第119話 幕間 大掃除される側の恐怖
突如としてアジトが何者かに襲撃された。
「はあ、はあ、はあ」
何か起こったのか分からない。
だがあの場にいたらいけない事だけは分かった。
命からがらその場から逃げた俺は人気のない路地裏を走り続ける。
「くそ、なんなんだ。あのバケモノは」
何度も何度も後ろを振りかえって、そいつが追ってきてないか確認をしながら。
今回の依頼は社コーポレーションという回復薬作成という世界初の発明を成し遂げた会社を監視することだった。
監視と言っても当然ながらただ見ているだけでなく、内部情報をどうにかして盗み出したり、あるいは社員を裏で脅すなりして何らかの情報を手に入れたりすることも含まれている。
幸運なことに鳳とかいう社員と接触が出来て、そこからある程度の情報を得られていたから乱暴な手段を取らずに済んでいた。
別に乱暴したくないとかではなく、下手に手を出すと相手にも警戒されるのが嫌なだけである。
また俺達以外にも同じような行為をしている奴らは山ほどいるし、下手なことしてそいつらに邪魔者扱いされるのは下策だったからだ。
内部の裏切り者と接触できていたこともあってこれまでは楽な仕事だった。
そのはずなのに事態は急転直下を迎えていた。
異変の始まりはこれまで何度か確認できていた他の同業者の姿が段々と見えなくなっていったことだろう。
この件から手を引いたのかと思っていたが、そうでないことはすぐに分かった。
なにせその消える数が急に増えていたからだ。
明らかにこれは何者かに消されている。
そう悟った俺達がアジトを引き払って撤退しようとしたがそれは遅かった。
遅過ぎたのだ。
アジトに強襲を仕掛けてきた眼帯の男のことは知っていた。
なにせ監視対象の社コーポレーションの御曹司だ。
探索者であることやG級に降格処分になったこと、果ては薬の効果でランク1まで逆戻りしたことも把握済みである。
場合によってはこいつを誘拐して父親である社長に脅しをかける計画も立てていた。
たとえ元C級だとしてもランク1まで戻った以上は俺達でもやれると踏んでいたのだ。
だがその考えは全くもって見当違いだったことが証明されてしまった。
なにせ俺達のリーダーが奴に一瞬でやられてしまったからだ。
素行が悪くて昇級できなかったせいで元E級だったが、実力的には間違いなくD級に匹敵するものを持っていた人が。
「んーと、こいつは手配されてるな。確保で」
リーダーを倒した奴が死なないようにと回復薬でリーダーを回復させながら発したこの言葉から分かってしまった。
俺達はこいつの敵ではない。
獲物でしかないのだと。
きっとここまで問題なく活動できていたのも単に泳がされていただけだったのだ。
そこからは思い出したくもない。リーダーを倒されてもまだ数がいた俺以外の奴らはその数でどうにかしようとした。
多勢に無勢というのは探索者でも通用する作戦でもあったからそれも一概に間違っているとは言い切れない。
だけどあの場においてそれは確実に不正解だったと思える。
嫌な予感がした俺が奴へ襲い掛かる仲間を見捨ててとあるビルの一室から逃げ出す瞬間、確かに見たのだ。
捕食者の、絶対的強者の笑みを浮かべる眼帯の男の顔を。
(あれはヤバイ。絶対にヤバイ)
探索者として活動していた時も、そして酒に酔っていた時にカッとなって暴行事件を起こしてしまったことでライセンスを剥奪されて裏の仕事をこなすようになってからも何度か死線を潜り抜けてきた。
だがそれら全ての経験を踏まえてもあの瞬間がヤバかったと言い切れる。
「チクショウ、何が元C級でもたいしたことないだ。全然違うじゃねえか!」
あんなのを誘拐しようとしていた自分達の滑稽さがもはや笑えてくる。
束になっても敵わないどころか敵としてすら見てもらえないというのに。
(命あっての物種だ。俺はここで手を引かせてもらう)
裏切った時の組織の制裁なんて言っていられる状況じゃない。
今すぐにあれから逃げなければならないと本能が警告してくるのだ。
その警告に従って必死に逃げたおかげか、どうにか自分しか知らない隠れ家まで戻ってきて、そこでようやくホッと一息吐く。
どうやら指名手配されているような大物を狙っていたようだし、俺のような小物は眼中にないみたいだ。
(裏仕事で稼いだ金を持って国外にでも逃げよう。ほとぼりが冷めたら戻ってくればいい)
あるいはそのまま海外で暮らすのもアリかもしれない。
日本と違って海外では力さえあれば生きていける世紀末の理屈で動いている国もあるという話だし。
とにかく国外に逃げると決めたらすぐに行動に移らなければ。
あのバケモノや組織の追手が来る前に。
そう思ってこれまでの稼ぎを隠していた金庫を開けて愕然とした。
その中身がすっからかんになっていたからだ。
そしてそこで悟った。俺は逃げ切れてなどいなかったということに。
「俺は、ここで殺されるんだな?」
「へえ、それを分かった上で抵抗する気はないと」
これまで気配も感じていなかった場所から何者かが現れた。
あの眼帯を付けたバケモノではない。
だが恐らくはそいつの仲間だろう。
このタイミングで現れるなどそれ以外に思いつかなかった。
「手配されてないみたいだからあんたを警察に突き出しても功績にはならないか。それに勘もそれなりに良くて裏仕事もできるみたいだし……よし、あんたには特別に選択肢を与えよう」
提示されたのは二つの未来だ。
このまま死ぬか、それとも英悟と名乗ったこの目の前の男の配下になるか、という。
「ちなみに死ぬ方を選択した場合は、回復薬を使った実験体になってもらう予定だからあまりお勧めはしないな。地獄の苦しみの中で息絶えたいっていう変態なら話は別だけど」
それは事実上、一つしか選択肢がないに等しい。
だがそれに文句を付けられる立場でないのは重々承知しているので何も言い返せはしない。
「分かった、配下になる」
「なら契約成立ってことで。ああ、心配するな。俺を裏切らない限りは生かしておいてやるし、お前の所属していた組織は間もなく跡形もなく消滅するから」
その最後の言葉にゾッとした。
こいつは俺達のような末端だけでなくそこに連なる奴ら全てを潰すつもりらしい。
しかもそれが出来て当然だと思っている。
「それじゃあまずは情報提供をしてもらおうか。分かってると思うが知っていることは全て正直に吐けよ?」
どうやらこいつらは他にも警察から手配されている探索者のことが知りたいらしく、完全に敵対する意思など失せていた俺は全てを隠さずに語った。
その後に用済みになったからといって始末されることはなく、俺はどうにか生き延びることはできた。
ただしこの英悟という男に首輪を付けられて飼い殺しにされた状態で。
他にも何人かそういう奴が居ることを知った俺は悟った。
(そもそも手を出しちゃいけなかったんだ)
後悔先に立たず。
酒に酔って一般人に重傷を負わせた時も頭に浮かんだその言葉がまた思い返されるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます