第3話
現れたのは物凄い形相をしたクロだった。
「リズ、大丈夫か?」
「ええ、私は大丈夫だけど、なんで私がいるって分かったの?」
「そりゃ……ね?」
ああ、付いてきたのか……と冷静に判断できた。
クロは少々過保護ぎみなところがあるから特に驚くことではない。
「な、な、なんだ!?何が起こった!?」
「突然腕がもげたぞ!!」
クロの姿が見えない男たちはパニック寸前。
震えていた子は、落ちている腕を見て気を失った。
まあ、この状況で気を失わない方がおかしいのかもしれない。
「なんだか分らんが、ここからすぐに立ち去った方がよさそうだ!!早く女共を馬車に乗せろ!!」
「……させる訳ないやろ、アホが……」
大慌てでその場を立ち去ろうとする男達をクロが睨みつけると首を押さえ苦しみ始めた。
「──ぐっ!!!??」
「……が……く……くる……し!!」
口から泡を吹きだし倒れこむ男を見て、流石にまずいと思いクロを止めようとしたが、その顔を見てゾッと背筋が凍った。
男らの苦しむ顔を恍惚とした表情で見下ろしていたのだ。
「ああ、本当にこの人は死神なんだ……」と思い知らされた瞬間だった。
頭のどこかでクロは死神なんかじゃないんじゃないか?という思いがあったのだが、それは思い違いだった。
そんな事を考えていたので、助けるのが遅れた。
……男達に息はもうない。
「ふ~……さあ、リズ帰ろか?──リズ?」
呆けている私の肩にクロの手が伸びてきて無意識にビクッと肩が震えてしまった。
「あっ……そうね……帰りましょ」
慌てて平静を装ったが、一瞬クロの顔が曇った気がした。
それでもすぐにいつものように微笑みながら手を差し出してくれたので、その手を取り立ち上がった。
「……この人達はどうするの……?」
「リズが気にせんでええよ。処理するように伝えとくで」
笑顔で言うクロに「誰に?」とは聞かない。聞いちゃいけないと思ったから。
「そんなより、こちらのお嬢さんどないする?」
「どうしよう……」
ここに置いていくわけにはいかないし、連れて行くにしても私が抱き上げて連れていける訳ない。クロに頼んだらそれこそ大事になってしまう。
頭を抱えていると、遠くから馬の足音が近づいてきた。
「あかん!!リズ隠れるで!!」
「え!?この子置いていくの!?」
気を失っている子を置いていけないと言ったが、半ば無理やりに木陰に連れ込まれた。
「クロ。いくら死神でも生きてる人間を放置するのはよくないわ」
「まあ、見ててみ」
そう諭すが、クロは素知らぬ顔で先ほどの場所を見ろと言う。
仕方なく見ていると、私達が隠れたのとほぼ同時に馬がやって来た。
その馬には国章が刺繍された馬飾りが着けられていた。
そんな馬を騎手しているのは沢山の胸章を付けた白銀の髪が目を引く軍人だった。
「……こりゃ相当な大物が登場しおったわ」
その人を見たクロは珍しく苦笑していた。
「……誰なの?」
「そうか、リズは知らんか。──あれはこの国の軍のトップ。シルビオ大佐や」
「──はあ!?」
「しっ!!でかい声出したらあかん!!あいつに目をつけられたら面倒や!!」
思わず声が出た私の口をクロが慌てて塞いだ。
クロがここまで言うってことは相当厄介な相手なんだろう。
気づかれたかと思ったが大佐は気を失っている女の子を素早く抱き上げ、息絶えている男たちの処理を後から来た部下らしき軍人に指示していた。
あっという間に男たちを片付け再び馬に乗りその場を立ち去る瞬間チラッとこちらを見た気がしたが、そのまま立ち去って行った。
「はぁ~……何とかバレずに済んだみたいね。──……どうしたの?」
私がその場に座り込み一息ついたが、クロは顔を強張らせ前を向いたままだった。
「リズ……残念ながらバレとったわ」
「え?」
「今回は気ぃ失っとったお嬢さんおったから、見逃してくれたようなもんや。まあ、不幸中の幸いっちゅーこんや」
こっちを見た気がしたのは気の所為ではなかった。
まあ、そう言っても木陰で私の姿は見えていなかったし、気づいたのだって気配程度のものだろう。
「ちゅーか、いつまでもこんなとこで油売っててええんか?ジジィ待っとんのとちゃうか?」
「あっ……薬草……」
手元を見ると籠がない。
クロが「あっちやあっち」と指さす方を見ると、籠と一緒に摘み取った薬草が踏みつけられていて使い物にならない状態で無残に落ちていた。
すでに日が暮れかかっている。
このままじゃまずいとクロにも手伝ってもらい、何とか籠を一杯にし急いでハンスさんの待つ薬屋へ戻ったが、そこには帰りの遅い私を心配した常連のお客さんとハンスさんの姿があった。
ハンスさんらにこんな遅くまで何をしていたのかと詰められたが「寝てしまった」と誤魔化した。
嘘をついてしまったことに罪悪感を感じたが、何となく本当の事を言わない方がいいと思った。
「こんな年寄りを心配させんでおくれ」
ハンスさんは何か言いたげな雰囲気だったが、溜息を吐きながら私の頭を撫でてくれた。
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