第3話 錬成術師となった男

 俺の名前は八代やしろ夜一よいち、二十六歳の男性。


 職業は半年ほど前までは探索者だったのだが今は理由があってその活動を休止している。


 五年ほど前に世界各地に突如として現れたダンジョン。そこに地球の猛獣など比較にならない危険な生物である通称魔物が生息しており、また魔法や回復薬などの不可思議なスキルやアイテムも存在していた。


 そしてそこではレベルやスキル、ジョブなどが習得できて現実世界でもそれらは消えることなく反映される。それを知った数多の人が危険を顧みずにダンジョンへと潜って、その多くが犠牲になった。


 中には軍を派遣した国もあったが、それでも攻略に失敗することが多発したということからも分かるだろう。ダンジョンは非常に危険で生半可な奴はすぐに命を落とす魔境だったのだ。


 それでも時間を掛けてダンジョンを攻略する人達が現れて、ダンジョン攻略を生業にするその人達のことを世界では探索者と呼ぶようになっていた。


 俺もダンジョン発生時から潜っている先行組と呼ばれる内の一人だ。


 もっとも今の俺は探索者としての活動をほとんど行なっておらず会社勤めをしている。


 まあその会社というのは実の親が経営している社コーポレーションという会社でその事業の手伝いが主なのだが。


 社コーポレーションという名の会社は五年前までは存在しなかった。


 だがダンジョンが発生してそこに商機を見出した父が脱サラしてダンジョン関連の事業に多額の借金までして投資した結果大成功。


 ダンジョン関連に限定すれば今では日本でもそれなりの企業と言えるくらいにまでなっている。


 だから傍から見れば俺は社長の息子、所謂御曹司として見られることも多い。だが実際にはそんなことはない。


 大学時代まではごく普通の一般家庭だったし、その後の大学時代では一人暮らしをしていて実家にはいなかった。


 そんな最中にダンジョンが発生して、気付いたら父親が勝手に脱サラして起業していたのだ。


 ダンジョン発生で就活とか色々とドタバタしていて、ある程度落ち着いた頃に帰省したらいつの間にか父親が大成功を収めて社長として金持ちになっている。


 俺以外の兄妹も意味が分からないし急なこと過ぎて実感が湧かないと言っていた。


 まあこのことを言うと親の許可を得ずに就活を辞めて探索者になることを決めた俺も同類扱いされるのであまり強く言えないのだが。


 そんなことを考えながら父親が立ち上げた会社に出社して自分の席に向かう。


 悪夢のせいで大分早く出社する羽目になったので早めに仕事をやってしまおうと考えた訳だ。


体力回復薬ライフポーション魔力回復薬マナポーションの作成は依然として失敗続きか。まあこの五年で誰も成功していない難問だからそれは仕方ないな)


 傷に掛けるか飲むことで瞬時に傷を塞ぐ現代の霊薬とも称される体力回復薬ライフポーション、それは未だにダンジョンでのドロップ以外で手に入れる手段は存在していない。


 大手の製薬会社などが何年も掛けて研究しても作成の糸口さえ見つからないこともあって、そもそもこれらはドロップ限定品で作成することはできない代物なのではないかという説もあるくらいだ。


 手に入れられる機会があまりなく、そうなると希少な品となるのでこれらの回復薬ポーションは非常に高価だ。もしこれを作れるようになって取り扱うことをできれば、その人物が億万長者も夢ではないと言えるくらいに。


(あるいは鍛冶師にしか作成できない武具や装飾師にしか作れないアクセサリーがあるから回復薬ポーションも特定のジョブがないと作れないのか? もしそうだとするとやっぱりこの錬成術師が当て嵌まりそうなんだがな)


 前までは俺のジョブは剣豪だったのだが今は訳があって錬成術師となっていている。文字通りこのジョブは戦闘職ではない。


 錬成術師は変わったジョブでジョブレベルが1の時点では錬成というスキルが手に入るのだがこれが何にも使えない。


 また錬成水などのこのジョブでしか作れないものをMP(魔力)を消費して作成することが出来るのだが、それらは今のところ何かに役に立つとはお世辞にも言えない物ばかりだ。


(錬成水に錬成砂、錬成草に錬成土と錬成紙。ジョブレベルが5になって出せる物は増えたけど、相変わらずどれも何の材料になるのかも分かりすらしない。錬成術で何かに変化するのかと思って色々試しても何の変化もないし何が足りないんだろうか?)


 錬成術師はステータスの補正だけでいったらかなり優秀なのだが、如何せん手に入れられるスキルがこのように使えないゴミばかりで他にも色々制限が掛かる。例えばジョブレベルに応じて先ほどの錬成~を作成することができるのだが、これらの使い道は未だに何も発見されていない。


 恐らくはこれらの素材を使って何らかの錬成アイテムのようなものを作れるのではないかと予測されているが、五年経ってもそのアイテムとやらを作れたという話は聞いたことがなかった。


 これがゲームならその謎を解き明かすべくやり込む奴もいたかもしれないが、ダンジョンは死ねば終わりの文字通り命懸けの戦場だ。そんな中で無駄なことに労力を割く物好きはそう多くなかった。


 なにより錬成術師は第三次職なのでそう簡単になれるものではない。普通はそこに至ったのなら錬成術師なんて外れ扱いのジョブで足踏みをする奴はいなくて当然。第三次職を得られるようになれば引く手数多でその気になれば大金を稼ぐことも十分に可能なのだから。


 それなのになぜ俺がそのゴミジョブになったのか。それは簡単に言えば隻眼となったせいで前までのジョブでは色々と不味いことになってしまったのだ。


 元々の剣豪での戦闘スタイルは時にはアイテムでの牽制もしていたが基本的には剣による近接戦闘を得意としていた。だが片目の視力を失ったことで敵との距離感が上手く測れなくなってしまった。


 攻撃でも防御でも間合いは重要で今の俺はそれを失ったに等しい。この状態で近接戦を続ければいずれは事故が起きてしまうのは想像に難くなかった。


 それにスキル的にも今更魔法系のジョブになれるとも思えなかったのも大きいし父親から協力を依頼されたのもあって今はこのジョブになっている。


 協力の見返りもあるし。


「すみません、八代特別顧問はいらっしゃいますか?」

「外崎さん、どうしましたか?」


 いつの間にか思考に耽っていた俺の意識をその声が呼び戻す。この外崎 賢治さんは回復薬ポーションの研究を行なっている研究部門の主任でこの会社では割と関わりの深い人だ。


「錬成水と錬成砂の備蓄が少なくなってきているので補充をお願いしにきました」

「え、もうですか? この前、補充したばかりですよね」

「すみません。どうにか形にならないかと色々試していていたら想像以上に使ってしまいまして。それなのにまともな成果もあげられず申し訳ないです」


 この人は何も悪くないというのにペコペコ頭を下げてくる。俺より十歳近く年上なのに相変わらず腰の低い人だ。


「いえ、責めている訳ではないですよ。むしろ無茶していないか心配なくらいです」


 そこまで言ってジト目になって相手を睨む。


「……あの量をもう使い切るってまさか、また泊まり込みで研究してましたね?」

「え、いや、まあ、その……はい」


 この人は研究大好き人間なので会社側が注意してもそれを無視して研究に没頭してしまうのだ。前もこっそり三日くらい寝ないで研究し続けて会社でぶっ倒れたことがあったはず。こちらがしっかりと監視して止めないと勝手に過労死するだろうというのはこの人に関わった大半の人の評価である。


「今補充するとまた研究に没頭しそうなので補充は後ほど行います。なので最低でもそれまで仮眠室で休むなりしてください。でなければしばらく補充しません」

「うう……分かりました」


(前の時は休むと約束したのに素材を目にしたらそんなことは頭の片隅に追いやって研究し始めたからな。これでよし)


 念のため後で仮眠室を利用したのかも確認しよう。


 錬成水以外での研究をこっそりやりかねない危なさがこの人にはあるので。

 こんなことが特別顧問という大層な名称の仕事ではない気がするが、この役職はあくまで飾りに過ぎないので気にしたら負けだろう。


 そんなことを思いながら俺は次の仕事の準備に取り掛かった。

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