第27話 シェフィとの関係を修復する話
バラギットの訪問から暗殺未遂、アニエスの正体判明とアナザという冒険者を雇ったりと、いろいろなことがあった。
不幸にもバラギットの歓待は失敗してしまったが、今さら悔いても仕方がない。
歓待の後始末や暗殺未遂事件の後処理等を終え、久しぶりに平穏が戻ると、ふとシェフィの顔を見ていないことに気が付いた。
(最近あいつの様子を見ていないが、元気かな……)
領主として、シェフィの仕事場は把握している。
いつも通り、仕事終わりにでも飲みに誘うとしよう。
「シェフィ」
「あっ……ライ……さん……」
いつもの元気な様子はなりを潜め、今日はどこかよそよそしい。
「どうした。いつもと雰囲気が違うみたいだが」
「あ、いや、その……あはは」
ライゼルに尋ねられ、シェフィが下手な愛想笑いを浮かべる。
「すみません。わたし、用事を思い出したので!」
「あっ、おい!」
ダッシュで逃げ出すシェフィ。ライゼルはその場に残されてしまった。
小さくなっていくシェフィの背中を眺め、ライゼルは小さく息をついた。
「俺、何かしたかなぁ……」
思い返すしてみるも、心当たりはない。
最後に会った時も、叔父の接待をするにあたってシェフィ、アニエスと町を歩いたが、特段変なことはなかったはず――
『ライゼル様のことを愛称で呼んでいるので、てっきり……』
「……………………」
――あった。変なことが。
思わぬところから自分の正体がシェフィにバレてしまった。
(アニエスめ……面倒なことを……)
口止めしておかなかったライゼルの責任ではあるのだが、今は誰かに八つ当たりしたい気分だ。
とはいえ、元を正せばライゼルが変な気を使って正体を隠したから起きた誤解。
自分の正体がバレた以上、これからは何も気にせず接すればいい。
第一、これまで仕事時間は不自然なくらい接触を避けてきたくらいだ。
そういう意味では、もう気にせず接してもいいわけで、仕事をする上でもかえって楽になったはずだ。
楽になったはずなのだが……
「……………………」
なぜだろう。
シェフィのことは別に何とも思っていないはずなのだが、どうも落ち着かない。
このまま何食わぬ顔で会おうとしたところで、きっと以前の関係には戻れないだろう。
薄紙一枚隔てたような気持ち悪さが残り、心にしこりを残したままかつての友人同士に戻ったようなフリを続けるだけだ。
(ちくしょう……なんで俺がこんなに気を使わないといけないんだよ……)
◇
労働者となった元盗賊たちを指揮する傍ら、シェフィは人知れずため息をついていた。
「今日もライさんのこと避けちゃったなぁ……」
そこまで考えて首を振る。
ライなどという人物はいない。あれはただ、ライゼルの仮の姿だ。
二回目に会った時に自分がライゼルの悪口を言ってしまったことで、名乗るに名乗れなくなってしまったのだろう。
それからは「ライ」という名前で会っては軽く食事をし、町を歩いたりと、緩い関係が続いていた。
おそらくは、ライゼルの方もシェフィのことを憎からず思っているのだろう。
そうでなけでば、ここまで頻繁に食事に行くことなどない。
とはいったものの、一度意識すると顔を合わせにくくなるのも事実であった。
「はぁ……これからどうしよう……」
港の建設を監督する傍らため息をついていると、隅で座っている元盗賊たちの姿が目に入った。
「こう毎日土木作業してると、気が滅入るよなぁ」
「そうそう。それに比べて、
「商人襲って、邪魔するやつブチ殺して……」
「うまかったなぁ……自分で略奪したメシは」
しみじみと昔話に花を咲かせる元盗賊たち。
作業員として働いていたはずだが、どうやら隠れてサボっているらしい。
ずんずんと彼らの元に向かい、シェフィが声を張り上げた。
「そこの人、ちゃんと仕事してください!」
「んだコラ!」
「ちょっと休憩してただけだろーが!」
「休憩は休憩時間にしてください!」
「んだとォ……それじゃあまるで、オレたちがサボってるみたいじゃねぇか!」
「あんまし舐めた口聞いてっと、痛い目あわすぞコラ!」
シェフィの注意に怯むことなく、盗賊たちが距離を詰めていく。
(ライさん……)
せっかくライゼルに任された仕事なのだ。最後まで果たしたかったが、これでは仕事どころではない。
「騒がしいな……」
聞き覚えのある声。シェフィが振り向くと、そこには想像通りの人物がいた。
「ライさ……ライゼル様!」
「大将……なんでここに……」
「ここは俺の領地だ。どこに居ようが、俺の勝手だろ」
バツの悪い顔をする元盗賊たちを尻目に、ライゼルとその少し後ろに控えたアニエスが騒動の中心と思しき場所に陣取る。
「そんなことより、ほら。差し入れを持ってきた。皆で飲んでくれ」
「うひょお、酒だあ!」
「さっすが、ライゼル様は話がわかるなぁ!」
先ほどの気まずいな雰囲気が一気に弛緩し、元盗賊たちが我先にと酒に飛びついていく。
「そんなに慌てなくても、酒は逃げないぞ」
「俺の酒は逃げるんですよ!」
「だめだコイツ、飲む前から酔っぱらってら」
元盗賊の一人がツッコむと、元盗賊たちの間に笑みが零れた。
「お前たちの気持ちはわかるが、あんまりシェフィを困らせるな。多少抜けているところはあるが、これでもなかなか優秀なやつなんだ」
「へへへ、わかってますって。俺らちゃーんと働きますんで……なあ?」
「そうそう。俺らたったいま心を入れ替えて今は真面目な人間になったんで」
「だいたい、俺ら最初から真面目に働いてたじゃないっすか!」
酒を与えられたことで、すっかり舐めた様子でライゼルに口をきく元盗賊たち。
(こんなんで人心掌握できたと思っていないが、案の定、か……)
飴を与えても言うことを聞かないのであれば、次は鞭を与えるまで。
ライゼルが目配せすると、アニエスが静かに頷いた。
「ふっ!」
抜き放たれた剣がワインの注がれたグラスを真っ二つに切り裂いた。
先ほどの緩みきった空気とは一転、辺りに緊張感が漂う。
静寂に包まれる中、ワインが零れる水音だけが響いた。
「……失礼。ハエがとまっていたもので」
ライゼルに舐めた口を聞いていた元盗賊の額を冷や汗が伝った。
……ウソだ。ハエなどどこにもいなかった。
おそらくは、ライゼルに舐めた口を聞いていた自分たちを牽制するため、脅しをかけたのだ。
……次は自分たちがこうなる番だ、と。
元盗賊たちが戦々恐々とする中、ライゼルが飲みかけのグラスを置いた。
「お前らの言い分もわからなくはない。……退屈だろうな。地味な仕事は」
一攫千金で一回一回が博打だった盗賊の頃とは違い、今の仕事は地道にコツコツ励むものだ。
当然、華やかな世界でもなければ、大当たりして儲けることもない、地味な世界だ。
しかし、ライゼルの下につき、領民となった以上、こちらの言うことは聞いてもらわなくては困るというもの。
だからこそ、今回は厳しく脅しをかける必要がある。
「締めつけられたら、誰だってサボりたくもなる。締めつけすぎず、適度に緩めた方がお前たちも楽だろうから、こうして差し入れも出しているんだ。……だが、俺の温情に甘えて舐めたマネをしようってんなら――」
ライゼルが視線を向けた先では、真っ二つにされたグラスと共に赤ワインが砂地を濡らしていた。
――次はお前たちがこうなる番だ。
暗にそう脅され、盗賊たちの顔が青ざめていく。
「「「……………………」」」
「……これでもお前たちのことは買ってるんだ。俺を失望させないでくれ」
「はっ、はいぃ!」
「す、すぐに!」
ライゼルの脅しが効いたのか、元盗賊たちがキビキビと仕事に戻っていく。
さて……
とりあえずシェフィを助けたのはいいものの、根本的な問題は解決していない。
これからどうやって関係を修復したらいいものか……
ライゼルが思案に暮れていると、緊張した面持ちでシェフィが前に出た。
「あの……すみませんでした。ライゼル様のことを悪く言ってしまって……」
「…………」
罪悪感を感じているのか、シェフィの目が微かに潤んでいる。
悪く言われたこと自体は気にしていなかったのだが、そうも参られるとこちらも調子が狂ってしまう。
ここはフォローを入れて、流れを変えるとするか……
「覚えてないな、そんな昔のこと……」
「えっ!?」
思ってもみない言葉に、シェフィが目を見開く。
思えば、ライゼルはつい先日までシェフィに正体を隠しており、またライゼルという人物を悪人だと誤解されてきた。
……ならば、これを使わない手はない。
シェフィの誤解、利用させてもらおう。
「これでも領民を束ねる立場だからな……。舐められないために、常に虚勢をはり続けなければいけなかった。……だが、思えば俺は、そんな生活に疲れていたのかもしれないな。……つい、自分の身分を隠して、ただの人間に戻りたくなった」
シェフィに対して身分を隠していたのは、ライゼルの悪評を気にして名乗れなくなってしまったからではない。
あくまで自分が、貴族でもなんでもない、ただの一人の人間として、演じ続けてきた“為政者”としてのライゼルという仮面を捨てたかったからだ。
……そういうテイで話を進めれば、シェフィも罪悪感を感じずに済むだろう。
「キミを利用する気はなかったが、結果的に騙す形になってしまったな。すまなかったと思ってる」
ライゼルが頭を下げると、シェフィが慌てて手を振った。
「そ、そんな! 謝らないでくださいよ! 悪いのはわたしの方で、だから、その……」
「それじゃあ、お互い様ってことでいいか?」
「……! はい!」
シェフィの顔がパッと明るくなる。
これにてやるべきことは終わった。
屋敷に戻ろうとするライゼルだったが、ふとシェフィに呼び止められた。
「あの! ライゼル様が嫌じゃなければですけど……二人の時は、またライさんって呼んでもいいですか?」
思ってもみない提案だったが、断る理由もない。
シェフィの提案を笑みでもって迎える。
「もちろん」
ともかく、これでシェフィとの気まずい関係を脱することができただろう。
ほっと一息つくライゼル。その脇で、シェフィが穏やかな瞳を称えて、消えそうな声でつぶやいた。
「ありがとうございます、ライさん。……わたしのためにウソをついてくれて」
(バレてたの!? けっこううまく騙せてたと思ったんだけどな……)
あれだけの大芝居を、他でもないシェフィに見抜かれるとは、思ってもみなかった。
ともあれ、ここまで芝居をやりきったのだ。
やっぱりバレてました? などと言おうものなら、せっかく作った湿っぽい雰囲気がすべて無に帰してしまう。
ならば、ここでライゼルが取れる選択肢は、ただ一つ。
「何のことだ?」
精一杯余裕そうな顔を作り、とぼけて見せるのだった。
◇
差し入れが終わり、屋敷へ帰路についていると、不意にアニエスに声をかけられた。
「あの、ライ……ゼル様」
「ん? どうした」
「いえ、その……ライ…………ゼル様」
「なんだ。聞こえているぞ」
「ライ………………ゼル様」
「……何がしたいんだ?」
ライゼルが向き直ると、アニエスがプイっと顔を背けた。よく見れば、耳が赤く染まっている。
「すみません。今のは気の迷いです。忘れてください」
「ああ……」
なんだ。コイツは。いったい何をしたかったのだ。
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