えてもその友達は出来なかった。



『もういいよ!! こんな難しい技できるわけないだろ!?』



 俺は友達にそんなことはないと言いながら目の前でやって見せた。



 初心者の俺でもできたんだからお前も絶対できるって!!


 そう言ったら友達は鬼のような形相をして



『お前はー』

 




 ……最悪だ

 本当に嫌な夢を見てしまった。俺の黒歴史である中学校時代の夢。


 目の前には知らない天井……じゃなくて保健室の天井が写っている。

 外を見ると放課後までさぼ……寝てしまったらしい。



「ん、起きたの」


「……黒宮」


「……おそよう。ほんとぐっすり寝てたわよ。あんた…具合は大丈夫?」



 う、やめてくれ……そんな心配そうな顔しないでおくれ……!! 自分がいかに愚かなことをしてしまったかを思い知らされるから……!!



「あー……うん。なんか大丈夫っぽい……」



 どうしよう……罪悪感のせいで黒宮の顔が見れない。



「…………」



 あ、あの……黒宮さん? 俺の顔をじっと見つめるのやめてもらっていいですか? なんか探りを入れられているようで怖いんですが……



「あんた、まさか教室に戻りたくなかったから寝てたわけじゃないでしょうね?」



 げっ!? なんでバレたんだ!?



「エッ!? い、いや……その……教室に戻るのが怖かったというか。みんなに迷惑かけたし」


「確かに、あんな大勢の前で吐けば戻りづらいか……」



 よ、良かった……なんか納得してくれた。



「みんな俺のことゲロ山ゲロ太郎って言ってなかった?」


「なによゲロ山ゲロ太郎って……まぁ、そこは大丈夫でしょ。華がフォローしてくれてたみたいだし」



 し、白咲さん……!! 

 白咲さんが俺のために色々としてくれたのに……!! 俺はなんて愚かなことをしてしまったんだ……!!


 あとでロインで謝っておこう……!!



「はいこれ、あんたの鞄」



 黒宮はぶっきらぼうに俺の鞄を持ち上げる。

 


「あ、ありがとう……え? もしかして黒宮も心配して来てくれた?」


「なっ!?」



 そう聞くと黒宮は見るからに顔を赤くさせた。



「か、勘違いしないで。別にし、心配なんてしてないかったし! ここに来たのはあれよ……暇つぶし!!」



 つ、ツンデレかよ……!!



「というか、バスケの件!! あんなに上手いなら最初っから金田を実力で黙らせれば良かったじゃない」


「それは……」



 黒宮の言う通りだ。正直、金田のことはいつでも叩き潰すことは出来た。いじめられたとしても問題なく対処することも可能だった。


 わかっている。それでも俺は言葉が詰まった。



「それに、実力があるならバスケ部に入れば良いのに。絶対モテるわよ? 知らないけど」



 黒宮の言いたいことはわかる。運動神経抜群の体育会系男子はクラスの中でのカーストは高い。だからバスケ部やサッカーとかスポーツ系の部活に入っていれば少なくともぼっちでコミュ障にはなっていないかもしれない。 


 でも、きっと俺が部活に入ってもすぐにやめて今と同じ陰キャぼっちコミュ障になっていただろう。


 才能の差というものはありすぎると碌なことにならないんだ……



「それとも目立ちたくなかったからわざと実力を隠して陰キャぼっちしてたの?」


「……あまり目立ちたくないからっていう理由もあるけど、中学の頃この才能のせいでたくさんの人を傷つけた。だから、金田のことも……あんなやつでもできるなら傷つけたくなかった」


「………………」


「金田に手を差し伸べた時、中学の頃、同じように傷つけた子の顔がフラッシュバックしたんだ……多分、それが原因で吐いたんだと思う。まぁ、こうなることはわかってたんだけどね」



 掌をぎゅっと握りしめる。

 多分、一種のPTSDのようなものなんだろう。いや、加害者の癖に何言ってんだおこがまし過ぎるだろ。

 

 なんの情熱も持たない俺が、潰して良いものじゃなかったんだ。


 中学校のみんなも、金田も。



「……じゃあ、なんでそこまでして……私を助けてくれたの?」


「……それは、元はといえば俺の自業自得だし。黒宮も助けたかったし…………」


 

 俺はここで言葉を詰まらせてしまい、じっと黒宮の顔を見つめた。

 ここから先の言葉はあまり言いたくない。きっと彼女に失望されてしまうかもしれないから。



「……何よ。言いたいことがあるならはっきり言って」



 黒宮は堂々と真っ直ぐに、俺の顔を見てそう言った。



「……下心もあったんだ」


「え?」


「ここで金田から黒宮を助けたら……少しは俺のこと好きになってくれるんじゃないかって」



俺の告白を聞いて黒宮は目を大きく見張り、わかりやすいほど強張った。それはきっと俺の気持ちを理解したからだ。



「……あんた、それって」


「今の俺たちって、その……なんともいえない微妙な関係だと思うんだ……」



 黒宮は何も言わない。

 それはきっと黒宮も同じことを思っているからだと思う。



「俺はその先に進みたい」



 だから、俺が言葉にして伝えるんだ。



「その……つまり……そういうこと……なの?」


 

 頬を赤くして視線を泳がせる。珍しく、黒宮があわてふためいていた。



「まぁ……その……はい」


「!! ほ、ほー? ち、ちなみに理由は? きっかけは? 決め手になったのは?」



ちょ、なんか質問が多くないですか? 黒宮さん。



「き、きっかけとか決め手とかはわからない。一緒にいるうちにって感じだし、理由は、その……一緒にいるとなんだかんだ楽しいから……かな」


「……ふ、ふーん。ふーん?」


 

 おお、なんか黒宮のテンションがとてつもなく爆上がりしているような気がする……!!


 間違いない! 今最高に機嫌が良い!!


 これは……いけるのでは!?



「そ、その……お、男なら、ちゃんと言葉にして伝えたら?」


 

 ぐ、そうきたか。

 しかしこの話は俺から始めたもの。ならここは俺から言うのが筋っていうもの。



「……黒宮」

 

「っ……!!」



 


「俺と友達になってください!!」


「…………………………は?」


「いや、だから……その……俺と友達になってください!!」


「は? は?」




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