1.青年の夢

 アカメガラスの黒い影が上空で円を描いている。鳥形の魔物の中でも頭の良い部類とされるそいつらは編隊を組み、その爪で、嘴で、俺の肉を裂かんと襲い掛かってくる。

 身をよじりながら、右手を伸ばした。指先にごわごわとした羽と温かい肉の感触。すかさず握りしめると、そいつは短い悲鳴を上げ息を絶った。そうして出来上がった屍が八。だがまだ倍以上の数が、ぎゃあぎゃあと空から俺を罵倒していた。

 日が傾きかけている。アカメガラスは目がいい。新月の夜でも真昼の下のように飛ぶことができる。これ以上時間をかけてはこちらが不利だ。

「ディール、準備は?」

「あと少しだ。もう少し耐えてくれ」

 アカメガラスをその黒い瞳で追いながら、ディールは答えた。茶褐色の彼の右手を覆うように魔力が渦巻いている。時折、炸裂した魔力が黒い稲妻となって地面を焦がす。普段はマントに化している黒い翼も、今や浮いた血管すら見えるほど大きく開かれている。並々ならぬ力を蓄えているのは、黒魔導に疎い俺でもわかる。どれだけの大技がその右手から繰り出されるのだろうか、そのためにディールは身動きが取れない状況にいる。それでも一羽のアカメガラスも彼を襲えないのは、赤髪の錬金術師が、比喩ではなく、鉄壁を敷いているからだ。今、俺を襲ったのとは別の小隊が彼女たちに飛び掛かった。サラ。そう呼びかける間もなく、

「こっちは大丈夫。カルマは自分のことに集中して」

 余裕のある声だ。実際、彼女が展開している鉄の壁は半球状にサラとディールを覆い、アカメガラスをただの一羽も寄せ付けていない。牛の皮すら容易に断つ爪を持つとはいえ、鉄の硬さの前では下手な奏者の代わりにもならない。

 その向こうの空、もう一小隊が大きく旋回し、照準をサラたちに向けた。嘴による特攻。

 サラは即座に壁を展延し、特攻隊の進路をふさいだ。まるで西瓜を落としてしまった時のような音が立て続けに聞こえた。

 アカメガラス達が上空に戻っていく。完全に日が暮れるのを待つつもりだろうか。こうなると、俺とサラでは手も足も出ない。襲撃に備え、構えは解かず空を見上げる。

 黒い。日暮れの暗さではない。黒い。ディールを見ると、口の端が吊り上がり、鋭い犬歯が覗いていた。魔力迸る右手を振りかぶり、地面にたたきつける。瞬間、上空の黒い空間から黒い稲妻が現れ、空気が張り裂ける爆音とともに、アカメガラスを焼いていった。

 稲妻が落ちた先の木々は焼け焦げ、ぼろぼろと崩れていく。その上に、炭化した一部を崩しながら、アカメガラスたちが落ちていった。周囲には焦げた肉の臭いと気化した血の臭いとが混然となって広がっている。

 ぎゃあ。と鳴き声がした。空の色は茜に戻り、もはや数えられる程度となったアカメガラスがちぐはぐに飛び回っている。群れの長はディールの一撃で死んだのだろう。彼らはもう統制が取れていなかった。まさしく烏合と化したアカメガラスたちは俺たちを襲うのをあきらめ、それぞれ四方に飛んで行った。しかしあるところまで行くとしばしその場にとどまり、別の方向へ嘴を向けた。同じことを数度繰り返したのち、彼らは悟ったのだろう。この一帯から逃れることはできないと。アカメガラスのねぐらに乗り込む前、彼らがその数を減らすよりも先に逃亡することを危惧し、事前に周囲に結界を張っておいたのだ。

 逃亡をあきらめたアカメガラスたちはまた一つに集まり、最後の特攻をかけてきた。

 ディールが両の掌を合わせ、眼前に突き出した。手首から先に黒い魔力が集まる。そのまま右手を胸の前まで引くと、魔力が線状に伸び、次の瞬間には矢となってアカメガラスに向かって走っていた。最初の一撃より溜が少ない分、威力は劣る。それでも半数を焼き殺した。

 残った半数が勢いそのままディールに向かい突っ込んでくる。俺がディールをかばうように立つと同時に、

「カルマ、受け取って」

 サラが拳大の鉄球を投げてきた。鉄球は空中で形を変え、俺が受け取った時には、頭が成人男性ほどもある鎚になっていた。常人ならば持ち上げることも敵わない重量。だが、俺ならば。四肢とそれ以上に腹筋に力を入れ、鉄槌を振り上げた。アカメガラスとの距離を測り、その一撃を。

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パンドラの夢1 @kaoruniihata

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