第14話 憧れた代償
「きゃああああああああ!!」
痛みに泣き叫ぶ少女を見て人外は笑う。いい気味だと、己の宝物を隠すからだと。痛い、痛いと泣く少女に人外は残った少女の右足に軽く爪を立てながら聞く。
「俺のソーレをどこにやったの?……答えないと残りの足もこうなるよ」
「知らない!ソーレなんて子、知らないわ。本当よ!だから私の足、とらないで!」
「嘘をつくな!!」
さらに怒り狂うと、その怒りに任せて少女の右足をもぐ。力いっぱいに少女の腹をければ、体は吹き飛び背中を強くうった。衝撃でせき込むが、このままここに居れば殺されるだろう。もうあの人外にまともな言葉など伝わらない事は少女にだって分かる。ならば、なるべく遠くに逃げなければ。
両足を失ってから気づくなどあまりにも遅い。血を流しながら、少しでも距離をとるために這いずる。人外もそれを見逃さなかった。しなやかな尻尾が這って逃げようとした少女の腕をねじり上げたのだ。
「ぎゃあああ!痛いっ、やめてぇぇぇ!」
「うるさい。わめくな、君は俺の言うことを聞いてれば良いんだ。何、逃げようとしてるの?許してないよ」
「ああ……ヒック、ぐす……」
「泣くな、鬱陶しい。人外のフィオレに手を出して、生きて帰れると思っているの?」
泣く事を止めることの出来ない少女に、人外は苛立ち始める。雑に少女の髪をつかみ、顔をあげさせた。
「早く俺のフィオレの場所を吐きなよ。強情だな」
悲鳴をあげて必死に人外の腕から逃れようとするが、力が強くて逃げられない。痛みから逃れたくて、何度も知らないと真実を言う。けれど人外には届かない。
過呼吸気味になりながらも少女は訴えるが、人外は己のフィオレが少女に隠されたと本気で思っているらしく、追求を辞めないのだ。泣き叫ぶ少女の腕を折って逃げられなくしたあと、髪を掴んで引きずり回しどれだけ泣こうが、喚こうが人外には通じない。
しまいにはうるさいと殴られ、蹴られる。両足から流れっぱなしの血のせいで朦朧とする意識の中、彼の望む言葉を与えない限り、痛みから解放されることはないのだと少女は理解した。
痛みで気を失った方がらくになれるかもしれない。だが、痛みで気を失おうにもまた新たな痛みで意識が戻される。
少女の心がポッキリと折れるのにそう時間はかからない。少女は限界だったのだ。憧れた存在になれたと思えば、それは勘違いで。少女が憧れた存在に選ばれたのは別の少女であるルイだった。
あれほど望んだ自分を宝物のように大切にしてくれる人外は、本当は狂ったヴェレーノで。今は、少女に知りもしないフィオレの存在を教えろと甚振る。
そんな時、脳裏に浮かんだのはルイの存在だった。こうして少女が甚振られている間も、ペルラにルイは守られている。
あの時、ルイがペルラに「あの子を守って」と「あの子を助けてやって」と、頼んでさえくれれば少女がこんな目にあう事はなかったはずだ。
だってズルいじゃないか。ルイだけフィオレに選ばれるなんて。本当ならフィオレである自分が、ルイの位置に居たはずなのに、と思ってしまう。
狂ってしまっていても、少女をフィオレと呼んだのであれば、少女にもフィオレになれる素質がある筈だ。ならルイのそばに居るペルラこそが、少女の相手で、ルイは横取りしたのだと痛みで、おかしくなった頭で考える。
ならこの人外にルイが殺されれば、ペルラの目は覚め、少女がペルラの本当のフイオレになれるかもしれない。少女の中には既に、ルイがフィオレになる事を邪魔した敵に見えていたのだ。
2人が散々少女に忠告をした事など、少女の中では無かった事になっていたのだ。少女が二人の話を聞かず、あまつさえ、ぺルラのフィオレが自分であると錯覚していた。それがどれほど異常な思考回路かなど、既に少女には判別できない。
「ソーレを攫ったのは、あの女の子なの!」
故に言ってしまう。この痛みと苦しみから自分が助かるために。人外の目が、殺意が、少女からルイへ行くようにしたかったのだ。しかし現実は、そう甘くはない。
「ふーん。あの邪魔者がソーレを隠したの……じゃあ、それを知ってる君は共犯者かな」
「え……ちがっ!私は違う!」
「うるさいよ。盗人ども。俺のひまわりを盗んだのを、黙認した時点で同罪なんだよ」
人外の腕が少女の腹を貫く。コポリと少女の口から深紅が零れ落ちた。口から出た血と、腹部に生える人外の腕を視界にうつした瞬間、激痛が少女を襲う。悲鳴を上げる少女を鬱陶しそうにしながら、人外は少女の腹部から腕を引き抜く。少女が呻きながら、穴の開いた腹を押さえる。そんな少女を気にすることなく、引き抜いたはずの腕を、勢いを殺さないまま少女の胸に突き立て、また引き抜いた。
少女の胸から勢いよく鮮血が吹き出す。吹き出す血に合わせて、少女の体がビクビクと麻痺する。そのまま少女は息絶えた。息絶えた少女の体を持ちながら、興味なさげに人外は呟く。
「せっかく俺のひまわりの好きな巣を作ったのに……ゴミのせいで汚れてしまったじゃないか。また綺麗にしないと」
整えた巣が汚れた事に、不機嫌になりながら少女だったモノを雑に引きずり、部屋を出る。その足が向かう先は、ぺルラを閉じ込めていた部屋のある地下へと向かっていた。手に持った少女だったモノを捨てるついでに、もしかしたら地下に居るかもしれないと急ぎながら。己の華をさらった不届きものへ報復しに。
「邪魔者どもがっ!俺のフィオレを……ソーレをどこにやったぁぁぁぁぁぁ!?」
怒号を響かせ少女の亡骸から滴り落ちる血で作りながら、地下に降りていく。いつもであるならば、適当に部屋に放り込んで終わるが今日は違った。
「確か、地下にも出入り口があったような……」
かすかに人外の脳内にある地図を引っ張り出しながら、地下の出入り口へと進行方向を変える。確かここだったはずだと、暗い道を進む。奥へと行くと、鎖でグルグル巻きの柵扉。鎖の部分に南京錠がかかっていた。
まだ誰も開けていない様子に、満足げに頷くと「そうだっ!」と面白い事を思いついた顔をし、その長くしなやかな尾を大きく振りかぶる。
「せいっ」
出入り口の扉ごと、太く力強い尾で薙ぎ払ったのだ。しかもトドメと言うように、出入口の天井付近を壊し、上から瓦礫や岩などが落ち塞いでしまう。
これでは鍵で開けることも困難になったはずだ。満足そうに人外は笑う。そしていまだ手に持っていた少女の亡骸を、仕上げとばかりに瓦礫に向かって投げつける。
形が残っていた少女の体も、投げつけられた衝撃で潰れた。もはや目にするのも躊躇うほどに。
「これで見せしめにはなるか。さて、ここには居ないなら、あの邪魔者どもは上にいるのかな」
せっかく赴いた地下の出入口にペルラも、ルイも居ない事から2人が地下に来ていないと判断したのだ。ギラギラとした目つきのまま、ゆったりとした足取りで地上へと戻っていく。
「隠れても無駄だよ。必ず見つけ出して……殺す」
人外の掌中の珠であるフィオレに手を出して無事でいられるはずがない事は、同じ人外であるペルラも知っているはずだ。だから手加減はしない。する気もないと人外はうっそうと笑う。その感覚に既視感を感じても、人外の歩みは止まらなかった。笑みが凶悪さを帯びる。
地上に出て一階のエントランスホールに戻り、二人を探すために踵を返した。瞬間、グルグル巻きつかれた鎖と、その鎖につけられた南京錠で開けられない筈の玄関が、ドガァァァァンっと音を立てて吹っ飛ぶ。
人外の横を通り過ぎるひしゃげたドア。慌てて人外が振り向けば、そこに居たのは2人の男女だった。
「あら、ドアとその隙間だけだと思っていましたのに……鎖と南京錠?鉄扉に、鎖に、南京錠だなんて。女性の腕ではなかなか重いですわよ」
「だろうな。さらった少女達を逃がす気はさらさらに無いから……だとも言えるが」
「ああ、目に見えて分かる出口だからこそ……という事ですのね」
「おそらくは。ここがこうなっているんだ。一階には居ないだろうな……」
「でしょうね。2階かしら」
「行ってみるか、レイカ。念の為オレから離れるな」
「分かっていますわ」
蹴とばした格好のまま話始める男と、相づちをうつ女。突然の事に、呆気にとられつつも人外はこの2人が新たな自分の敵なのだと認識した。
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