第5話 (ほぼ)ダンジョン専門料理

 予約していた店に着いたがまだ誰も来ていないようだ。全八人のメンバーの中で今日来られるのは五人だけだったが忙しい奴も多い。先に入って待っていることにしよう。


「てか腹減ってるし先に飯食っとくか」


 しばらくして料理が運ばれてきてもまだ誰も来ない。もう集合時間は過ぎているのだが。


 まあそれならそれで仕方がない。この目の前の美味そうな熱々ステーキをじっくりと味わうことにしよう。


 分厚い肉にナイフを入れると拍子抜けするほどあっさりと切れていく。これだけでどれだけ柔らかいのか分かるというものだ。


 まずは何もつけずに一口。


「ああ、美味いな」


 肉だけなのに美味い。勿論、調理の際に塩胡椒などの最低限の味付けはされているだろうが、それだけでこの美味さなのは素晴らしい。A5ランクの牛肉ですらここまでの旨味などはないのではないだろうか。


 そうやって素晴らしい幾つもの料理に舌鼓を打っていると個室の扉が開く。ようやく誰か来たようだ。


「っておい、なんで閉める」


 扉を開けた人物は何故か部屋に入らずにそのまま扉を閉めてしまう。そのまま待っても中々入ってこないのは一体どうしたのやら。


「何やってんだ? そこにいるのは分かってるから入ってこいよ」

「……あんたこそ何やってんの?」


 こちらの声が聞こえたのか再度扉を開けて入ってきながらそんなことを言ってきたのはパーティメンバーの一人で第三次職の魔法剣士のジョブの畔川あぜかわ椎平しいらだった。半年見ない間にショートだった黒髪が伸びてミディアムヘアくらいになっている。


「何って見てわかるだろ。飯を食ってる」

「呆れた。あんた、全然変わってないわね」

「何を当たり前のことを言ってるんだ?」


 人間そう簡単に人格や性根が変わることはない。それにパーティメンバーは年単位でダンジョン攻略を共にしてきた腐れ縁だ。色々あってあのパーティは解散してしまったが、それで仲が悪くなるとか今更変に気を使うような間柄になる訳がない。


「まあいいや。立ってるのもなんだし座れよ。ついでにこの料理の感想を聞かせてくれ」

「料理の感想? そう言えば今日この場所を指定したのはあんただって優里亜から聞いたわね。何かあるの?」


 そう言いながら椎平しいらは正面ではなく斜め向かい側という若干話し辛い位置に座る。まあ戦闘時ならともかくこいつが普段の俺にぶっきらぼうなのはいつものことなので気にするだけ無駄だ。


「食えば分かるさ」

「まあいいけど。……って待ちなさいよ、これ!?」


 一口食べただけで分かったらしい。まあこいつもこれは散々食ってたからな。


「これって甲殻亜竜アーマーサウルスの肉じゃない!」

「大正解。実はここ、うちの会社の飲食事業部が立ち上げた店なんだよ。俺も全面協力してる」


 しかもただの店ではない。ダンジョン産の食べ物ばかり取り扱っている(ほぼ)ダンジョン専門料理店とも言うべき場所なのだ。代用可能な物は食器やテーブルなどの備品も含めてダンジョン産の物かダンジョン素材を加工した物のはず。


「そりゃそうでしょうね。甲殻亜竜アーマーサウルスの狩り方なんて普通の探索者が知ってるわけないもの」

「あのハメ技を編み出したのは俺だからな。資金繰りのために社長にこのアイデアを売りました。ちなみに大繁盛で二号店や三号店を出すことも決定してます」


 更にこの高級志向の店とは違った安価な大衆店として甲殻蜥蜴アーマーリザードを主に取り扱う店も計画中だったりするが、また驚かせるために今は黙っておくとしよう。


「……あんた、探索者は一時的に休止するだけって言ってたはずよね」

「ん? ああ、そうだぞ。今は色々とやることがあるからな」

「でもこれだけの事業を立ち上げて成功させられるのならそうする必要はあるの? その気になればあんたは探索者じゃなくて会社経営とかお父さんの下でそっちの道でも生きていけそうじゃない」

「面白いこと言うな」


 確かにこれはうまくいったが、だからと言ってこの先もずっと続くなんて保証はどこにもない。甲殻亜竜アーマーサウルスなんて希少な食材の狩り方はそうそう真似できないだろうが、それ以外のダンジョン料理店についてはそれなりの数が日本でも存在している。


 この店だって最初の物珍しさだけで人気が終わることも十分にあり得る。勿論そうならないように二の矢、三の矢は用意しているがそれが確実に成功するか誰にも分からないだろう。


 それにあの会社はあくまで父親のものという認識だから継ぐ気は全くない。


 関わりの薄い相手ならそういう風に建前を言ったかもしれないがこいつ相手に今更そうする気も必要性も感じないので正直に述べる。


「俺は探索者を辞める気はない。それと負けっぱなしで終わる気はもっとない。更に言えば俺はあいつを必ず仕留めるつもりしかない」


 今の資金繰りなども全てはそのため。あいつに勝つための準備には金が掛かるのだ。それも探索者としてかなり稼いでいた俺でも用意できないような額が。


「本気なの? 私達八人がかりでも勝てずに撤退したのよ」

「その上リーダーとその婚約者、いや今はもう奥さんだったか。その二人は実質的には引退に近いからな。少なくとも危険なことはしないだろうよ。家庭を持って子供を育てていくって話だしな」

「それならなおさら!」

「諦めろって? お断りだね。このまま視力を奪われたままなのは百歩譲って許せても、あんな不甲斐ない負け方をしてそのまま終わるなんて絶対にない。俺にとってそれはあり得ないことなんだよ」


 奴との戦いによって視力を奪われたことやパーティが解散したことを恨んでいるのではない。それよりももっと単純で我儘な衝動が俺を突き動かすのだ。


 あの試練の魔物と呼ばれる非常に特殊な魔物から敗走した俺達パーティはそこで活動を終えた。片目を失って剣豪として使い物にならなくなった俺や婚約者を死なせかけたリーダーなどまともに戦えなくなった奴がいたのだから仕方がない。


 個人的には俺が抜けてもそのままパーティは維持して新メンバーを補充すればいいと思ったのだが、そうするつもりはないと目の前の椎平や他のメンバーが決定したのだ。


 そのことに対して解散の一つの要因となった俺がどうこう言う資格はないだろう。


 まあ現状ではほぼ引退したような形の俺とリーダー夫妻以外の五人は、目の前の椎平も含めて探索者としての活動を続けているそうなのでそう悲観したものでもない。


 なんなら俺が本格的に復帰したら、パーティを組むまではいかなくとも臨時のチームを作ってダンジョン攻略するくらいはやるだろうし。別に死に別れた訳でも仲違いしたのでもないのだから。


「……はあ、相変わらずの頑固さね」

「そうだな。自分でもどうかしてると思うよ」

「分かった。止めたって止まらないんだからもう言わない。その代わり試練の魔物と戦う時に私も連れていきなさい」

「おいその話、詳しく聞かせろ」


 いつの間にか噂をしていたリーダー夫妻が丁度扉を開けて部屋に入ってきたところだったらしい。


 元リーダーにして五年前、探索者を共に始めた俺の相棒の雲薙くもなぎ哲太てったが誤魔化しは許さないと言わんばかりの厳しい視線をこちらに向けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る