第122話 鉄壁のアリバイと謎に包まれた移動方法

 日本で氾濫を引き起こしたイギリスの探索者に対して日本政府も何もしなかった訳ではない。


 残念なことにそれを行おうとした確固たる証拠はなかったので抗議などは出来なかったが、それでもアーサーやソフィアが日本に来たことを証明するなどの状況証拠を確保しようと動いていたそうだ。


 だがその過程でおかしなことが起こったらしい。


 それを英悟と隆さんが教えてくれた。


「あの日、アーサー達はイギリスで行われた式典にいたねえ」

「俺の方でも確認したので間違いないですね」


 そう、俺と戦った僅か数時間後に行われたそれにA級探索者のアーサー・ウィリアムズとB級探索者のソフィア・アリストナリーの両名が出席しており、多くの関係者にその姿を見られたことが確認できたというのだ。


 しかもマスコミが撮影したその式典の映像に姿を捉えている始末。


 日本からイギリスまで飛行機でも半日以上は掛かる。


 つまり物理的にあの場で戦った二人がこの式典に出られるはずはないのだ。

 だが現実は違う。


(いくらA級でもイギリスまで短時間で飛んでいくなんて芸当は不可能なはず。てことは何らかのカラクリがあるはずだ)


 まず考えられるのが式典に出たのがスキルで変身した影武者だった可能性だ。


 だがあの場には他国の上級探索者もいたということなので、下手な化け方ではすぐに発覚していたはず。


「式典に出たのは影武者ではないと思いますよ。あれだけ大勢に見られれば生半可な化け方では異変に気付く奴も必ず出てきますからね」

「だとすると俺が戦った二人はいったい誰だったのかって話になるぞ」


 それともあれが何者かが二人に化けたとでもいうのだろうか。

 俺には錬金真眼もある上にあの時の様子からそれはないと思うのだが。


 英悟達の調べで氾濫以前のアーサー達の足取りも少しだけだが分かっている。


 どうやらあいつら二人はあの事件の一週間ほど前にお隣の韓国に来ていたようだ。

 その目的は韓国にあるB級ダンジョンで採れる素材とのこと。


「他国のことなんで詳細は分からないですが、今のところあっちの入国及び出国履歴におかしな点はないですね。ただこっちは大勢に確認される状況でもないので影武者で誤魔化せなくはないと思います」

「仮にあいつらが韓国で入国か出国履歴を誤魔化したと仮定して、日本にバレないように来ることは可能か?」

「正規の手段では不可能ですね。A級が来たとなれば国でも必ず確認を取りますから。ただでも裏ルートでも俺達の警戒を完全に抜けるのは難しいはずなんですよ」


 そして今のところそれらの警戒網を抜けられた形跡は見当たらないとのこと。

 少なくとも記録に残る船や航空機が使われた形跡はないらしい。


 またその警戒網を破られる可能性はあっても、その後に全く痕跡もないのは普通の方法ではあり得ないと英悟は述べる。


「つまりあいつらには日本に来ていない鉄壁のアリバイがある訳か」

「現状ではそうなりますね」


 こういう状況なこともあって日本政府も強く出ることは無理だという話だ。

 それも仕方ない話だろう。


 あちらにアリバイがある以上は証拠もなくアーサー達が氾濫を引き起こそうとしたと言ったところで妄言としてあしらわれるに決まっている。


「普通に考えたら不可能ってことは普通の手段を使ってないとみるべきか」

「御使いとやらの力を借りて転移してきたってのはどうです? それなら俺達の警戒網も無力です」

「それだと入口の監視員が気絶させられていたのが腑に落ちない。好きに転移できるならわざわざ入口を通過するとも思えないぞ」


 どこでも好きに転移できるのなら、会社で保管してある錬金釜やモノクルが盗まれていてもいいはず。


 そうでなくても会社の誰かを拉致することだって簡単だろう。


 だが今のところ潜入しようとする奴が現れるだけでその気配はない。


 そもそもアーサー達は転移石を使用したはずなのにダンジョンの入口に戻っていないようなのである。

 普通はダンジョン内で転移石を使用したら必そのダンジョンの入り口に戻されるというのに。


 つまりあいつらが使った転移石には普通のとは違う特別な効果があったと思われる。


(アーサー達は足取りもなしに急にあのダンジョンに現れた。となると敵はダンジョンの入口にでも転移する術を持っているのか? ダンジョンを作り出した御使いがそんな力を持っていてもおかしくはないか)


 あいつらはその力を借りたのではないか、というのが今の俺の予想だった。


 そしてその力を使って日本のダンジョンからイギリスのダンジョンに戻ったとすれば、時間的に不可能だった移動も可能にはなる。


(もしそうだとすると厄介極まりないな)


 敵が好きなタイミングで攻めてこられるのは守る側として非常に不利になる。


(ただあの時の時間切れとか他の使徒とかの発言から察するに、その力を好き勝手に使えるわけではなさそうなのが救いだな)


 少なくとも何らかの制限はあるはず。


 でなければ氾濫で混乱を引き起こすのが失敗に終わったと分かった時点で次の襲撃をしてきそうなものだし。


「ダメだ、情報が足りないな」

「ええ、今は前以上に警戒するくらいしか対策はできないですね」


 だからといってそればかりに警戒するわけにもいかないのが困ったものだ。

 敵はあいつらだけとは限らないので。


 そのことに注意は払うけれど変に固執しすぎても仕方ない。


「ま、なるようにしかならんな」


 そういうこともあって日本政府などができることはほとんどないと隆さんに謝られたが、気にしないように伝えている。


 御使いなんて超常の存在が裏にいる以上、政府だけでどうにかできるとは元々思っていなかったので。


「ったく、面倒だな」


 敵の移動方法に始まり、氾濫を起こそうとした目的や錬金真眼が反応したあの謎の黄金色の光のことなど分からないことばかりで嫌になる。


(まあいいさ。いざとなったら直接本人に問い質してやればいい)


 問答無用で氾濫なんて災害を引き起こそうとした連中だ。


 そう簡単にあきらめるとも思えない。


 きっと時が来たらまた戦うことになるだろう。

 その際に分からないことは白状させればいい。


 そのためには敵を打倒できるだけの力が必要になるが、その準備は着実に進んでいるのだから。


 俺は腰に差してある、とある薬が錬金された錬金剣を見ながらそう思うのだった。

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