第26話 冒険者アナザ

 襲撃の翌日。ライゼルはオーフェンやカチュアと共に後始末に奔走していた。


「まったく、派手に荒らしやがって……」


「申し訳ございません。私がついていながら、こんなことに……」


「気にするな。カチュアのせいじゃない」


「ですが……」


「そういえば、なぜあの場にアニエス殿が居合わせたのですかな? しかも夜遅くに……」


「それは……」


「それに、カチュアに助けを求めなかったのも妙な話ですな。カチュアの強さは、ライゼル様も知っているでしょう」


「……………………」


 ライゼルが返答に窮していると、思わぬところから援護が入った。


「ぼっちゃまが気を使ってくださったのです。……恥ずかしながら、昨夜は体調が悪く寝込んでまして、夜中に呼び出すのは申し訳ないと、気遣ってくださったのです。……そうですよね、ぼっちゃま?」


 これ見よがしにカチュアからアイコンタクトが送られてくる。


「…………そういうことだ」


「なるほど……」


 カチュアのウソに納得したのか、オーフェンからの追求がなくなる。


(ご安心ください。ぼっちゃまの逢瀬は、不肖このカチュアが守り通しますから!)


 一仕事終えましたと言わんばかりの顔で、生暖かい笑みを浮かべるカチュア。


 何も悪いことは起きていないはずなのに、なんとも気味が悪い。


「そうそう、それと、昨夜ライゼル様にお客様が見えておりました……なんでも、知り合いに紹介されてやってきた冒険者だと……」


「……なんだと?」


 オーフェンによると、昨夜ライゼルを訪ねて冒険者がやってきたのだという。


 その冒険者がどうもライゼルに紹介状を持っているらしく、ひとまず宿に泊まらせたらしい。


 おそらくはライゼルが知り合いに紹介を頼んでいた冒険者だろう。


 当初はアニエスがその冒険者だと勘違いしてしまったが、本来の冒険者が来た、といったところか。


 盗賊の増加に暗殺未遂と、治安が悪化している現在、戦力は多いに越したことはない。


 さっそく件の冒険者を屋敷に招集すると、客間に通した。


「どうも、自分、アナザってもんっす。こっちでいい仕事にありつけるってんで、知り合いの冒険者に紹介されてやってきました」


「ライゼルだ。……その話、間違いないんだろうな?」


 一度は勘違いしてしまったため、ここはきちんと確認しておく。


 アニエスの時は早合点で紹介状をパスしてしまったが、今回は出してもらわなくては。


「間違いないっすよ。……ほら」


 アナザが懐から取り出した紹介状をこちらに寄越すと、ひととおり目を通す。


「……間違いないようだな」


 アナザという男が本物の紹介されてきた冒険者で間違いないとわかれば、安心して迎えられる。


 ただでさえ治安が悪くなっている状況。戦力が増えるのはライゼルとしても望ましい。


 賃金や待遇を含めた正式な契約の手続きを進めていると、オーフェンが口を挟んだ。


「問題はアニエスの処遇ですな。実は彼女は……」


「帝国騎士団の元副団長で、お尋ね者の貴族なんだろ?」


「ご存じでしたか……」


 ライゼルが知っているとは思わなかったのか、オーフェンが驚く。


 この話を聞いたのはつい昨夜のことなのだが、大きく見せておいて損はない。


 ……最初から知っていたことにしよう。


「痛ましい話だ……無実の罪で追われる身になるとは……。だが、このライゼル・アシュテント・バルタザール。道義にもとる行ないを見過ごすことはできない。彼女の身の安全を保障するべく、匿っていたというわけだ。……騙すつもりはなかったが、お前にも秘密にして悪かったな、オーフェン」


「なんと……」


「いやいや、噂ってのはアテにならないもんっすね~。あのライゼル様がこんなに慈悲深いなんて」


 感激するオーフェンと、どこか感心した様子のアナザ。


 とりあえず、ライゼルの評価を上げることに成功したと思っていいだろう。


「アナザ、お前はうちの家臣でもない以上、言うことを聞く義理はないだろうが……」


「はいはい。わかってるっすよ。帝国には黙ってろって話っすよね。いいっすよ、別に。……こっちも貰えるもん貰えりゃ文句ないんで」


 指でお金のマークを作るアナザ。


 こうした損得勘定で動く人間はわかりやすくて助かる。


 なにせ、利害関係があるうちは裏切ることはないのだから。


「いくらほしいんだ?」


「うへー、いきなり人を試すようなこと言わんでくださいよ~。気持ちでいいっすから。気持ちで」


 飄々とした様子で手をひらひらさせるアナザ。


 端的に自分の欲しい金額を言わないあたり、用心深いのか。こちらの出方を窺っているのか。


「じゃあ……そうだな。ここの郊外に庭付きの一軒家を用意するが、それでどうだ?」


「それ、暗にボスんとこの領民にならないか誘ってます?」


 ……バレたか。


 金を払わずに済み、かつ強力な戦力を領地につなぎ留めておく妙手だと思ったのだが、アナザには見抜かれていたようだ。


 ここで「そのとおりです」と言ってしまおうものなら、ライゼルの株も落ちかねない。


 ならば、それとなく家を貰った方が得だという方向に持っていく必要がある。


 ライゼルは意味深な笑みを浮かべ、


「お互いwin-winの関係でいようって話だ。お前の働き次第では領地は発展し地価も上がる。……逆に働きが悪いようじゃ町は発展しない。地価が下がって家の価値も減る」


「……町を発展させるのはボスの仕事っしょ。俺には関係ない――」


「それがあるんだよ。……この町に物資を送る交易路に、盗賊たちがちょっかいをかけてるんだ。そいつらを倒して安全を確保しないことには、町は発展しない」


「……そういうことなら、俺たちwin-winの関係になれそうっすね」


 即興でそれっぽい言葉を並べてみたが、存外アナザの心に響いたらしい。


 その後、詳しい契約を纏めていると、不意にアナザが口を開いた。


「心配しなくても、初めから帝国にチクるつもりなかったっすから。帝国に貸しを作るつもりもなかったんで」


「……そうなのか?」


「貰えるもんあるなら貰っとこうくらいの気持ちだったんで。……まあ、領民に誘われるとは思ってもみなかったっすけど」


「こちらとしてもダメ元で誘ってみたつもりだったんだが、受けてもらえるとは思わなかったよ」


「あちゃあ……もしかして自分、一杯食わされました?」


「どうかな」


 残念がるでもない様子のアナザを適当にあしらう。


 冒険者のわりに冷静で頭の回転が速い。


 脳筋なフレイあたりと組ませて仕事させてみよう。

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