第106話 惨敗

 相手は完全な後衛型の魔法職だったとはいえB級探索者とこれだけの勝負ができたことは僥倖だった。


 まだ俺のランクは十台なのにその倍以上はランクが上であるはずの相手と渡り合えるという証明にもなったのだから。


 回復薬を飲んで傷を治しながらも相手が下手な動きをしないか警戒を緩めない。


「さてと、とりあえずダンジョンの暴走を止めてもらうおうか」


 氾濫なんて起こしてもらっては困るのだ。人的被害は勿論のことだが、なによりそれでダンジョンや探索者に対する規制が行われたら今後の俺の探索者活動に差し障るので。


 そんなことを考えていた瞬間だった。


 側面から迫る何者かの影を錬金真眼が捉えたのは。


「がっ!?」


 だがほとんど反応できなかった。

 それほどまでに高速でその影は接近してきたのだ。


 どうにか腕でその影の主からの殴打を防いだものの、その防御を貫くように衝撃が体に打ち付けられて吹き飛ばされる。


 壁に叩きつけることでようやく止まったが、防御した左腕の骨が折れているようだ。


(クソが、回復したばっかりだってのによ)


「おい、まだ死んではいないだろう? さっさと出てこい」


 瓦礫に埋もれた俺に対して影の主はそんな声を投げかけてきていた。


 追撃して来ないとはいい度胸だ。

 お望みとあらば応えてやろう。


 身体の上に積み重なっていた瓦礫を吹き飛ばしながら俺はその声の主に向かって突撃する。


 そして自分がやられたのと同じように敵の防御の構えの上から全力で拳を叩きつけてやった。


「むっ!」


 その威力に敵もその場に留まっていられずに後ろに飛んでいく。


 だが壁に叩きつけられることはなかったし、こちらの攻撃は相手の腕を折ることはできなかった。


 どうやら相手の方が単純な力では上らしい。


「アーサー様!?」

「問題ない。だがこの力、生半可な相手ではないな」


 その言葉は決して強がりではなく相手はこちらと違って負傷していない。


(アーサーね。これまた大物が出てきたもんだ)


 二メートル近い体格とその燃えるような赤い髪。


 アーサーという名前でその外見の探索者を知らない奴などダンジョン関係の仕事に携わる者ではいやしない。


 アーサー・ウィリアムズ。


 獄炎の双剣士と呼ばれる世界でも限られた存在であるA級探索者の一人だ。


「まさかA級まで出張ってくるとはね。あんたも御使いの関係者なのか?」

「悪いが問答をしている暇はないんでな。すぐに終わらせるぞ」


 まだ左腕は治っていないから会話で時間を稼ごうとしたのだが、見透かされたのか相手はそんなことを待ってくれそうもない。


 小細工は通用する相手とも思えない。

 ならばやることは一つだろう。


(逃げるのも手だけど、こんな機会はそうあるもんじゃないしな)


 俺の目標としているA級と実際に戦える。しかも模擬戦ではなく本気で。


 そんなチャンスを逃すなんて勿体ないではないか。


 全身に力を籠める。


 相手もそれに応えるように臨戦態勢に入ったのが気配だけで伝わって来た。

 しかもそれだけでとんでもない力を秘めているのが分かる。


 ジリジリと互いに間合いを測っていたが、それも僅かな間のこと。


 次の瞬間には俺達は同時に飛び出し一瞬で接近を果たしていた。


 そしてその勝負もすぐに決着がつく。


 アーサーが繰り出した拳を掻い潜り俺の拳が奴の顔面に突き刺さる。


 生身の肉体を攻撃したのにまるで鋼鉄でも殴ったような感触が返ってくるが、それでも完全にカウンターが決まった。


 この一撃は少なくとも今の俺が放てる最高の一撃である。


 だがその攻撃を受けてもアーサーが止まったのは幾許かの間だけだった。


 そしてすぐに追撃の蹴りが飛んでくる。

 咄嗟に折れた左腕で致命傷は防ごうとしたが無駄だった。

 

 直撃した腕がその威力に耐えきれないように潰れて、手首から先に至っては千切れ跳んでいる。

 更にはその先にあった左腹部もその蹴りによって抉られて内臓まで覗いていた。


「ごほ!?」


 生命維持するのに重要な器官まで損傷したのか口から尋常じゃない量の血が溢れ出てくる。

 たった一撃でこのダメージは不味い。


(これは無理だな)


 力の差があり過ぎて技量とか根性でどうにかなる問題ではない。

 明らかに今の俺では届かない領域にこいつはいる。


 それが分かっただけでも収穫だ。


 だがそれで終わりにしてくれるような甘い相手ではない。


 止めとばかりに顔を狙って放たれた顔拳の一撃をまともに受ければ即死は免れないだろう。


 それは避けるために俺は残った右腕と欠けた左腕でクロスして守りの構えをとる。


「いい判断だ。だがそれでも足りん」


 アーサーがそう呟くと同時に防御なんて意味がないかのようにその腕の上から顔面に衝撃が叩き込まれる。


 その威力に耐えきれるはずもなく俺はまた壁まで吹き飛ばされた。


(視界が揺れるこの感覚も久しぶりだな)


 またしても瓦礫に埋もれながらも俺は敵を見ることは止めていなかった。


 今度の相手は追撃の手を緩めるつもりはないようだ。アーサーの周囲に巨大な炎の球が浮いている。


 B級のソフィアと比較しても、そこに込められた威力は比べ物にならないのが見ただけで分かった。


 あれをそのまま受けるのは不味い。


 だが相手は一切の容赦なくその火の球を放ってきて、俺の視界は赤い炎で包まれた。

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