第3話 神社の駐車場にて


 これは私がお世話になっているお寺のK先生に聞いた話の内容である。

 

 厳木にあるK先生のお寺は、家と一緒になっているタイプのお寺で、玄関をくぐると、お寺の御仏前が広がっている造りになっていた。


 真言宗を宗派に持つK先生は、ある時、お参りに来ていた私にこんな話をしてくれた。


 というのも、これは私が神社の駐車場で体験した奇妙な出来事に直結していたからだった。


 私は、過去に夜の神社の駐車場でレイプ被害を受けている。

 加害者は一番私に良くしてくれる異性のだった。

 その事件が起きたのは忘れもしない大晦日の日だ。

 職場の上司だったそのに誘われるままに、地元の神社に初詣へと向かったのだった。


 「仕事はどう? もう慣れた?」


 はそんなことを尋ねながら、私と一緒に本山の方を目指して奥の院へと足を運ぶ最中だった。


 K神社は、日本三大稲荷のひとつだ。初詣となると沢山の人で溢れかえる。

 私は人でごった返しになったその場で、仕方なくに手を握られた。


 今思えばきっとこれが良くなかった。を図に乗らせてしまったのだ。


 自分で言うのも照れくさいがまだ二十代に入ったばかりのうら若い女である私は、の格好の餌食となってしまっていたわけだ。実に歯痒い。


 本山である奥の院までは、長い長い石畳の階段を登らなくてはならない。その道は、専用の貸出杖があるほどにきつく、大変で、登るのに若いものもひいひい言いながら汗を流さねばならないようなところだった。

 は、私の手をひきながら、夢中で階段を駆け上がっていく。もう既に四十を超えた歳だと言うのに、あまりに体力が有り余っているさまが、どこか浮世離れしていて恐ろしかった。取り憑かれたような目をしていたのかもしれない。うまくは思い出せないけれど。


 本山の奥の院まで登りきって、帰ることになった時、互いに運転して乗ってきた車を目指していたはずなのに、私は口車に乗せられあれよあれよという間にの車の助手席へ乗ることになってしまった。どこへ行くわけでもなく、ただ車内で話し合って、絡まり合いもつれ合うようにして、に無理やり行為を迫られたことを思い出す。

 あまりにも辛いので、この辺りでその話は割愛させていただこう。


 さて。


 その話をK先生に持ちかけた時、先生は穏やかな相貌を崩さず、ただ一言だけ、こう言った。


 「ああ……――神社の外は、とかく良くないものが目立つから」


 「どういうことですか?」


 と、尋ねる私に、K先生は続けてこう話した。


 「神社の結界は、それはそれは重厚な造りになっています。神様の住まうところなのだから、悪いものが入ったらいけません。神様の住まうところが清らかであるよう、神社をひと囲みするように結界は昔から張ってあります。ただ、その結界の外は、魑魅魍魎が入り乱れる。どんなものだって、神を喰らって太く強く大きくなりたいのだから当然です。そういうわけで、神社の外、とりわけ、神社の鳥居に近い場所なんかは、そういった魑魅魍魎が取り付きやすい。虎視眈々と神を喰らう瞬間を狙っているんです。だから、その駐車場も、鳥居のすぐ側にあったでしょう?」


 K先生に言われた通り、神社の鳥居と駐車場は、一本の細い道に隔たれただけの造りになっていた。


 私は強く頷いてK先生を見る。


 K先生は私の中の何かへ向かって話しかけていた。

 私を見ているようで、まるで私を見ていないのだ。

 虚空の広がる瞳は、不確かな何かを捉えている。


 「役目を忘れたはぐれ者のお狐様も、神社の中にはいらっしゃいます。そういうお狐様は、とかく人に乗りたがる。生者はいわばタクシー代わりですから。神社の外も、あぶないものでいっぱいだ。だから、神社の結界の外には、、夜近づいてはいけないのです。夜は神様もお眠りなさる。魑魅魍魎は活気づいて跋扈する。良いですか、。これだけは私と約束をするように」

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