第118話 探索者と警察
ダンジョンが出現してから五年という月日で世界は色々な変化を迎えた。
例を挙げれば警察や軍。日本で言えば自衛隊などもその大きな影響を受けた一つだ。
なにせダンジョンが出現してから年々探索者の数は増えており、それはその中からスキルなどを犯罪に悪用する輩が増加することも意味している。
初期の頃は探索者のステータスも獲得したスキルもたいしたことがなかったので銃器などの文明の利器で対応できていたが、それも年を経るごとに難しくなっていった。
なにせスキルによっては銃弾受けても傷を負わない奴も現れ始めたのだから。
ただし各国政府もそのことを見越していない訳がない。
先のことを予想して賢明な判断を下した国々では、初期の頃から警官や軍人を積極的にダンジョンに潜らせていたらしい。
その甲斐あって探索者の犯罪者が出てもそういった国々ではそこまで混乱は広がらずに済んだ。
スキルを持った警官などが対応に当たったからだ。
逆にそれを怠った国では悲惨なことが起こったらしい。
南米ではマフィアだかギャングだかが強力なスキルを得たことで、誰も逆らえない暴君として君臨した国もあるのだとか。
あまりの武力に一時期は政府すらまともに逆らえない状態だったというのだから、その混乱具合も相当なものだったのだろう。
なお日本はギリギリでその賢明な国々に入っている。
迅速だった国と比較すれば遅かったが、それでも自衛隊や一部の警官を調査という名目でダンジョンに送り込んでいたからだ。
その彼らがどうにか探索者の犯罪者に対処することで、日本という国も初期は大きな混乱は起こらずに済んでいる。
だがその後に別の問題が起きた。
それは警官や自衛官よりも探索者の方が圧倒的に儲けられるという点だ。
他の探索者を捕らえられるほどに鍛えた警官や自衛官なら探索者としても十分にやっていける実力者が多かった。
それこそ元の職業より何倍も稼げるくらいに。
それなのに警官や自衛官としてでは払われる特別手当など高が知れている。
その上で捕らえるのが遅くなって周囲に被害が出れば、その対応の遅さをテレビやネットなどでネチネチと責められる始末。
挙句の果てには市民を守ろうとした彼らをバケモノ扱いする奴も少なくなかったとか。
そんな状況で身を粉にして職務を全うする奴は当然ながら多くはなかった。
探索者として活動すれば警官などよりも何倍も稼げて周囲からも尊敬されるのだからそれも仕方がないだろう。
しかもそれは日本ばかりではなく世界各国でそういう流れとなっていたのだ。
このままでは探索者の犯罪者を取り締まる人材が足りなくなる。
だが新しく鍛えた人物が現れても、こんな状況では長く続けてくれる訳もない。
その状況を踏まえて世界ダンジョン機構やダンジョン協会は、法に反した探索者を捕らえる場合は一定の謝礼を支払うことと昇級の功績として認めるという苦肉の策を打ち出した。
要するに足りない警官や自衛官の代わりとして探索者に探索者の相手をさせようとした訳だ。
この案の良かった点は、魔物相手が苦手な探索者にとって救済となったことだろう。
朱里などが良い例で、一部のジョブは索敵や諜報活動に長けている代わりに直接的な戦闘能力はどうしても他より劣っている傾向にある。
そのため朱里系統の奴は魔物討伐だけで昇級するのは単純な戦闘を得意とするジョブよりも難しかったのである。
その流れは今も続いており今回の俺が警察署に来たのもそれが目当てだ。
「年々探索者による犯罪の件数は増えていると聞いていたけど、治安の良い日本ですらこんなに指名手配されている元探索者がいるのね」
何故か警察署まで付いてきた椎平が束になった書類を見てそう呟いていた。
「海外だとこの程度では済まないからまだ日本はマシな方って話だぞ」
警察署では探索者ライセンスさえあれば指名手配されている元探索者の一覧を見せてもらえる。
そしてこいつらの誰か見事に捕まえてこられれば昇級の功績として認定される訳だ。
ただ罪を犯す探索者に上級の探索者はほとんどいない。
まあある程度まで行けば犯罪で稼ぐよりも普通に探索者活動をしていた方が儲けられるのだからそれも当然だろう。
だからこういうことをするのは上級には届かない、けれどすぐに捕まる底辺でもない奴ら、つまりは元F級とかE級辺りが多くなる。
「お、こいつは見覚えがあるな」
書類の中から見つけ出したそいつは最近社コーポレーションの周囲をウロチョロしている中の一人だった。
それ以外でも英悟などから危険人物として報告を受けていた奴らも何人か見つけ出す。
(こいつらを足掛かりにして芋蔓式に捕まえてやる)
こういう裏稼業で生きているような奴らはどこかで繋がりがある場合も多い。
それを上手く辿れればもっと多くの獲物にありつけるはずだ。
ちなみに普通の探索者はこんなことはほとんどしない。
何故なら探索者はいくら個人として強くてもその身内までそうであるとは限らないからだ。
報復としてそういう自分以外が狙われる危険性もある中で、こんなことに手を出そうとする酔狂な奴はあまり多くないのも当然だろう。
その最も分かり易い例としてA級探索者が圧力を掛けられた事件があるのだし。
ある程度歴が長い探索者ならその裏事情をそれなりには聞き齧っているものだ。
俺も少し前までなら愛華のことを気にして控えたかもしれないが、今のあいつは十分に鍛えておりそういう輩に襲われても撃退できる実力を有している。
ならば多少の報復など気にする必要はない。
「椎平も何件かやるか?」
「遠慮するわ。あんたのアイデアを横取りするようなことをする気はないし。それよりも私にも専用の釜とやらを作ってもらえるかしら? 次のダンジョンに潜るときのために各種回復薬を補充しておきたいの」
「それは構わないぞ。なんなら俺が作った特別品にしておくか?」
俺と椎平は期せずしてA級を競う相手となった訳だが、だからといって別に敵対しているのではない。
仲間であることに変わりはないので協力は惜しまないつもりだ。
なによりその上で勝てばいいだけの話である。
むしろそういう点で渋って勝っても何も嬉しくないし。
こうして目ぼしい相手を見繕ったら早速行動に移るとしよう。
なにせ椎平はB級で俺はF級とその差は歴然としているのだから。
少しでも早くその差を詰めなければ。
(まずはお掃除の時間と行きますかね)
汚物は消毒するに限る。
となれば英悟や朱里の力も借りて徹底的にやるとしよう。
それが結果として社コーポレーションの周りを嗅ぎまわる目障りな奴を消すことにもなるのだし。
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