第2話

おじいさんの家は一階が店舗、二階が住居スペースとなっていた。

私は朝食を食べ終えると、早速一階へと降りて行った。

そこには薬草を手にしながら、フッと優しく微笑むおじいさんの姿があった。

そして「改めて、これからよろしく頼むよ」と手を差し出してきた。


「こちらこそ宜しくお願いします。……私の事はリズと呼んでください」

「そうかい。儂はハンス。皆ハン爺と呼んでおるが、まあ好きに呼んでおくれ」

「はい。……ハンスさん」


そう言いながらお互いの手を握りしめた。






それからの日々は目まぐるしかった。


ハンスさんの薬屋は評判がよく近隣の町からも買いに来るほどで、私も役に立とうと少しずつハンスさんに薬草の名前、効能、調合のやり方などを教えてもらいながら頑張ていた。

しかし、それが苦痛だとは感じたことは一度もない。むしろ毎日が楽しい。そんな気持ちになる日が来るとは思いもしなかった。


「だいぶ人間らしい目になったな」

「え?」


いつものように薬草の補充をしていると、クロがそんなことを言ってきた。


「前は死んだ魚のような目しとったんよ?」


「気づいとった?」なんて言われても気づくはずがない。


「最近は顔色もようなったし、よう喋るようにもなったしな」


クロの言う通り薬屋ここに来たばかりの頃は、会話は必要最低限で不愛想。

そんな娘が人気の薬屋で働いていれば苦情の一つや二つ出てくるもの。


「なにあの子……あんなに不愛想で」

「不気味な子……」

「ねぇちゃんもっと愛想よくできねぇのか!!」


怒鳴られることもあったが、その都度ハンスさんが助けてくれた。

何度も私は裏方でいいからと言ったが、なんだかんだ理由をつけられ店に出されいた。


すると、顔なじみの客などは私の事を理解してくれるようになり、次第に私の口数も多くなった。

とは言え、笑顔はまだ戻らず不愛想なままだが、それでも文句を言う人は徐々に減っていった。


「そうね。クロには感謝してるわ。──あの時、私をあの屋敷から連れ出してくれてありがとう」


誰かに感謝の言葉を伝えるのは生まれて初めてで……うまく伝わっただろうか?


内心ドキドキしていたが、クロからの返事はない。

間違えたのか?と不安になりつつクロの顔を見てギョッとした。


「……なに泣いてるの?」

「は?」


クロの涙を拭いながら指摘してやると、クロも自分が泣いていることに気づいていなかった。

自分の涙を手に取り確認すると「はは……」と乾いた笑いと共にバツが悪そうな顔をしていた。


「クロ」と声を掛けようとしたが、ここはそっとしておいた方がいいだろうと思い黙っていると、丁度タイミングよくハンスさんに呼ばれたのでクロの事を気にしつつも店へと戻った。


「ごめんよ。ちょっと薬草が足りなくなってな。森へ行ってきてくれんか?」

「はい。大丈夫ですよ」

「そうか。店の事は気にしなくていいから、気を付けて行ってきてくれ」


薬草の採取は何度も行っているが、一人で行くのは初めてで少し不安はあったものの、採ってくる薬草は森の入り口周辺に生えているものだったからこれならと承諾した。


ハンスさんから採取の為の籠を手渡され店を出た。




❖❖❖





森の入り口まで来ると早速お目当ての薬草が生えていた。


「これなら森に入らなくてもよさそうね」


ホッとしながら手際よく摘み取っていると、森の中から話し声と女の人の悲痛な声が聞こえてきた。

関りになりたくなくて聞こえないふりをしていたが、次第に大きくなる女の人の声を聞いていたら自然と森の中へ足を踏み入れていた。


声のする方へ向かうと、男三人に羽交い絞めにされた綺麗な女の人がいた。

その足元には従者であろうか、血を流して倒れていた。

よく見ると、三人の内一人の剣が血に染まっている。


これは私がどうこうできる問題じゃない……そう思い踵を返して森の外へ出ようとした。

しかし、運悪く足元にあった小枝を踏みつけてしまった。その音に気付いた一人がすぐに私の目の前にやって来た。


「やあ、子猫ちゃん。こんなところで何を?」

「……薬草を摘んでいただけよ」

「へぇ~……?残念だけど、見られた以上お嬢ちゃんを帰す訳にはいかんなぁ」


私の腕を乱暴に掴み、残る二人の男の前に連れていかれた。


「予定外だが、このお嬢ちゃんも中々だな」

「まあ、依頼はこっちだけだからな。いらんかったら俺らが貰っていいんだろ?」

「それもそうだな。俺らが可愛がってやるか?……それとも、見ず知らずのおっさんに売られるか?」


「がははははっ」と笑う三人に虫唾が走る。


お父様から散々罵倒されてきた私にはこの程度の言葉じゃ怯えさせることはおろか震えさせることなんてできないが、隣の女の子はそうではないようで顔面蒼白になり震えている。

身に着けている装飾品を見る限り上流貴族のお嬢さんだろう。


実はこういう事を見越してハンスさんが、しびれ薬の瓶を持たせてくれている。

私一人なら逃げ切れるが、怯えて碌な判断が出来ない上に走りずらいドレスを身にまとっている子を連れ行くにはリスクがありすぎる。


「さあ、こっちは時間がねぇんだ。早く馬車に乗れ!!」

「いやー-----!!」


女の子の腕を掴み立たせようとするが、女の子は泣き叫んで必死に抵抗している。


「お前も立て」


私も同様に無理やり立たせようとしてきたが、腕を掴まれたその瞬間、私の視界は赤く染まった。

それと同時に男が地面に転がりもがいている。

足元を見ると、そこには男の腕が転がっていた。


「……まったく、そない汚い手でリズに触らんといてくれる?」

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