第28話 降伏勧告
自身の領地に戻ると、バラギットは頭を抱えていた。
目的だった交渉はライゼルが首を縦に振らず失敗。
サブプランとして用意していた屋敷の制圧もライゼルの仕込んだ毒の前に失敗。
影の一族に依頼した暗殺も凄腕の護衛により失敗。
こちらの考えた作戦がことごとく失敗してしまうとは、思いもしなかった。
これでも、きちんと領地を発展させ、借金一つしなかった有能領主と自負していただけに、胸にくるものがある。
「よもや影の一族が敗れるとは……あのライゼルという男、侮れませんな……」
少々感心した様子で、ローガインがライゼルを褒めそやす。
あくまで客将という位置づけだからか、どこか他人事だ。
「ライゼルがあそこまでやり手とは思わなかった。……正直、見くびってたよ」
自分の知るライゼルという男は、甘ったれた男だった。
借金を抱えた領地をどうにかしようともせず、未熟な自分を研鑽するでもなく、現実逃避をするかのように贅沢三昧を尽くし惰性で生きてるような男だった。
それがなんだ。突如覚醒したかのように領内の開発に着手し、あまつさえこちらの計画を看破するとは。想定外にもほどがあるではないか。
「……………………」
ともあれ、そこまでライゼルが有能な男だというのなら、こちらとしても手段を選んではいられない。
こちらも腹を括った方が良さそうだ。
「ローガイン、帝国にはどこまで根回しができる?」
「どこまで、とは……」
「どこまでならセーフかって話だ。暗殺はセーフ。騙し討ちはセーフ。……じゃあ内乱はどうだ。『奸物ライゼルを討つべく、叔父のバラギットが義挙に及んだ』……これなら、帝国中枢からも支持が得られるんじゃないか?」
「ふむ……」
ローガインが少し考える。
前例がないわけでもないが、派閥の力を借りれば問題なさそうだ。
「……少々向こうに送る
「多少の出費は必要経費と思って割り切るさ。……できるんだな?」
「すぐにでも」
「……決まりだ。すぐに兵を集めろ。戦を始める」
控えていた部下に命じ、軍の徴兵を始める。
「当主の座、今度は直接貰い受けるぞ、ライゼル……」
それから半月後。バラギット率いる軍は瞬く間にライゼル不在の州都グランバルトを制圧すると、ライゼルの構える開拓地に向け、進軍を開始するのだった。
◇
グランバルトがバラギットによって占領されたとの情報が入ると、思わずライゼルの声が裏返った。
「叔父上がグランバルトを落とした!? 間違いないんだろうな!?」
「はっ、5000もの軍で突如として侵攻を始めると、瞬く間に攻め落とされてしまいました」
「なんてことだ……」
ありえない。バラギットはつい先日こちらにやってきて、開拓を手伝うとまで言ってくれたのだ。
そのバラギットが、なぜこのようなことをする。
「まさか、怒っているのかな。カビたジャムを食べさせたこと……」
現状、考えられる理由はそれしかない。
「……今からでも謝れば許してくれないかな」
ライゼルが謝罪の方法を考えていると、扉がノックされた。
「バラギット様……いえ、バラギットから文が届きました」
カチュアから手紙を受け取ると、目の前に広げる。
曰く、
『我が領地の軍、5000をもってグランバルトを制圧した。次はお前の構える開拓地に攻め寄せるだろう。
しかし、大人しく降伏し、バルタザール家当主の座を譲り渡すのなら命は取らない。ライゼルの身の安全は保障した上で、これまで通り不自由のない生活を約束しよう。同時に、ライゼルが降伏すれば、家臣や領民の命も奪うつもりはない。これまで通りの生活が送れるよう努力する。
……ただし、一度でもこちらに刃を向けたのなら、楽に死ねることはないだろう』
とのことだった。
(叔父上、カビたジャム食べたさせたの、めちゃくちゃキレてるじゃん……)
怒るのも当然と言えば当然だが、それだけで当主の座を寄越せとまで言ってくるのか。
ライゼルの本拠地、グランバルトを制圧した以上、この文に書かれていることは本気なのだろう。
こちらが反抗する意思を見せれば、グランバルトに進駐させた5000の軍でもってこちらを潰しにかかるに違いない。
そうなる前に、できるだけのことはやっておかねば。
◇
バラギットがグランバルトを制圧したと聞き、急ぎオーフェンは軍の徴兵と文官たちに指示を送っていた。
「近いうちに戦となる。今のうちに食料や武具をかき集めておけ」
「はっ」
文官が部屋を出ようとしたところで、アニエスが入れ替わりに入ってきた。
「屋敷が慌ただしいようですが、何事ですか」
「む、アニエス殿か。実は……」
ライゼルの叔父が挙兵したこと、バルタザール家の本拠地が陥落したことを告げると、アニエスが息を呑んだ。
「なんと……」
「今は総力をもってこの困難に立ち向かわねばならぬ時期……。アニエス殿も力を貸して頂けますかな……?」
「当然です。この剣はライゼル様に捧げております。ライゼル様のため、仇なす者はすべて屠ってみせましょう」
「心強い……!」
こちらの兵はどれだけ集めても300がいいところ。
数の上では圧倒的に劣勢だが、帝国騎士団の元副団長であるアニエスが指揮をとるのなら話は変わる。
兵数で劣るのならば、将の質では勝ちたいところだ。
「さっそく兵の編成をライゼル様にご相談しなくては……」
オーフェンが部屋を出ようとすると、アニエスが止めた。
「しかし、さきほどからライゼル様の姿が見えないのですが……」
「なんだと!?」
オーフェンが声を荒らげる。
時はバルタザール家の趨勢がかかった一大事。
このような大事な時に、ライゼルはどこに行ってしまったのか。
(ライゼル様……)
◇
降伏勧告の文が届くと、急ぎ降伏するべくライゼルはバラギットが在陣しているグランバルトに向かっていた。
「今頃、俺がいなくなったと気づいている頃かな……」
馬脚を止め、遠く開拓地に思いを馳せる。
バラギットの軍は5000、こちらの兵はどれだけかき集めても1000にも満たない。
初めから勝ち目のない戦だ。
それならば、早いうちに降伏し、有利な条件で当主の座を譲った方が得なのではないか。
ライゼルはそう考えていた。
「叔父上とてわざわざ降伏勧告を出すくらいの情は残ってるんだ。……なら、多少甘えさせてもらっても罰はあたらないだろ」
「ですがぼっちゃま、もしも約束を反故にされたら……」
「その時は地の果てまで逃げて見せるさ」
ライゼルの答えが気に食わなかったのか、カチュアが僅かに頬を膨らませる。
「お前も来てくれるだろ、カチュア」
「当然です。ぼっちゃまのいるところが、私のいるべき場所ですから」
「それじゃあ、もしもの時は一緒に地の果てまで逃げようか」
「もちろんです」
ライゼルが降伏する旨の手紙は既に早馬で出してある。
こちらが到着するまでに、向こうで受け入れ態勢を整えてくれていることだろう。
降伏するとはいえ、こちらも一応貴族の当主。降伏すると言っている以上、悪い扱いはされないだろう。
(隠居したら、どうしようかな……。一日中うまいもの食べて、ダラダラ過ごしたいなぁ……)
そんな期待を胸に、ライゼルとカチュアは人目を避けてバラギットが占領するグランバルトに向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます