第5話 狐憑き


 はあ、Mさんに紹介されてきんしゃったとですか。

 はい、はい。そうですねえ。

 うちの人間も、確かに小さか頃ににおうとりますよ。


 詳しく聞いても、よかこたなかて思うばってんですね……。


 以下、方言のため文字起こしにて標準語へ変換済の記事。


 『狐憑きは、昔からあるみたいですよ。このS県では。Mさんも何で紹介したかなあ。あんまりね。そういう話はしないようにしてるんですよ。この県は田舎ですから、噂なんてものは広まりやすいですし。田舎は、良くも悪くも人が分かりやすい。格好の的になりますからね。年寄りも多いし、じっと聞き耳を立てている人間は多いものですよ。だから、なんていうかなあ。――そう、田舎でのは、とにかく他人から見たら珍しくてんですよ。分かります? 他人の不幸は蜜の味って、そういうやつですよ。普段はいい県なんですがね、年寄りが多いとどうもそういう風潮もあって、まあ田舎独自なのか、年寄り多いからなのか、判断は私にはつきませんけれど。だから、一族の中で狐憑きなんて出た日には、なんですよ。末代まで噂されるようなところです、この県は。申し遅れましたが、私、Yと言います。ええ、生まれも育ちもS県ですよ。狐憑きがS県に多いって言われるのは、本当にそうかは分からないですけど、三大稲荷があるからじゃないですか? だから、K府とか、I県ももしかしたら多いのかも知れませんね。知りませんけど……。はあ、それで、要するに、狐憑きの話が聞きたいんですよね。良いですけど、一体そんなこと聞いてどうするんですか? 気味、悪くなりますよ。そんなこと言っても、聞かないってことはできなさそうですよね。はい、分かりました。――うちのどれが狐憑きにあったかは伏せさせてください。あなたを信用しているわけではないので……その……必死に守り抜いた家系なんですよ、噂になっちゃ、困りますから……。狐憑きは、別名、ともいいまして。Mさんにちょっとだけ話を聞いたなら、分かるでしょう。要するに、お役目を忘れたはぐれ狐が憑くんですよ。人にね。それで、なんでか小さい子を好むので……多分、動物霊だから小さい子の方が色々便利なんじゃないですか。その辺までは分かりかねますがね。ええ、男も女も憑かれますよ。女の方が多いなんて言われますが、S県では男の方が多くてねえ。憑かれると、まず、畳の上をね、あの繋ぎ目のところしか歩かなくなるんですよ。畳縁ってやつですね。本来踏んじゃいけないっていわれるところじゃないですか。そこをね。ニヤニヤしながら歩くんです。それで、高ーく跳んで、次の畳縁まで移動します。人間の動きじゃないですよ、あれは。うちのは、十三段ある家の階段を、上から下までぴょーんと跳びおりましたからね。それで、能面のような顔になります。呼びかけても無反応のことが多くてね、目元は吊り上がります。なんででしょうねえ。本物の狐って別に、目元なんてぱちくりしてて可愛らしいもんなのに。夜になると泣き叫んで錯乱して暴れだしてね。でもその言葉ももう聞き取れないんですよ。まるでこの世のものじゃないような動きと声なんです。聞けたものでも見れたものでもありませんよ。大人二人がかりで押さえつけてね、たまに頬を叩いてやったりして、意識を戻してやろうとこちらも躍起になるんですが、戻らない。背中を撫でてやったり、水を無理やり飲ませてみたりします。そのうちに夜が明けてね。するとピタッとその動きも声も止まるんです。そして、ぐう、と眠りにつく。泣き腫らした目で眠るんで、起きた時には目もパンパンで、余計に人相悪く見えますよ。うちはそういうのが、二週間続きました。最初は夜驚症だと思ったんですがね。どうも気持ちが悪いもんだから、紹介してもらって、行ったんです。そしたら、は当然のように、大きい数珠、そりゃあもう本当にどデカいですよ、身体を叩くための数珠ですからね。それをね、机にいくつか並べて。それでまず、真言宗のお経を唱えられました。まあちょっと、の名前は忘れちまったんですけど、厳木でしたよ、多分。それで、長く長く唱えられて、狐憑きのやつは小さい数珠を手に持たせられてね、それでが太鼓を叩いたり色々、やってました。その後、さっきのどデカい数珠で狐憑きのやつの背中をポンポン叩かれてね、それで、最後にお茶をね、出されるんですよ。そこで何気ない会話をしたんですが。いやあ、不思議なひとでしたよ。普通のお坊さんに見えますがね。ありゃあ多分違います。祀られてる仏さんもちょっと不思議でね。私は仏像に詳しくないから分かりませんが。日本人形みたいに、綺麗なガラス箱に入れられてましたよ。お茶を飲んで話す頃には、狐憑きのやつもケロッとした顔をしててね。こいつもまた驚きました。ゾッとしましたよ。そいつがまたね、言うんですよ。怖いこと。「耳元で、ケーン、ケーン、って赤ちゃんが泣くみたいな声がずっとしてて頭が痛かった」って。あなた、野狐の鳴き声聞いたことあります? 鳴くんですよ、人間の赤ちゃんみたいに。夜なんかに聞いたら、もう怖くて震えてしまいますよ。ああ、こういう話をした日の晩は、なんだかどうにも寝付きが悪くなるからいけねえや。――まあ、そういうことです』

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