第12話 遺されたノート

 少女を一人残し部屋を出た二人は、右側の部屋から順に調べることにした。廊下を歩き一番端の部屋に来た時、ふとルイはペルラに問う。


「本当にあの子は助けなくて良かったの?」

「オレはどうでもいい。でも、ルイがどうしてもってんなら……足枷を千切ってやる位はしてやってもいい。ルイはどうしたい?」


 ぺルラの言葉にルイは考える。正直、あの時あの場所で少女に言われるまで、ルイは少女の事など忘れていた。対して親しくもない人を助ける程ではないにしろ、忠告をするルイはお人よしであったはずだ。少女がさらわれそうになった際、手助けしようとしたくらいには。今はそれすらもしたいとは思わない。

 だからあの少女がルイを睨んでいた事も、ぺルラが少女を見捨てた事もどこか画面越しに見ている景色のように感じていた。見捨てた事に罪悪感がわくはずなのにそれがない。自分はこんなに冷たい人だっただろうか、と考えるルイにペルラは優しく頭を撫でる。


「見捨てた殻って罪悪感を感じることはないよ。いつヴェレーノに殺されるか分かんねぇ場所で、他人を気にしてられる程甘くねぇし。自分が他人を助けられる程の力量が分かんねぇわけじゃないなら、尚更。海じゃあ、ちょっとの判断ミスで死ぬ。オレは、ルイとルイ以外を抱えたまま逃げられる程強くない。ならルイを優先する」


 ルイは無意識に強張っていた体から力を抜いた。少女を見捨てると、どうなろうと構いやしないと、決めた時から知らず体を強張らせていたルイ。元来はお人よしだったのだろうルイが見捨てる選択をした。ルイの大事な人魚を侮辱された怒りもあったろう。それでもペルラを説得し、少女を救う選択肢もあったはずだ。それをしなかった。

 おそらく今のルイは色々な事がありすぎて感情がマヒしているのだ。一種の防衛本能と言えよう。以前から兆候が見られていたが、ここに来てそれが表に出たのだ。正気に戻った時、深く後悔しないようにぺルラは慎重になる。

 だが、その状態でルイは覚悟を決めた。


「助けない。ペルラと彼女なら僕はペルラを選ぶ。……それでも、後で罪悪感とか、怖くなった時、ペルラにしがみついていい?」

「勿論、寧ろオレが離せないし。気にしなくていいようにしたげる。それにあのメス、オレは嫌い。ぜってぇルイの事、下にみてたろ。あれ」

「ふふ。そんな顔するくらい嫌なの?」

「当たり前」


 グリグリとペルラの首に、まるでマーキングするかのように頭を擦り付ける。ペルラもルイの頭に擦り寄り、ルイが落ち着くのを待った。

 しばらくそうしていた2人だったが、そう長くここにいてもすぐにバレてしまうからと、この部屋の中を探索する。前の部屋には少女がいて探索など出来なかったから。


「よし!じゃあ、気分転換もできたし、この部屋の中で調べられそうなとこ調べよっか」

「分かった。どこから調べよっか、ペルラ」


 部屋の中をグルリと見渡す。部屋の中は、先程の少女が居た部屋と内装が似ていた。

 肌触りのいいシーツ。所狭しとベッドに並べられた、可愛らしくも手触りの良さそうなぬいぐるみ達。枕の近くに並べられたクッションは、どれも美しくも繊細なレースや刺繍が施されていた。

 少しファンシーでありながらも上品さも感じられる天蓋付きベッド。アンティーク調の衣装ダンス、色々な本が詰め込まれた本棚。

 そのどれもが、先程の部屋と瓜二つなのだ。一つだけ違うものがあるとするならば、血痕だろう。部屋の床には夥しいほどの出血した血溜まりのような跡があり、ここで何があったのかなんて想像しやすかった。


「うーわっ……ここで殺して、巣が汚れたからってここと同じ内装の巣を別の部屋に作るか?普通。オレなら無理。流石ヴェレーノ、狂ってる」

「これ……こんな感じになってるなら、鍵も、情報も、何もない可能性があるかもしれないね」

「その時はその時だ。別の方法を探すだけだよ。ルイ」


 手斧で部屋の入り口である扉が開かないように塞ぎ、軽くルイの頭を撫でる。その足でぺルラは本棚へと足を進めた。淡々と本棚を調べ始めたペルラは眉を寄せる。

 本棚に並ぶ本はどれも恋愛ものが多い。だがどの本も発売されて十年以上前のものばかり。最近発売されたものが一切なかったのだ。一通り目を通しても同じようなものしかなく、欲しい情報はない。


 ルイはアンティーク調の衣装ダンスにゆっくりと近づき、そっと開ける。中には衣服は入っておらず、がらんとしていた。床にはまだ荷物があるらしく細々とした物が並ぶ。ルイはまず、床にある箱の中身を1つ1つ確認することにした。

 全ても箱の中身を確認しても何もなく、落胆して立ち上がろうとした時、床に入った不自然な切れ目を見つけた。


「ペルラ、こっち来て!何かある」


 ルイの声を聴き、本を漁っていたペルラがルイの居る衣装ダンスへと向かう。ルイが指さす場所には、うっすらと分かる正方形の切れ目があった。確かにこんな場所に切れ目があるのはおかしい。しかも、一か所だけ。ぺルラが慎重に正方形の切れ目へと手を伸ばした。正方形の切れ目に指をひっかけ、持ち上げる。するとそれは思いのほか簡単に外すことができた。


「簡単にはずれたね。これ」

「そうだね。ちょっと拍子抜けかな。でもこんな所に何か隠してることは確かだね。何隠してるかワクワクしねぇ?」


 好奇心を隠そうともせず、ぺルラははずれた板を持ち上げたそれを脇に避ける。露わになった穴の中を覗き込めば、そこにはノートが一冊だけあった。


「ノート?なんでこんな所にノート……」

「ふぅん。あのクソ野郎に見つからない様に何か残そうとした?……もしくは自分に不利になる物……か?」

「それを確かめるためにも、ノートの中、見てみない?」


 ルイに頷き、ぺルラと二人顔を寄せ合ってノートを開いて読みはじめる。どうやらノートの中身は、二人より前にここへと連れ去られていた女性の日記だった。



 ――――――――――

 


 ○月✕日

 トカゲだと思われる人外さらわれた。私のことを【愛しい俺のひまわり】と呼ぶ。意味がわからない。けれど下手につついて不況を買い殺されるのはもっと嫌。様子見をすることにする。


 〇月△日

 トカゲの人外……長いので以後トカゲと呼ぶことにする。どうやらトカゲは私の事をフィオレと勘違いしているらしい。とても甲斐甲斐しくお世話をしてくれる。人外が己のフィオレを勘違いするなんで事はないはず。ならばこのトカゲは……ヴェレーノ?それにしてはとても紳士的ね。


 ×月〇日

 どうやらこのトカゲのヴェレーノは私に亡くしたフィオレの真似事をさせたいらしい。少しでもそのフィオレがしないであろう行動をすると暴力が飛んできた。前まではヴェレーノであることを疑えるくらい私に紳士的だったのに。


 ×月△日

 トカゲの望むフィオレを演じていれば、あいつは私に暴力を振るわない。むしろ贅沢に甘やかしてさえくれる。けれども私は家に帰りたい。よく知りもしない他人の演技をしながら過ごすなんて耐えられない。見つからないように逃げる方法を探すことにする。


 ×月□日

 トカゲが出かけているうちに屋敷の探索をした。どうやらこの屋敷は地下にある天然洞窟をそのまま使えるようにしているらしい。上手く行けばそこから脱出できるかも……でも地下への扉には鍵がかかっていた。何処かに隠されているはず。


  □月〇日

 やっと鍵と地図を見つけた。どうやら洞窟の出口をも鍵をかけているらしくて、そこまで行く地図を手にするのに苦労した。忘れないうちにこのノートにメモしておくわ。鍵も貼っておこう。いつでも逃げられるように。



 ―――――――――― 



 ノートに書かれていた内容を読み終えると、二人は顔を見合わせる。まさかこんな形で地下の出口の鍵が入手できるとは思っていなかったのだ。かつてここに連れてこられた彼女に感謝しなければ。彼女が見つけてこのノートと共に隠さなければ、二人が脱出できる見込みも立たなかっただろう。

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