第4話 探索者講習会 座学

「ダンジョンで初めて魔物を倒すとステータスカードと呼ばれる謎の物質でできたカードが手に入ることは皆さんも知っていると思います。ですがその内容についてしっかりと把握している人は意外に多くありません」


 今、俺が行なっているのは会社での講習会。これは社長である父親から頼まれた仕事の一つだ。


 五年前に現れたダンジョンだが、その当初から潜っていた俺と今から探索者として活動しようとする人ではどうしても差が生まれる。


 まあそれは当然だ。こちらが何年も掛けて積み重ねてきた経験や知識がなりたてのヒヨッコに簡単に追い抜かれてはたまったものではない。


 これがゲームなら新規に対しての経験値アップアイテムやらで調整を図るのだろうが現実のダンジョンでは今のところそんなものは一切現れる気配すらない。


 つまり後発組は遅れれば遅れるだけ不利になる訳だ。


 だが探索者の数はまだまだ必要。ダンジョンは放置し過ぎると中から魔物が現れる危険な代物もあるのでそういうものは定期的に間引かなければならない。


 もしくはダンジョンを攻略して消滅させる必要があるのだが現在でもダンジョンはどこからともなく現れて増え続けている。


 どんなに優秀な探索者でも世界中のダンジョンを攻略するのは不可能だし、素材確保の面でも人手は必要不可欠。


 そして人手を確保するには新たな探索者として活動してくれる人材がいなければならない。


 そんな現状なので企業の中には探索者をサポートする事業を行なっているところもあり、社コーポレーションでも最近は特にそれに積極的に取り組んでいる。


 この講習会もそのサポート事業の内の一つだ。


 講習会には総勢二十人が参加している。


 いきなり探索者一本でやっていくのが不安なので会社と契約をして働きながら探索者活動をしようと考えている新入社員。


 これがこの中では一番多い。


 他には会社から支給される分だけでは物足りず自分でも素材を確保したいと考えている研究員。


 疲れにくくなるなどのステータスによる恩恵を受けてみたいと考えた管理職。


 何も知らないけどとりあえず話だけ聞いてみにきた人などその内訳は様々だ。


「そこの人、ステータスカードには何が書かれているか分かりますか?」

「はい。ええと、名前とランク、ステータスにスキルとジョブの五つです」


 指名した探索者の資格を持つ人物はしっかりと答える。


 探索者になる際に説明されているはずだし探索者ならステータスカードを持っているのでそれを見ていたら答えられない訳がないので当然だが。


「その通りです。それでは自分のステータスカードを持っている人はそれを出して、持っていない人は先ほど配った資料の中の例を見てください」


 俺も自分のを取り出してそれを眺める。


八代 夜一

ランク 34

ステータス

HP  101

MP  50

STR 94

VIT 62

INT 43

MID 85

AGI 72

DEX 79

LUC 31

スキル 錬成レベルⅠ 錬成素材作成レベルⅤ アイテムボックス 製薬レベルⅦ

ジョブ 錬成術師レベルⅠ 薬師レベルⅦ 賭け好きレベルⅣ 遊び人レベルⅢ 賭博師レベルⅡ……


 そこには見慣れた数字が並んでいた。ある事情のせいで他の同じランクの奴よりも低いステータスだが、まあそれについては自業自得なので文句を言うつもりはない。


「まず名前ですがこれは説明の必要はないですね。どういった仕組みなのか不明ですがステータスカードは自動的に本名が記入されています。偽名やニックネームに変えることはできません」


 本人確認の書類として意外に便利だと言われているがここでは関係ないことなので省略しよう。


「その次のランク。これはゲームでいうレベルと同じで魔物を倒すごとに経験値が溜まっていき一定の量を超えればランクアップします。その際には各種ステータスが上昇して様々な能力が強化されるので、これを上げれば上げるほど強くなれると思っていいです」


 自分のランクは34。


 世界トップクラスで50あるかないかと言われている現状ではそれなりに高い方だと思う。


 なお、この講習会に参加している中で最も高い人物で6だったはず。


「次のステータスについてですが、これはゲームをやったことがある人は馴染み深いものだと思います」


 ステータスの項目はHP、MP、STR、VIT、INT、MID、AGI、DEX、LUCの九つ。


 HP《ヒットポイント》はその名の通りでこれがなくなれば死ぬ。


 MP《マジックポイント》は別名魔力で一部のスキルなどの魔力を必要とする行動を取るときに消費される。


 STRは物理攻撃や腕力、VITは物理防御や頑丈さ、INTは特殊攻撃や知能、MIDは特殊防御や精神力、AGIは敏捷性、DEXは器用さ、LUCは運や直感などがそれぞれ関係しているとされている。


「これらのステータスはダンジョン内だけでなく外でもその効果を発揮します。ただその効力はダンジョン内と比較すると半分ほどになると言われていますが」

「でも半分になっても効果は大きいんですよね?」

「最初の数値が低い内はそれほどではないかもしれませんが鍛えれば鍛えるほどその効果はバカにならないですね。どのくらいになるか具体的に言うと……ランク34の私は三日間くらいなら寝ないで活動しても眠くならないし大して疲れません。その上で健康面でも問題ないことが確認されています。これはHPやVITなどの肉体を強化する効果のおかげだと言われていますね」


 本当は五日くらいなら大丈夫なのだが俺は近接系でHPやVITが高いせいもあるので控えめに申告しておいた。


 VIT補正が低い元仲間の魔法使い系でも俺と同じランクならそれくらい問題なく活動できていたので大体そのくらいのはず。


 それでもその効力に驚いたのか一部からはザワザワと驚きの声が上がる。


「まあ初めの内は少し疲れにくくなる程度なので期待し過ぎるのも良くないですよ」


 そう言って話を終わらせると次に進む。


「その次のスキルですがこれは様々な物があって一概にこうと言えません。例を挙げると私が持っていた剣技補正のスキルは剣を使う際にどう扱えばいいのか分かったりその理解度や成長を高めたりしてくれます」


 他には腕力上昇などの持っているだけでSTRなどステータスに補正が掛かるスキルや火炎魔法のように持っていて初めて魔法が使用できるものなど様々なものがあると資料を交えて説明する。


「これらのスキルの習得数に制限はありません。なので上位の探索者は多くのスキルを保有している傾向にあると言ってもいいでしょう」


 スキルは持っていればいるほど力になる。剣豪だった俺は魔法系のスキルはほとんどないが代わりに肉体強化などのスキルはそれなりに有している。


「スキルを手に入れる方法はどういったものがあるのでしょうか?」

「それは幾つかありますね。まず最も多いのは特定の行動や条件を達成することです。例えば私の剣技補正のスキルは剣を用いて魔物を一定数倒すことで手に入り、その討伐数が増えれば増えるほどスキルレベルも上がっていきます。ちなみに後で出てくるジョブにもレベルがありどちらもⅩが最高です」

「そのレベルが上がるとどうなるのですか?」

「基本的にはその効果が高まると思ってくれていいですね」


 なるほどと研究員らしき人物や探索者の資格を持っていない人が頷いて納得しているが、その横で探索者資格を持つ人達は退屈そうにしていた。


 まあ彼らは探索者になる際にこのくらいのことは聞いているだろうからそれも仕方ないだろう。


 もっともそんな彼らをこのまま退屈で終わらせる気もないが。


 身内だからとそんな仕事で報酬をくれるほど社長オヤジは甘くはない。


「それ以外では特定のジョブになったりそのジョブレベルを上げたりすること。珍しい例では魔物が倒した時に極めて稀に落とすことがあるスキルオーブを使うことなどがありますね。まあ今はざっとそういった方法があると理解していれば大丈夫です。もしこれらの更に詳細な説明が聞きたい場合は講習会の後に聞きに来てください」


 全てを語っていたら時間内に終わらないので仕方がない。


 それに最も重要なのはこれからだからそっちに時間を割かねばならないのだ。


「最後のジョブについてですが個人的に探索者として活動していく上でこれが最も重要になってくると考えています。このジョブを適当に選んだり疎かにしたりすると大怪我するなどの痛い目を見るので気を付けてください」


 本音を言えば死ぬので気をつけろと言いたいが最初からそう言って無暗に怖がらせてもダメなので大分マイルドに言っている。


 それでもこれまでと違った様子のこの言葉に暇そうだった一部の層が表情を変えてこちらを見てきていた。


 探索者になる際もそれらしきことは言われているはずなのだが。


「ジョブはステータスカードを入手した際に第一次職と言われるものが自動的に手に入ります。これは村人とか平民とかどれも弱いものばかりです。だから初心者ダンジョンならともかく、それ以上で活動するなら上位の第二次職や第三次職になる必要があります」


 ちなみに剣豪も錬成術師も第三次職でそう簡単になれるものではない。


 最前線で活躍するトップランカーの多くが第四次職で、第五次職になったのは上位数人だけという話なくらいには希少である。


「ジョブもスキルと同じように習得するのに何らかの条件があります。特定の行動や一定レベルに到達したスキルを持っていることなどがその一例ですね。あとはスキルオーブと同じように滅多に現れないジョブオーブを使うことでも新しいジョブが入手できます」


 第二次職辺りは先行組が調べまくったのでその条件などが明らかになっているものが多い。


 だが第三次職以降になると条件どころか存在そのものが発見されていないジョブもあると考えられている。


 少なくとも表向き発表されている数がまだまだ少ない。


「またジョブにはステータス補正というものが存在します。この補正はジョブによって異なっていて例えば私の前のジョブである剣豪ならHPとSTRとAGIとDEXに2、MPとVITとMIDに1の補正があります」


 ランクアップ時、ジョブの補正なしで全てが1上がる。それに加えてジョブの補正がある分もステータスは上昇する。


 つまり剣豪はランクアップの時にHPとSTRとAGIとDEXは3、MPとVITとMIDは2、それ以外は1上昇するのだ。これは一度だけではなくランクアップの度にそうなる。


 それが積み重なれば補正値の少ないジョブとの差がどうなるかは言わなくても分かるだろう。


「補正が積み重なって高まったステータスの力は強力で探索者として活動していく上で重要で欠かせない要素となります。こんな風に」


 そう言って俺は用意しておいたコインを取り出すと人差し指と親指だけで持って、そのまま二つ折りにして、更にもう一度二つ折りにして小さな塊にしてみせた。


 それを見て唖然とした様子の大半のメンバーに思わず苦笑が漏れる。


 この程度はある程度の探索者なら誰でも可能なお遊びや曲芸みたいなものだからだ。


「このように上位職になればなるほどステータスの補正は大きくなります。なので早めに上級職になって高い補正のジョブになることがステータスを上げる最適解と言えるでしょう」

「でも上位職になるためには一定以上のランクと特定のスキルや条件をクリアしないといけないんですよね? それって結構難しくないですか? 順調に行っても二次職になるのに一年くらい掛かるって話を聞いたこともありますし」


 そんな中で最もランクが高いおおとり 周哉しゅうやが驚いた様子は見せずに手を挙げて質問してきた。


 その顔はどこかこちらをバカにしているような、少なくとも尊敬とかの良い感情は窺えないものだ。


(たぶん彼は俺の噂を知っているんだろうな)


 現在の日本でA級はおらずB級も四人だけ。


 C級でも百人前後しかいなかったはずなので探索者界隈では俺もそれなりに有名だった。


 次のB級になるかもしれなかった人物が片目を失って落ちぶれたと事情を知らない奴らが勝手な噂を流しているのだ。


 もっとも第三次職でありながら外れジョブと呼ばれる錬成術師となったことだけで判断すればそれも間違っていないように思えるので仕方がないかもしれないが。


 外野は詳しい事情なんて気にせず好き勝手囃し立てるものだし。


「確かに昔はそうでした。少なくとも私達のような先行組と呼ばれる五年前から活動している探索者はジョブの仕様なども手探りで手間暇かけて調べるしかなかったので、どう頑張ってもそれくらいは必要だったという事情があります」


 現在のスキルやジョブ、ダンジョンで採取できる素材やアイテムについてなど今日に至るまでのダンジョン関連の情報は先行組が全く情報もない中で藻搔いて手に入れてきたもの。


 その過程で命を落とした犠牲者の数は世界中で百や二百では足りないだろう。だがだからこそ後発組の彼らに伝えられる情報もあるのだ。


「ですが今は違います。正確に言えば二次職の中には幾つか裏技的にランク1でもなれるものがあるんですよ」

「え、そんなの聞いたこと無いぞ!?」


 思わずといった様子で鳳が敬語も忘れて聞いてくる。


「一般にはあまり知られていないのと全く後ろ盾のない探索者にはまず無理だからでしょう。複数ある内のどの方法でも結構な費用やコネとかが必要になる上に何も労せずなんて都合のいい話ではないですからね」


 だがこうやって会社がその分野を担当してくれるなら話は大きく違ってくる。


「さて今回の座学はここまでで次回の講習は実地訓練です。具体的にはステータスカードを持っていない人はその習得と二次職を希望する人には会社負担でそれを習得してもらいます。配った資料にその内容についても軽く書かれているので今回の復習も兼ねてよく読んでおいてください」


 いきなり実戦が無理な人は別のコースも用意しているのでそちらに行ってもらう。


 だが基本的に俺が教えるのは最短ルートで強くなる方法なのでスパルタなのは当たり前。


 社長からもそうしていいと許可は得ているので遠慮など一切するつもりはない。


「それでは解散で。追加で何か質問がある人はこの後に私のところに来てください」


 その言葉に多くの人が俺の方へとやってくるがその中に鳳の姿はなかった。


(バカにしているのか対抗意識なのかは知らないが少しは感情を隠すことを覚えてほしいもんだな。ガキじゃあるまいし)


 遠くからこちらを睨んでいることは察しながらも視線を向けることはせずに放置して質問に答えていった。

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