第15話 宥めて

 2人でノートを覗き込んでいたペルラが、急に警戒をし始めた。顔を扉に向け、耳をヒレに戻しバッと広げる。喉からはかすかにギィィィという鳴き声を上げるのだ。ルイを隠す様にぺルラの腕の中にいれ、その大きな体で覆い隠そうとする。

 ルイを隠し、威嚇行動をとり警戒を始めるのだ。ルイもまたぺルラの行動につられて警戒をし始める。


「ペルラ?どうしたの、急に……」

「血の匂いがし始めた……ルイ、オレの尾びれから出たらダメだよ」

「血の匂い……」


 体を固くしながら、外の様子を伺う。すると、いきなり聞こえる大きな男の怒鳴り声。ペルラ以外の男など、消去法でヴェレーノだろう。


「俺の、俺のソーレをどこにやったぁぁぁぁぁぁ!?」


 ヴェレーノの叫び声を聞き、ぺルラはルイをさらに抱え込む。小さく歌を歌い、いつでもルイを連れて逃げられるように、逃げられるように、慎重に様子を伺う。ヴェレーノに気配を悟られないように。

 とぎれとぎれに聞こえていた怒号も、悲鳴もぱったりと失せた。そして、バタンっと扉を力任せに開閉した音がした後、足音は下へと向かう。その時に聞き捨てならない事を叫びながら。


「邪魔者どもがっ!俺のフィオレを……ソーレをどこにやったぁぁぁぁぁぁ!?」


 その叫びを聞いた瞬間、ぺルラから表情が失せた。美人の無表情とは恐ろしいもので。整っている分、迫力がすごい。ヴェレーノの気配が完全に消え去ったのを確認した後、ぺルラは小声で歌っていた歌を止める。

 少女は自分をフィオレだとヴェレーノに言われて信じ込んでいた。それは、あの少女がヴェレーノの失ったフィオレに少しでも共通点があったからだろう。すでに狂ってしまったなら、フィオレ本人かの確認などしていないはず。失ってしまった宝物の代わりになればいいのだから。少女本人の性格も、考えもどうでもいいのだ。

 ヴェレーノにとって、己のフィオレを失わなかったという理想の世界が壊れなければいい。


「……あのクソ野郎のフィオレのフリでもしていれば、まず死にはしないはず。……多少、痛い思いはするだろうけど」

「そうだね」


 ノートを遺した女性のように。自分の身を守るために、演技くらいはできるはずだ。確率は低くても、助けを待つ時間稼ぎくらいにはなる。普通ならば怪我も、死ぬ事も怖がり助けが来るまでヴェレーノを刺激しないように過ごすだろう。助けが来るかは別としてだが、それでも助かることを祈りながら。


 人外にとって、自身のフィオレに貢いで甘やかすのは至福の時間なのだ。さぞ甘やかすだろう。そういえば、とペルラは思い出す。少女はフィオレに並々ならぬ執着をしていたな、と。ルイの首筋に咲くぺルラの華を見て、随分と放心していた。

 なら、自分がフィオレだという確信欲しさに、ヴェレーノに現実でも突き付けたか。少女がヴェレーノの唯一ではないのだと。たとえ勘違いでも、ヴェレーノ自身は少女をフィオレだと認識していたのだ。少女が指摘しなければ、ヴェレーノが少女を偽物などとは理解しない。


「……おかしい」

「ペルラ?」

「ただ現実を突きつけただけじゃ、あのクソ野郎がオレらを怒り狂いながら探す理由にはならねぇじゃん。あのメスは死んでるだろうけど」

「うん。……何か別の理由があったって事?」


 確かにただ現実を突きつけられただけならば、危害を加えられるだけですむのだ。最悪、少女は死ぬがルイ達に矛先はいかない。なにせ現実を突きつける相手が狂った人外であるヴェレーノ。どうやっても被害を被る羽目になる。


「確か……人外はフィオレを傷つけられるのを酷く嫌がるんだよね?宝物だから」

「そ。嫌がんの、相手を殺すほどにね。フィオレの居場所を聞かれたと思うよ」

「僕も、あの子も、ヴェレーノのフィオレの居場所なんて知らないよ」

「だろうね。でもそれが通じてれば、ヴェレーノに堕ちてねぇよ。悲鳴が聞こえたし、痛めつけながら聞いたのかな……」

「え……それって……」


 ぺルラの発言にルイは冷や汗をかく。知りもしない事を聞かれ。知らないと正直に答えれば、知っているはずだと拷問まがいに甚振られる。それはとても恐ろしいとルイは感じた。ルイなら耐えられそうにないだろう。


「その甚振るのが終わるのって、ヴェレーノの望む言葉が聞けた瞬間だと思うんだよね。あのメスがそれに気づいたとして、痛めつけられている最中に浮かぶ自分の身代わりって……」


 言葉の先を察し、青ざめてたルイはパッとペルラを見上げた。まるで嘘であって欲しいと言いたげに。けれどペルラは残酷に告げる。その声はどこか怒りがにじみ出ていた。


「ルイだったんじゃねぇの?……それなら、あのクソ野郎が怒り狂いながらの「邪魔者どもが」って言葉に説明がつくんだよね。だとしたらさぁ……オレがルイの傍にいなければ、殺されてた訳で」

「……それは」

「あはっ、んははは、んふふふ。いーい度胸じゃん。オレのフィオレを身代わりするなんて、死んでなかったら殺してやるのにっ!」


 瞳孔をかっぴらいて、ギィィィと威嚇音を出し、震えながらルイを抱きしめる。ルイはぺルラの頭を撫でながら、ぺルラの怒りを宥めていた。


「ペルラ、落ち着いて。僕は生きてるよ?ペルラが、あの子からも、あのヴェレーノからも守ってくれるのでしょう?」

「アイツ、ルイを殺すつもりだった。オレのフィオレを……オレだけの華を手折ろうとした!」

「あの子は死んでる可能性のが高いんでしょう?なら、あの子が僕を手折る事は無いよ。一番危険なのは、あのヴェレーノ。ここで暴れて見つかれば、それこそ僕が手折られちゃう。いいの?」

「……よくねぇ」


 何とかペルラを宥める事に成功した。ルイの腕の中で、頭を撫でられながらぺルラはじっとする。ルイの腕の中が存外心地いいのに気づいて、ご機嫌にクルクルと喉を鳴らす。

 ルイは己の腕の中にいるペルラの反応を見て、どうやら機嫌が少しは浮上した事に安堵した。このままここには居られない事は2人も理解している。さてここからどうしようか、と考え始めた二人の耳にドゴォという鈍い音と、何かが崩れる音が響いく。そのあと少しだけ地面が揺れたのだ。

 

 いくら宥められているとはいえ、気がたっているのは事実。少しでも落ち着こうと、己の華になったルイの頬に擦り寄っていたペルラが驚き顔を上げる。


「何、今の音」

「分かんない」


 地震かもしれないし、そうではないかもしれない。前者か、後者か、と言われればおそらくは後者だろう。

 いつでも逃げられるようにしていた二人の耳に、今度は近い場所から音がした。

 ドガァァァァンっと大きな音が一階部分から聞こえてきたのだ。そのあとに鈍いゴっという音も立て続けに聞こえる。


「っ!?な、何!?」

「落ち着いて、ルイ。下で何かあったのかもしれない。あぶねぇけど、このまま二階にいる方がもっと危険。降りて確認すんよ」

「分かった」


 立て続けに起こる音と振動に警戒し、ルイを庇いながらペルラは一階を確認する。そこには、先程までペルラ達を暴れながら探していただろうヴェレーノと、そのヴェレーノたる人外に敵意を向ける男女二人組だった。

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